裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

月曜日

立川ダンジョン

 真打までの道ゲーム(ボスキャラは当然家元)。朝8時起床。小雨。朝食、昨日のポトフのスープに卵とチーズ入れて。タリバンは根拠地を次々失って“転進”中らしい。調子づいて、この際アフガン全土占領、といきまいている北部同盟をアメリカがあわてて牽制しているのも、何か滑稽な図である。

 おとついの夕刊を改めて読み、左幸子死去の報を確認。見損ねていたのである。夕刊は無駄だから取るのをやめようか(産経新聞は夕刊を廃止したそうである)と思うのだが、こういう風に夕刊にしか載らない記事があるからそうもいかぬ。左幸子というと肉感女優、というイメージがあったが、もう71歳だったか。『暖流』『にっぽん昆虫記』『飢餓海峡』などと日本映画の金字塔みたいな作品が代表作として並んでいるが、私にとっての左幸子は、なんといっても『草を刈る娘』と『軍旗はためく下に』の二本。『軍旗……』での、息子夫婦の夜のいとなみを隣の部屋で聞いてもだえてしまう戦争未亡人の演技、というか肉体は、まさに“熟れた”という感じで、まだ若かったこちらを完全にノックダウンさせた。その後で見た若き日の主演作『草を刈る娘』(新東宝版。1953、中川信夫監督)でも冒頭で水浴びのシーンがあり、こちらでは若々しい肉体を見せてくれた。田舎なまり丸出しでの宇津井健とのラブシーンもほほえましく、石坂洋次郎原作のタアイない話なのだが、演技陣の好演もあって楽しめた。お互いの家の親が二人の仲をまじない師の婆さんに占わせて、そのお告げが“時造とモヨ子の二人は、あつらえたモモヒキみてえにぴったりだぞよ!”というのにひっくり返って笑ったな。この作品、その後日活で吉永小百合、浜田光夫のコンビでリメイクされていて、それと区別するためか新東宝版は『思春の泉』というタイトルになっていることもある。吉永版の方は見ていないのだが、左版では、宇津井健が農作業の最中に、何だったか大事なものをなくしてしまう。記憶をたどると、畑仕事の最中に野グソをして、その脇に置いたと思うのだが、どこでクソたれたか忘れてしまった、というのを、左幸子がそのクソの匂いを嗅ぎ当てて、なくしたものを見つけてやる、という話だった(若い諸君は信じないかもしれないが、ホントにそういう件りがあり、しかもそれがこの映画のクライマックスなのである)。吉永小百合も、 浜田光夫の野グソを嗅いでやったのであろうか?

 海拓舎、世界文化社、講談社から次々に催促電話、いろいろ言い訳する。今日はもう、頭が雑用モードなので、まとまった仕事は出来ないのである。雑用というとナンであるが、サンマーク出版に献本先リスト送ったり、SFマガジンに月末〆切の短編の梗概を送ったり、太田出版のと学会例会本の図版用ブツを書庫から探し出したりする。これもモノカキの仕事の欠かせぬ一環なのである。あと、K子に弁当、これもわが家では欠かせぬ仕事。ホタテの冷凍のもうパサパサになったのがあったので、これと牛肉薄切りをカレー風味で煮る。

 その残りと豆腐汁でこちらも昼飯、炊きたての飯のうまさ言わん方なし。珍しく昼過ぎに石毛さんこと石原さんから電話。いよいよ12月半ば発売が本決まりになったらしいので、ロフトの斎藤さんに電話して、1月のサイン会のことを話す。そうこうしているうちに時間になり、あわてて原稿のフロッピーなどを整理して家を出たとたんに打ち合わせ相手の二見書房Yさんから携帯に連絡あり、“すいません、時間割がなくなっているんですけど”という。驚いてドウイウコトデスカと訊くと、工事していて店が無くなっているという。そんな話は聞いてなかった。あわてて待ち合わせ場所を東武ホテルに変更して、行き掛けに見てみると、ちゃんと時間割、あって開店している。何じゃ? と思って東武に行くと、Yさん頭をかいて、いや、その手前と間違えちゃった、と言う。その一つ手前の、同じく地下にもぐる作りになっている宇明屋が無くなって、改装工事をしていたのであった。そそっかしい人だとは思ったが、宇明屋ってもう無くなっちゃったのか、とそれに関しては驚く。

 Yさんと、今書いている作品の今後の予定など話、あとはいろいろ文学ばなし、雑談しばし。“量”をこなすという時期を持たなかったモノカキは結局ダメ、という結論になる。ものを書いて食っていく、ということは、質に加えて量もまた必須事項であり、現代において(それがいいことか悪いことかは別問題として)生き残っていくのに必要なのは、どちらかというと量をこなす才能の方なのだ。もちろん、その中で今度は質の戦いになりはするが、基本が量の部分にあることは確かである。Yさん、私に“量の文学史”を書いたら、と勧める。

 帰宅、またしばし雑仕事。電話数件。8時、新宿に出て伊勢丹会館。三笠会館で例によって半人前ディナー。小イカのパスティス風味、久しぶりに頼んだら、ソースが少しあっさりめになっていた。今回だけか、昨今の客の嗜好に合わせたか。この料理のソースはもう、徹底したドロドロの方がおいしいのに。あと、真鯛の香草焼き、これはさすがに鯛の風味濃厚でおいしい。半人前づつではさすがにもの足りず、エスカルゴ追加する。食べながら会社設立関連の話。社のプロモビデオを中野貴雄に撮ってもらおう、とK子言う。

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