裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

金曜日

とうもろこしに乗る

彼女の結婚相手、バイオ燃料で一山当てたコーン農場の経営者の息子だってさ。

※ミリオン出版コラム

朝、9時に電話で起こされるが、さすがに眠く、
もう一時間、寝かせてもらう。
それでも10時過ぎには朝食(キウイ、ブドー)
とって、11時半には日記つけなど、
いつもの調子に戻れた。

テレビで『わかってちょーだい!』見ていたら、再現ドラマに
大友恵理さんが出ていた。やはり、いきなり知り合いが
テレビに出ているとちょっと“おっ”となる。
すぐ彼女の携帯にメール、見ましたよ、と。

http://www.youtube.com/watch?v=6MfisiGqtEM
↑『ロケット・ロビンフッド』オープニング。
製作は66年、日本での放映は71年、繰り返し朝の再放送など
見ていたはずなのだが、内容は一切記憶にない。
http://www.youtube.com/watch?v=XxjNeaN9EMc&mode=related&search=
↑こんな内容。このオープニング・テーマの後半に歌詞をつけた
日本版主題歌
「……ものども後に続け キャプテンに遅れるな
苦しいけれどへこたれないぞロケット・ロ〜ビンフ〜ッド」
というのは全部歌えるのだが。

製作はスティーブ・クランツ・プロ。
ここはアメリカでも伝説的な超低予算プロダクションで、
60年代にカナダのグラントレー&ローレンス・プロと
共同でアメコミのヒーローものをアニメ化し、大儲けした。
『トゥナイト・ショー』のシナリオ・ライター出の
スティーブ・クランツは、やがてグラントレー&ローレンス
プロが倒産すると、自分のプロダクションで製作を始めて
この『ロケット・ロビンフッド』を送りだし、
そこで知り合ったラルフ・バクシと組んで1972年に
ロバート・クラムのアングラコミックを長編アニメ化した
『フリッツ・ザ・キャット』を製作する。

その後、テレビドラマ、ホラー映画の制作(原案、脚本も)
にも手を延ばし、『ルビー』『ジェニファー』などという
佳作(エクソシストのパチではあるが)も生みだしているが、
どの現場でも、クランツが赤螺屋ケチ兵衛でスタッフが
苦労したというエピソードが語られているようだ。
本2007年1月、83歳で死去。

3時に渋谷へ出て、兆楽で半炒飯とギョウザで昼食。
事務所に出る。長野のヒコク氏から桃、送られてきている。
あと、九州のMさんからは、いつもの焼酎の他、
“犬のビール”という珍品が。
http://www.petcomyu.com/
知り合いが作っているそうで、これはmikipooさんに譲る。
今年はいつもの夏に増していただきもの多いようだ。

原稿書き、ミリオンコラム。
なかなか進まず、完成7時過ぎになる。
書いているうちに何度かオチそうになったのは
気圧も気圧だが、やはり寝不足だろう。
しかし、背中、まるで鉄板の入った如し。
まだ咳も完全には引けていない。
予定を全部キャンセルし、タントンに予約して、1時間、
マッサージ受ける。
複雑な凝り方に先生が驚いていた。

東急本店で閉店間際にいそいで買い物、帰宅。
ビール飲みながら、NHKの阿久悠追悼番組見る。
さすがNHKで資料映像豊富。
NHKが紅白などの歌謡番組のビデオを残しはじめたのは
70年代に入ってからで、阿久悠の幸運は、自分の創作活動
の最盛期の映像記録(歌手たちの)が全て残っているという
ことだろう。

山本リンダの紅白でのヘソ出しルック、今見ても大胆。
思いだすのは、彼女が歌ったあと、白組司会の宮田輝が
「改めて申し上げます、これは紅白歌合戦でございます」
と、苦虫をかみつぶしたような表情で一言、言ったことだ。
権威ある紅白にヘソ出しとは何ごとぞ、という、言わでもの
苦言だったのだろう。リアルタイムで見ていた当時は
宮田の抵抗が痛々しかったが、この歳になると、
ちょっとその気持ちがわかる。
見終わってメールチェックのみする。
パイデザから来た同人誌表紙、素晴らしいデザイン。
それを確認の後、倒れ込むようにベッドへ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa