裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

20日

火曜日

アンリ・晩御飯

 元ネタはパタリロではなく、ディクスン・カーのです。朝7時起床。久しぶりに早い。朝食、コンビーフサンド。それに岐阜から送られた富有柿。まだ固いが、甘いあまい。昨日、東宝の試写室を出たら電光掲示板に“ビンラディン、タリバンに見放され逃亡”とあって、終結間近かと思わせたが、今朝の新聞ではまだ捕まっていないようである。若桜木虔先生は日記によると、実際の戦闘と同時進行でアフガン戦争小説を書いているそうだが(そんな真似ができるのもこの人だけだろう)、さぞこの展開にヤキモキしているだろう。あと、冬コミでビンラディン本出そうとしている連中とかも。

 朝、大急ぎで昨日やりかけで放ったらかした講談社Web現代、アゲる。編集部とイラストのK子にメール。11時に海拓舎Fくんとの打ち合わせだが、残念ながらそれまでに形にすること、間に合わず。図版ブツのみ持っていって、次回のこととしてもらう。面目なし。

 帰宅、その図版ブツの内容メモの整理など。やってる最中に電話。『殺し屋イチ』配給の担当者さんから、批評よろしくお願いします、との電話。私の日記評、読んでいるらしい。開田さんの特撮同人誌にもイチ書きます、と言ったら喜んでくれた。なんで私がこの映画を好きかというと、ほとんどの映画評は(いや、映画に限らず批評というものは)、その作品の凄さを絶賛する裏に“その素晴らしさに同調して感激できるボクってなんてオリコウ!”というイヤらしい自己満足があるものなのだが、この『殺し屋イチ』はそれを拒否するのだ。むしろ、“この映画に同調したなどと表明したら、オレまでバカと思われかねまいか”という恐れが映画を観た万人の胸中に沸き上がる。しかし、そこまでバカなのに、映画そのものは抜群に面白い。そこでのウヌボレくんたちの、映画を評価することへの躊躇を見すかしてゲラゲラ笑っている、その意地悪さが千両なのである。

 あと、『FLASH!』からインタビュー依頼。スケジュール滅茶込みだが、なんとか押し込む。書庫で本を探しているうちに、ふと『官能倶楽部』の同人誌を手にとり、塚原尚人氏の短編を立ったまま、最後まで読み通してしまった。彼の死から、そう言えばもうすぐ一年たつのだなあ、と思う。宮沢さん、塚原くんと、古い知人新しい知人が相次いでこの世を去った年であったわけだ、2000年というのは。

 私見だが、若手売れっ子ポルノ作家として、その状況の中でがんばっていた彼を狂わせた要因のひとつが、文学者のG・T氏が、文芸時評で彼のポルノ作品をベタ褒めしたことだったと思う。はっきり言ってこれで彼の中に、文学指向、アカデミズム指向が芽生えてしまった。それからしばらくして、官能倶楽部の著作が本にまとまることになり、オビを誰か著名人に頼もう、ということになって、編集者が真っ先に依頼に行ったのがG・T氏のところだった。もちろん、塚原くんをあそこまで評価していたのだから、という思いがあったのは当然である。だが、そのとき、G・T氏が言ってきた断りの言葉がなかなか人を食ったものだった。曰く、
「一作も読んでいないので」
 編集者が呆れてパティオでこれを報告すると、塚原くんが自嘲気味に書き込んだ。
「G・Tに褒められるとロクなことがない、と文壇で言われているのはこれですね」
 苦笑っぽく書かれてはいたが、彼の中でこれはかなりショックだったのではあるまいか。そこらあたりを境にして、彼のパティオでの書き込みは次第に減り、また、入れ代わるようにして、チャットなどでの発言が増えてきた。しかも次第に、睡眠薬や向精神薬などを服用しての書き込みが増えてきて……。トド、私をして激怒させる、あのような非常識行為に至ったわけである。彼の中で、モラルとか常識とかというものが崩壊していったのであろう。

