裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

木曜日

ファンファーレみんなファンファーレ

 夢のラッパは東へ西へ。朝7時、朝日がまぶしくて目が覚めた。台風一過、凄まじい晴天である。北海道には台風がなかったから、子供のころ『サザエさん』で“たいふういっか”とひらがな表記で書かれていたソレがいったい何のことかわからず、なんでも“台湾坊主”とか“北風小憎”なんて呼び名があるから、そういう風系統の擬人化キャラクターが揃った『台風一家』というマンガがあるのか、とか思っていた。朝食はイチジクとヨーグルト、梨。

 午前中は主にメール連絡その他。仕事関係の打ち合わせ日取り、編集部が夏休みをやっと取るところがあり、いくつかはすでに9月のこと、になっている。かくて今年の夏もいぬめり。もっとも、これからいくつか主催、ゲストのイベントも続き、秋も暑さは暑し。電話も何本か。某社との会話で、向こうがSF大会の例のハプニングのことに触れ“酔って人にからむというのは困りますよねえ”と言うので“いや、シラフでも人にからむ僕みたいなのもいるからね”と言うと笑われる。

 昼は六本木に出て、トツゲキラーメン。もっとも夜が官能倶楽部打ち上げなので、半分程で残す。青山ブックセンター、やっと『裏モノ見聞録』平積み、しかも減っているようなのでうれしい。『イッキ』のなをきの『漫画家超残酷物語』第5回をやっと立ち読み。痛たたたた、という内容。何も私がイタがることはないのだが、これ、彼(モデル)のエピソードをほとんど誇張してないじゃないか。小さなギャグだが、“乳首たちのすけ”というネーミング(テレビで文化人的なことを語る漫画家)には腰が砕け、帰りの電車の中で吹き出しそうになって弱った。

 家でABCで買った『精神鑑定事例集』(中田修、小田晋他編著。日本評論社)読む。こういうのは読んでいるとどの症例も“これは俺のことを言っているのではないのか”と思えて困る。母から電話。小野伯父のこと。最近、またハイになって嘉子伯母が困っているとのこと。この人は精神状態にちょうど適度な中間点というものがなく、鬱状態に落ち込んでいるか、躁病的にハイになっているかどちらかである。どうしてあれだけいい芸を持っているのに、自らそれを無駄にしてしまうんだろう。日本にボードヴィルというものを根付かせた、本来ならば元祖として神格化されていても いい人のはずである。談志が以前、いみじくも壇上で言った
「小野チャンは天才なンです。……天才の証拠に、舞台を見ても、努力してないとわかるでしょ? 天才ってのは努力しないンです」
 という痛烈な(友人としての)皮肉を、もう少し噛み締めるべきではないか。

 伯父の芸についての批評で最も的を射ていたのは、『藝能東西』誌で江國滋が書いていた“小器用もここまで来れば芸のうち”という言葉だろう。あの、小器用を徹底して嫌った江國をしてここまで言わせるのだから、これはスゴいことなのである。ただ、その、行き着いてなった芸の方を大事にしたか、芸にまで達した自分の器用さの方を大事にしたか、でその後の流れが変わってしまったと思う。『イッキ』のなをきの漫画の中に、漫画家志望の主人公が“漫画を描くことの楽しみではなく、漫画を描くことで人にちやほやされることの楽しみの方を大事にするようになった”という解説がある。私がつきあった範囲内における伯父の言動を総合すると、どうも彼も、芸よりも“その芸を演ずることで褒められる自分”の方を愛するようになってしまった感がある。もちろん、芸人にとって喝采や賛美はエネルギーだ。しかし、それがモチベーションになったとき、芸人は自分の芸を直視できなくなる。

 三時、時間割にて二見書房Yさんと打ち合わせ。ずっと延べ送りになっている小説のこと。時間が取れないという言い訳もそろそろ聞かなくなっている。9月には着手せねばなるまい。あとは“文学青年”Yさんと小説論、文学論、アカデミズム論。小説の魅力は破綻にあり、と二人で景気よくブチあげる。作家の個性というのは、その作家が“何を描くのが下手か”によって出てくるのではないかと話す。Yさん、
「結局、もの書きは孤独なものです」
 と言う。自分の中に基準がなければいけないし、その基準が世の中とあわないときは七転八倒して苦しまねばならない。“一人暮らししたことのない作家はダメ”というYさんの持論は、一見乱暴だが、ある意味すごくよくわかる。夜中にふと、自分の才能の乏しきを思ってうわあっと叫んでしまった経験が、オトコノコを育てるのである(もちろんオンナノコもなのだが、これまでの人生で、そういう打ち明けばなしをオンナノコから聞いた経験が不思議と一回もない)。

 つい話し込んで、次の打ち合わせに食い込みそうになる。あわてて家に帰って、海拓舎に渡す原稿をフロッピーに入れ、とって返してまた時間割。Fくんと、庭作りの話しばし。四谷論という、不思議な話題にちょっと熱中。またまた次の予定に食い込みそうに。しかし、話好きだね。帰って、サンマーク出版の今日のノルマ一本。メールして、すぐタクシーに飛び乗り、新宿へ。

 紀伊国屋裏『鳥源』。官能倶楽部コミケ卒業記念打ち上げ。睦月、安達O、開田裕治、談之助夫妻、それにわれわれ夫妻。たたき、つくね、ヨツワリ、それに鍋ね、とK子が注文したら、板前さんが上がってきて、“今日はウズラはいいので?”とわざわざ確認してくれた。ウズラ焼きも注文。ここに来るのは久しぶりなのに、よく覚えている。“ウズラ食う客”と認識されて記憶されているんじゃないのか、と話す。途中から出版社のパーティから駆け付けたあやさんも加わり、カラオケで12時過ぎまで。『タバコやの娘』『三味線ブギ』など古い歌ばっかり。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa