裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

火曜日

裏ネタリウム

 東の空にやがて見えてくるのは、川谷拓三の息子星です。朝7時半起床。朝食は野菜のコンソメスープ煮。酔いの翌朝には恰好の食事。ワインの飲み過ぎで下り腹。昨日の大雨がウソのような好天気である。今日は珍しく何も打ち合わせなどの予定がない。気分的には非常に軽いのだが、こういう日には決まって身体の具合が悪くなるの である。

 午前中にカットハウスに行き髪を刈ろうと予約電話。“以前の担当は何という先生でしたか”と訊かれて困る。私は自分の髪を刈るヒトというのを機能として認識しているので、名前などハナから覚えていない。えーと、オトコのヒトで、アポロキャップかぶっていて、無精髭で……と容姿で説明。あ、じゃあナントカ先生ですね(まだ覚えない)、それでしたら今日は支店の方に出てますのでそちらへ、と言われる。いつも歩く商店街の中にあるらしい。そっちの方に電話しなおすが、まだ開店しておら ず。仕方なく、某出版社から来たアンケートに回答などしてメール。

 やっと電話が通じ、ここでもまた、担当のセンセイの説明にてこずる。12時に予約をとり、30分ほど余裕があるので、先に昼メシでも食っちまおうと出て、江戸一の回転寿司。安達Oさんそっくりの板前さんが握っている。ここ、以前なんとかのテレビ番組で日本一の回転寿司屋と紹介されたが、今度はそのチャンピオン杯争奪戦が行われ、残念ながら三位に降格してしまったとのこと。エンガワ、トロサーモン、そ れからトロ鉄火など。

 食べてカットハウス『トルーサウス』へ。私の世代は男が髪を刈るのは散髪屋、床屋であり、祖母はまだ“髪結い(かみいい)さん”と言っていた時代の刷り込みがある。ヘアカットなどというオシャレなものはどうも苦手なのである。窓口でまた、センセイのことについて質問。誰だっていいんだ、といささかイラつく。結局、そのセンセイは今日はまだ出勤してきておらず、女性のセンセイにやってもらう。うわあ、髪、サラサラですねえと触って言うので、イヤ、それは本数がもう少なくなっている のでスンナリ指が通るのです、などと無駄話。

 終わって駅前をぶらつく。渋谷古書センターに寄り、本を数冊。帰宅して、しばらく読書。アルベルト・ヴァーガスの伝記とか、小沢茂弘の評伝とか。どちらもクライアントの注文に応じて仕事をしまくった人である。こういう職人たちが時代を作っていたのだ、という認識がやっと広まってきた。と、思っていたらこれも職人監督である倉田準二氏死去の報。72歳。『仮面の忍者赤影』再評価気運の中で、育ての親というべき倉田監督のインタビューがないことが不思議で仕方なかったのだが、東映の関係者に聞いたら、重度の鬱病にかかって、人と話すことも困難な状態であったそうだ。非常に残念であり、もう少し再評価が早く行われていたら、という思いで一杯に なる。

 前記ヴァーガスの評伝の中で、編纂者のリード・オースティンは、彼を     「合衆国が生み出した(ヴァーガスの生まれはペルーだが)最高の水彩画家のひとりであり、世界でもっとも理解しやすく人気のあるシュルレアリストのひとりである」 と評価している。シュルレアリストというのは、彼が女体を非現実的なまでに美化し、リアリズムを顧みなかったことをさすが、倉田監督に対して私も、“まぎれもなく東映の生み出した最高の職人監督のひとりであり、また、子供に最も人気のあったシュルレアリズム映像作家である”との言葉を送りたい。『赤影』を初めて見たときの私の感想は“いったいなんだこれは?”であり、子供たちはその、“なんだかわからないがとにかく面白い”映像のトリコになった。時代も常識も無視しながら、見事に娯楽時代劇の魅力を詰め込んでいたその映像の魅力は、こちらを至福の境地にひたらせた。今でも、彼の演出になる『忍法つむじ傘』の回のカットつなぎの大胆さ、絵作りの奇想天外さ、テンポの素晴らしさは、ビデオで見返すたびに陶然となる。もちろん、正統派チャンバラを撮らせてもマニア殺しであり、近衛十四郎主演の『十兵衛暗殺剣』はおよそチャンバラ映画を観尽くした末にたどりつく究極の作品と評価されている。思い起こせばもう二十数年前、蒲田東映の時代劇特集で観たこの映画、フィルムの状態が最悪(何度もフィルムがひっかかって止まり、熱でジワッと焼き切れては技士がつなぎなおしていた)であったにもかかわらず、大友柳太朗が河原崎長一郎をなぶり殺しにするシーンの凄まじさ(斬られた指がボロボロッとこぼれ落ちるところなど)は異様な感動をこちらに与えたものだった。近衛十四郎を語る会が今月28日、ロフトプラスワンで行われるのも何か西手新九郎じみている。

 そんなこと考えながら、ずっとWeb現代用の鬼畜なサイトを検索し続けているのも業というものである。案外面白いものが集まり、これをまとめる作業に入る。その合間に、なをきからこないだの対談原稿のチェック稿がメールされたり、モノマガジンからゲラチェック依頼が来て、図版キャプション書いたり、行追加36文字、急いで書き足したり、三和出版からマンガのオビ文依頼が来たり。Web現代は6割方ま とまったところで、また明日ということにする。

 9時、家を出て四谷駅前まで。フィン語終えたK子と待ち合わせ。寒い々々。おでんやがさすがにこの寒さで満員だそうで、三丁目までの通りを歩く。杉大門通りまで行き、何軒か店を探すが、四谷というところは十時カンバンの店ばかり。仕方なく、焼肉屋に入る。ここらへんでは有名な店らしく、タン塩もカルビも上等だが、やはり幸永と八起を知ってしまうと。とはいえ、店主(韓国の人)の人柄がよく、サービスは満点。レバ刺しが切れたお詫びにチヂミをただで出してくれた。これがカリカリと香ばしくて美味。小エビの風味だな、と思ったら細かく切ったニンジンだった。真露レモン割り、うまいので飲みすぎ。

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