 私はG・T氏がそんなに非常識であったとは思わない。文芸時評というのは、一定期間にそうとう大量の本を読まねばならぬ(真面目にやっていれば、の話だが)大変なものである。取り上げた作家を忘れることだって、そりゃあるだろう。だが、文学コンプレックスを持っているものにとり、そこで評価されたということが人生を変えることだってあるのである。純文学など、今やほとんど衰退し、食っていけない分野に落ちぶれているが、しかし、歴史あるものとして、権威のみはいまだ高いのだ。筒井康隆のように、SFを捨て、文学者として認められることを人生後半の目標として大あがきする人までいる。人間、やはり金の次は勲章を欲しがるものらしい。かつての熱狂的筒井ファンとして、その見苦しさは地団駄を踏みたいくらいなのだが、しかし、文学という世界の持つ魔力は、あの筒井康隆さえも狂わせるほど強いものなのである。

 文学、もしくはその周辺アカデミズムの諸氏にお願いしたい。ポルノを褒めるな。マンガを、SFを、ホラーを、オタクを褒めるな。彼らはすでに、大衆から多大なる評価を与えられている。それで十二分なのだ。あんたがたが余計な評価をそこにつけ加えるおかげで、よき娯楽作家たちがへんてこになっていくのである。かのジョン・ウォーターズ映画看板“女優”、超デブおかまの悪趣味怪人・ディヴァインがアート系評論家たちによって持ち上げられ、カリスマ的存在となり、多忙を極め、その人気の絶頂で死亡したとき、親友だったウーピー・ゴールドバーグは葬式に送った花輪にこういうメッセージを添えたという。塚原くんを絶賛して忘れたG・T氏にも、そっくりそのまま捧げたい言葉である。
「ごらん、褒めるとどうなるか」

 原稿、『クルー』コラム一本。『モノマガジン』図版ブツ受け渡し、バイク便を出してもらったので渡す。北海道新聞ゲラチェック、FAX。3時半、東銀座UIP試写室にてドリームワークス映画『シュレック』。CGアニメの極地を行く映画だが、怪物たちの生き々々しているのに比べ、人間の造型・動きが不自然。要するに普通の特撮映画と逆なのね。テーマは、“醜さはマイナスではない”。それは十二分に描かれているが、悪役のフォークアード卿がチビで、お姫さまが嫌がる。お前、醜いのはいいがチビはいかんのかい。ディズニーアニメのパロディがいっぱいあって、そこは笑えるが、かつてのディズニー、そして当今のスピルバーグを見ても、アメリカという国はもう、世界中のメルヘンの登場人物を自分たちの財産としてテンとして疑わないらしい。そこらへんの無神経さが、結局あれだけのテロ事件の被害にあって、あま り世界から同情をかわない一因になっているんじゃないのか?

 買い物して帰宅。また少し仕事。7時15分、家を出て、幡ヶ谷チャイナハウス。堪能倶楽部エッセイの写真撮影(植木不等式氏)及び、K子の男前にときどき書いてくれる北海道のネールモデル、志摩さんの歓迎飲み会。志摩さんは開田夫妻に北海道みやげいろいろ。『樹氷』(甘納豆にハッカ砂糖をまぶしたお菓子)貰ってあやさん大喜び。北海道で子供時代過ごした身にとり、樹氷というのは気味の悪いお菓子の代表で、これで大喜びする人間というのを初めてみた。私も、富有柿などを開田家におすそわけ。お返しに自衛隊員が山で掘ってきたというヤマノイモを貰う。チャイナ、本日の料理は植木さんのリクエストで馬刺(馬年の年賀状にするためだそうな)と、鹿肉のカシューナッツ揚げ、キジとスッポンが丸ごと入ったスープ、イノシシの頬肉とアスパラの炒めもの。スープは他にフカヒレ、ナマコ、朝鮮人参など十種類近くの素材が入り、薄味なのだが滋味が体の底まで染み渡る。頭が反射的な褒め言葉を探そうとしてこんがらがったか、“小松左京も生き返る”という、わけのわからんキャッチフレーズが口をついて出た。睦月さん、談之助さんなどと雑談ありとあらゆることに及ぶ。植木さんに昨日の日記のゴジラ評、“あれでは観にいかざるを得なくなる”と褒められていい気分になる。食事の最後はリーメン、今日はちょっとアッサリ味で 物足りない。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa