裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

月曜日

オッパイド・ジャパン

 日本はおっぱい星人に占領されました。朝、6時起き。早起きのつらさを久々に味わう。フロ入りチェックアウトの用意。8時28分の急行フィレンツェ行きに間に合わせねばならんのである。7時開店のホテルのレストランであわただしく朝食。ヨーロッパ式の、カフェオレとクロワッサン主体(あと、ちょっと果物)の朝食にする。他の三人はいつも通り、たっぷり食べている。ここの老ボーイもそうだったが、どうもヨーロッパ人はアメリカ人などと比較にならないほど、アジア人を蔑視しているような気がしてしまうのは、被害妄想か。もっとも、われわれの格好、大きな荷物を引きずり、肩からカメラやバッグをコジキの引っ越しのようにいろいろブラ下げ、どう見ても都見物佐衛門といったテイである。

 水上バスに乗り、駅へ。朝の運河は、観光のゴンドラでなく、生活物資を運ぶ船が行き交い、街がちゃんと生きている、という感じがして好ましい。安達Oさん、間に合うかどうかちょっと水上バスのチンタラさにイラついていたようだったが、無事、余裕を持ってサンタルチア駅着。欧州新幹線ユーロスターに乗り込む。Oさん、鉄っ ちゃんの本領を発揮して、写真撮ったり、中を探検に行ったり。なかなか面白いツク リで、座席は二席向かい合わせのものと、進行方向への一席。向かい合わせの席の間にはテーブルが出る台のようなものがしつらえてある。フンパツして一等を取ったので、車内サービスで新聞いりませんかと回ってくるし、コーヒーとビスケットのサービスまである。ただしコーヒーはイタリアらしく、全てエスプレッソ。喫茶店でも、普通のコーヒーカップに四分の一程度しかつがれない。豆の量はたぶんカップ一杯以上あるだろうが。それくらいに濃い。この列車のカップは使い捨てのプラスチック製だが、使い捨て用エスプレッソカップというのは初めて見た。椅子の背もたれを倒す仕掛けも飛行機より凝っているし、なかなかいい。ラジオを聞けるようにイヤホン用差込み口もついているが、イヤホンは自前で用意して乗り込むこと、というのが合理精神か。ビュッフェに軽食とジュース買いに行く。ジュース類は冷えていない。こちらではそれがフツウらしい。

 ボローニャなどを通過して、三時間でフィレンツェへ。すぐホテルJ&Jへ向かうが、ここでもまだチェックインできず、荷物のみ預けて観光に出る。フツーの市内のフツーの路地にあるホテルなのだが、ここは旅行マニアの間で非常に有名なとこだそうで、ここの予約取るのに安達Oさんはかなり苦心したらしい。最後の最後まで取れるかどうかわからなかったとのことで、“ひょっとして取れてないかも、と思っていたので、予約確認出来たときはホッとしました”とオソロしいことを言う。フロントの女性が古風なヨーロッパ顔の美人(トスカーナ風というのか)で、さすが古都、と感心した。ボーイはみな、東南アジア系、アラブ系。

 フィレンツェは街じゅうが路地のようなところで、当然ながら大きな車は通 れず、日本車や、ダイハツミゼットのようなオート三輪が大活躍。路駐も多いその路地をタクシーなどはバンバン飛ばしてくる。ドゥオーモ(花の大聖堂)近くの小さなレストラン(トラットリア、とか言うらしい)で昼食。イタリア系色悪といった感じのボーイが、このワインがおすすめだ、と絶賛するやつを根負けして頼む。なるほど、なかなかいい味ではある。ベネチアが魚の街なのに対してフィレンツェは肉の街。オードブルもハム、サラミの盛り合わせである。Bさんは生ハムメロンにいたく感動のご様子。あと、Oさんがとにかくスパゲティスパゲティと言うので、基本のスパゲティ・ポモドーロと、ジャガイモのニョッキを頼む。“ニョッキって何です”と言うので、“食べてると飽きてくるイモダンゴだ”と答えると、食べながらうなづき、“うん、これは最後まで食べると確かに飽きる!”とナットクしていた。スパゲティは茹ですぎでうまくないが、まあ四人でなんだかんだ食ってお値段十一万リラ(八○○○円)というのだから、文句も言えまい。客を見渡すと、ほとんど女性連れ。若い女性はみな驚くほどきれいだが、中年以降のは肌も荒れ肉もたるみ、ひどい状態となる。そのくせ、若いのとほぼ同様に肌を露出して歩くのだから、ときどき目を覆いたくなる惨状を呈しているのが散見される。

 食後、広場ヴェッキオ橋の近辺を回るが、排気ガスだらけの観光地であり、あまり面白そうなものなし。温泉街といった感じで、要するに街じゅうが全部オミヤゲ屋なのである。陽ざしが強く、暑い。シニョーリア広場へ行く。巨大なネプチューン像の噴水があるが、これのデザインというのが、全裸で立つネプチューンの足元に子供の人魚(なのか?)が何人もまとわりついているもので、そのうちの一人はネプチューンの股ぐらから腕を上に延ばし、その手に持った貝殻から水が噴き出ている。この、腕と水が、遠くから見ると、勃起した巨根が小便をしているように見えるのである。日本の若い女性二人連れがこの像を見て、やはりそう見えたのだろう、目を丸くし、
「まぁ〜、立派」
 と口走った。イタリアだから、とユダンしていたのだろうが、回りは日本人観光客だらけである。その一人である私が、思わず吹き出すと、顔を真っ赤にして逃げるように走り去っていった。

