裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

火曜日

デ・ボノ腫れ物

 ところ嫌わず水平思考々々ってうるさくて。朝7時45分起床。今朝も曇りだが昨日ほどではない。それでも肌寒いくらい。古書仲間から電話あって情報交換、小田急古書市、やはりあまり大したものはなしとかや。今日から銀座7丁目のロイヤル・サロン・ギンザで開田さんや米田仁士さんたちによるファンタX(テン)展が開催される。早速花急便でお祝いの花を送る。電話でやりとりしていたらK子が、花なんかより商品券の方が喜ばれる、と強く主張するので、キミじゃないんだから、と呆れて答える。たぶん私の葬式のときにも、花輪より商品券をもらいたがるであろう、この女は。

 N氏から電話。なんと××××さんと△△△さんが結婚することになり、今日のいまごろ、△△さんは××さんの実家に行っていて、“お嬢さんをください”をやっているという。割鍋に、と言うと失礼だが、ユニークと言えば超ユニーク、これは奇妙な夫婦が出来上がることだけは確か。彼女のネット日記を読んでいてもそういうことはまるで書かれていなかったので、聞いてひえーと驚く。とまれ、めでたい。

 決して暑くはないが湿気のみはあり、気圧の変動も凄まじい。ときおり雷がぼごぼご、と遠くで響く。風呂から上がると汗、淋漓。Tシャツがすぐグショになるので、アロハで過ごす。モノマガジンの土居編集長から、B級ペーパーバックの表紙をコレクションしてデザインした外国製のメモ帳が送られる。それもただのペーパーバックではなく、ゲイ小説のとレズ小説の。こんなものがあったので買ってきた、と土居さんが言ったらN田くんが、“こういうのはカラサワさんでしょう”と、意味不明だが方向明瞭なことを言い、私のもとに送られたもの。こういうクズみたいな絵も、集まれば、メインのアートに対するカウンター・カルチャーになりうる、というのはすでに世界の常識なのである。

 早めに届いた読売新聞夕刊に、夏目房之介氏のタイの最新アート系マンガ出版のレポートが載っていた。アジアのマンガシーンも日新月歩、最近ではおしゃれなマンガ雑誌もだいぶ出版されているらしい。で、それらは高額所得者層の子女の読み物(値段が六十バーツとかなり高い)で、センスもよく、出版形態も日本が手本にすべき新しさをもっているとやら。その一方で、古い泥臭いオバケマンガはその十二分の一の値段で、農村や低所得者層の読み物として未だに存続している。前者との交流による刺激を日本マンガの希望の星とするのが夏目氏で、後者のパワーに日本のマンガももう一度学ぼうよ、というのが私の考えである。どちらも今の日本のマンガ界の行き詰まりに対する脱出口を模索していることに変わりはないが、私などの目から見ると、この夏目氏のレポートは低所得層や農民を下に見て、アジアのネイティブ文化を馬鹿にしたものに読めてしまう。別に、マンガ先進国の日本から財団の支援で公的に乗り込めば、そりゃ下にも置かない扱いを受けていい気分になれるだろうよ、というヤッカミで言うわけではないが、高い位置からの文化交流のススメは、結局のところ文化侵略になりかねない、ということを、夏目氏に限らず、やたらマンガの国際交流々々と口にする人々に、もう少し考えてもらいたいことである。国内資源がそろそろ枯渇気味だからアジア方面の開拓を、というのでは戦前の軍部の思想と変わらんではないか。ここらへん、どうなのだろう。

 昼は冷やし中華の麺を茹でて、ミョウガと自家製チャーシューで。『クレヨンしんちゃん』のビデオを見返す。SF大会でのクレしんトークのおさらいである。『ヘンダーランドの大冒険』など、最初見たときは異様なパワーの傑作と思ったものだが、『オトナ帝国の逆襲』を見たあとでは、やはり完成度で一歩も二歩もゆずる。敵の存在感の差はともかく、ラストの野原一家の大奮闘(『オトナ帝国』でもノスタルジーを誉めたくないばかりにここばかり誉める人がいるが、クレしん映画ではあれは毎度のお約束なのだ)を徹底して盛り上げるまでの演出力が、格段に進歩しているのである。もちろん、その目標とするところには『長靴をはいた猫』があるのだろうが。

 気圧の変調で死にそうになりつつ、フィギュア王原稿ばりばりと書き進む。今回は既成の資料に手を加えたもので楽に仕上げよう、と思っていたら案外筆がノッて、ほぼオリジナルな書き下ろしになる。能率が上がったというべきか下がったというべきか。講談社Iくんからメール。先日の原稿について。出張先の札幌からの連絡だが、モバイルでなく漫画喫茶のパソコンから、というのがこの人らしい。それから日経ドラッグインフォメーションより、久しぶりに原稿依頼。

 5時に書き上げてK子にメール。行数整理のため、まだ編集部には送らず、外に出て、銀座7丁目のロイヤルサロンに向かう。乗ったタクシーの運転手、小泉首相の靖国参拝問題を憂慮し、国内外の為にとりやめるべきだ、と主張。私も基本ではそう思うが、“しかしあのヒトは「私は言ったことは必ず実行する」と前から言ってきて、それを頼もしいと思ってみんなが首相に推しあげ、国民も超高支持率で応援したわけでしょう。改革と同時に靖国参拝もずっと前から言っていたことなんだから、今さらそれをヤイノと言うのはおかしいんじゃないの?”と言うと、運転手氏、首をグウッと傾げて、いかにも困ったように“ソレなんだよね〜”とつぶやく。政治のことをこうも我が身のこととして心配している人がまだいるとは。

 ファンタX会場であやさん、米田さんに挨拶。開田さんはこの数日ほとんど寝てないとのことで、バテて帰宅したそう。花がきちんと届いていることを確認し、皆さんの絵を観賞。開田さんがひさびさに筆で描いたというガラモンは迫力十分。瞳に映るガラダマの航跡がカッコいい。後藤啓介さんの最近の作がみなエロチックになってきたことにも驚く。末弥純さんの、片翼の天使図に魅かれ、しばらく画の前にたたずんでいた。なぜみんな片翼なのか、しばらく考えて、題名を見たら『魂と魄』。なるほど、二人で一体なのか。開田さんの絵をプロデュースしているTさんにも挨拶。きらら博、ジオポリスでの販売について、少し話す。トラフェスのチラシを進呈。

 6時半、辞去して、イエナの洋書部で少し買い物。K子と落ち合い、また七丁目の方へ歩く。九州料理の『たらふく』(ずっと以前に、オタアミの忘年会だったかであがったことがある)で、活鱧料理を食べる。湯引き、真子の煮付けなどは大したことなかったが、フグ風に薄く切った鱧を並べた薄造りと、逆に大胆に大振りにした切り身をコンロで焼いて食べる炭火焼きは、関西でも食べたことのないもの。毎日こんな ゼイタクなものを食べていては金はたまらないはず、とK子と話す。

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