 3時、タクシーで、ホテルへ。部屋が空いているので、少し足せばジュニアスイートに移れる、という話だったが、一晩だけのスイートはあまり意味ないので、普通 のツインにする。石造りの、古風な雰囲気。修道院だったところを改装してホテルにしたというところだそうで、家具ひとつひとつ、実に凝ったセッティングをしている。ひょっとして、灯りはみんなロウソクとか? と心配したが、電気、水回りの設備などはしっかり改装時に配設されている。工事が大変だったろう。私はサニタリーフェチで、蛇口や便器などに珍しい型のものがあるとそれだけで喜んでしまう男なのであ るが、ここのソレは期待に違わぬ、ヨーロッパ風の珍しい蛇口、珍しい洗面台、珍し いトイレットペーパーホールダーで、喜々とする。別荘を持つならこういうところがいいかも、と思う。ただ、K子は部屋は暗いしソファはないしフロは使いにくいしスリッパはないし備え付けのミネラルウォーターはガス入りだし・・・・・・と文句をタレている。K子らしい。

 ゆうべは汽車泊でシャワーも浴びてないので、フロに入ってすっきり。三時間ほどゆっくり休息し、その後安達さんたちのスィートを訪ねる。お城の一室のようだ。Bさんがまだ準備に時間がかかるというので、テレビを見る。こういう部屋には不釣り合い極まる、ハワイのビーチものドラマ(たぶんアメリカ製)。人のいない浜辺で素潜りを楽しんでいた男二人の片割れが、足を猛毒のカサゴにさされ、血清のある町までいかなくては、と、山の中を越えていく(どうやって浜辺に来たんだ?)。谷ありジャングルありの中を越え、猛獣毒蛇にねらわれ、しまいに崖から落っこちる。K子が“きっと次は人食い土人よ”と言ったら、本当に槍をもった原住民が出てきたのにみんなで大笑いする。そこで“次回に続く”になったので、どうオチがついたかはわからず。

 実は本日の夕食は、一回くらいドレスコードのある、ノーネクタイ来店不可、みたいな高級店に行こう、とK子とOさんが言っていた。イタリアに足を踏み入れてから以降、そこはかとない日本人旅行者蔑視を感じていたので、いまさらそんな店へ行かんでも、と思っていたのであるが、幸いというか何というか、そこは本日休店。二次候補として、フィレンツェの田舎風居酒屋料理の店に行くことに。ずいぶん方向性が変わったものだが、私はこういった店の方が好み。予約が効かないので、開店の七時ちょっと前に店の前に並ぶ。すでに先客も並んでいた。さっき広場で見かけたベトナム人らしい一家である。開店早々、店に客がドッとなだれこんで、すぐ満席となる。狭い上にこの店、夜は七時から九時半までしかやっていないのである。

 フィジョータという豆のシチューみたいなもの、トリッパ(牛の臓物の煮込み)、焼き野菜(ホウレンソウをソテーしたもの)など頼む。意外にも味はあっさりした上品なものである。安達Bさんは昼間のがあまりおいしかったから・・・・・・と、また生ハムメロンを頼んでいた。フィレンツェ名物のステーキ(ビステッカ・フィレンツィーナ)を頼んだら、Tボーンステーキの五○○グラムはあるのがドカッと豪快に来た。

 そのちょっと前、入口から(小さい店なので裏口などというものはない)巨大な牛の足を一本、肉屋がかついで持ってきた。その足がまた、いかにもうまそうで、まさに肉の都フィレンツェ、という感じがしたものである(ホテルのある通りにアラブ料 理の素材店があり、ここの店にも、牛の足だの耳だのといったウマソウな部位が並ん でいて、肉の流通は確かに豊かである)。このビステッカも、妙なソースなどは使わず、塩コショウで焼いてレモンを絞っただけ。これがかぶりついてみると、うまくてうまくて、K子もOさんも“むー”と満足の溜息をつく。ジューシーで適度の歯ごたえがあり、いかにも“肉を食っている”という感じ。ぺろりと平らげたあと、あまりうまかったので、おかわりを頼む。またもやドカッ。今度はより一層焼き方がレアに近く、うまみが強い。K子がTボーンの骨をしゃぶっていた。

 他にスパゲッティも子牛のエスカロップも食ったが、とにかく何よりこのステーキには堪能、大満足。見ているとこの店は客の回転が早く、みんな三十分そこそこで出ていくが、われわれは二時間以上ねばる。しかもお値段がバカ安で、ステーキで腹一杯になって一人二千円。Oさんが“ここに永住しようかな”と言った。

 腹ごなしにまた広場をぶらぶら。ジェラート屋があったので、ブラックベリー味のを買ったが、甘いばかりで少しも酸味がなく、すぐ捨てた。こちらは昼夜の温度差が激しく、夜になるとちと寒いが、その冷気が肉食ってほてった頬に心地よい。パチものだかなんだか、路上でブランド品を売っている黒人の店などを冷やかしつつ、ホテルに帰る。ロマンチックな中庭のテーブルにロウソクを灯し、四人でさっきのステーキに(笑)乾杯。マティニーを頼んだら、“ツクリカタワカラナイカラ”と東南アジア人のボーイが言い、ビン入りのを出された。なるほど、マティニーと確かにラベルにはあるが、似もせず非なる奇妙な味。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa