裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

5日

水曜日

カジモド過ぎれば熱さを忘れる

 またあの男はエスメラルダにちょっかいを! 朝、8時ころ目が覚めて、ふと脇を見ると、三人並んで(睦月、K子、私)寝ていたはずのK子がいない。フトンごと消えている。トイレに起き出して、廊下を見ると、廊下にフトンをひっぱり出してそこで寝ていた。“キミたちのイビキにはさまれて寝られるわけないじゃない!”と歯を向く。確かに私も竹葉(能登の酒)飲みすぎで、かなりイビキがひどかった。睦月さんのイビキはまた、これはもう現代芸術としかいいようのないイビキで、爆発音摩擦音吸引音粘着音金属音、地鳴り雷鳴咆哮唸声すべてを合成した超弩級のもの。その真ん中に寝た者こそいい迷惑であった。

 8時半、朝食。2月に来たときは海の幸満載だったが、夏だけに今回は畑の幸が山盛り。とれたばかりのジャガイモをふかして、珠洲の塩をつけて食べるのが最高。珠洲はこの能登半島の突端にある塩の産地だが、ここの土地の人はコーヒーにまで塩を入れて飲むそうである。天然の甘味が感じられるとか。さすがに塩は入れなかったがベランダに出て、内海を見ながらコーヒーは優雅々々。

 ここの御夫妻の娘さんは、留学の最中にイタリア人でシェフ修行をしている青年と知り合い、彼を伴って帰国して、同じ矢波でイタリアン民宿を経営しているそうである。そこのパンが評判で、ぜひそのパンを持っておいきなさい、とお父さんが言ってくれたので、また車に分乗してそちらへ出向くが、残念ながら定休日。矢波駅前の酒・雑貨店で飲物を仕入れることにするが、お父さんが“あそこの婆さんがいろいろうるさいけど無視してね”と注意してくれる。なるほど、店へ足を踏み入れたとたんに“おやおや、どこからおいでたかね? 東京かね? そりゃ遠いところをのう。はいはい、飲物かね。おつまみもあるでね。柿の種なんかどうかね。お酒はどうかね。能登の酒だわね。あたしらは御神酒に使うとるがね。そうそう、竹葉じゃがね。はいはいありがとうさん、三本かね。五本やとちょうど千円じゃから五本にしとくわね”などと、しゃべり詰め。しまいにはわれわれの後を走っておいかけてきて、“古いもんやけどおみやげにしなさいや”と、日に焼けたような絵はがきをくれた。田舎のお婆さんというのが基本的に好きなので、妙にうれしかった。

 帰りは穴水から、急行列車(と、言っても3両)に乗り、金沢まで。朝のことで、行商帰りのおばあちゃんたちがあちこちでグーグー。4時間乗って、1時半に金沢に戻る。今日は店がお休みの桜井さんが迎えに来てくれて、加賀屋で昼食。それから、加賀の伝説などを収集するのが趣味の桜井さんおすすめのカルトスポットで、黒壁山九萬坊修験場なるところへ行く。修験者の修行場だそうで、一応道は石で作ってあるものの、無茶苦茶に急な坂道や階段の修行場。一番奥のご神体が安置してある祭壇には、丸石を積み上げただけの、三○壇はある石段を登っていかねばならぬ。登るのはいいが、降りるときが怖い々々。手すりがただの鎖で、しかもつかまろうとするとゆるんでしまうのである。意地で上ったが、さすがに足がどーんと重くなった。

 それから、おみやげに加賀のお菓子を買いたいという礼ちゃん夫妻をこないだの泉鏡花資料館に併設されたお菓子博物館の店に連れていき、そこでお抹茶をいただく。桜井さん夫妻もここで合流。また近江町市場でカニだのエビだのを買い込み、しゃもじ屋で調理してもらって食べる。ゲンコツほどもある岩ガキ、タコの吸盤のテンプラなど、絶品。

 そのあと、現地オタクの番匠氏と合流、カラオケ大会。もちろん、アニソンしばりで行く。加藤礼次朗、水を得た魚というか檻を出たライオンというか、暴れまくり。すべての歌のコーラスや、通信カラオケでは出ない楽器部分とかを担当。桜井夫妻、デュエットで『リボンの騎士』や『メルモちゃん』を熱唱。延長々々で10時まで。それから桜井さんのご自宅にお邪魔し、ハマコンでの彼のメトロン星人に扮した雄姿や、ダイコン4での、例の庵野秀明演出のオープニングアニメが、会場でどれだけの反響を巻き起こしたかの実地状況記録ビデオなどを見せてもらう。こういうバリバリオタクでありながら、彼は県下有数の食器問屋の若旦那で、実質的経営者として辣腕をふるい(さんなみもしゃもじ屋も、彼が食器を入れている)もう中学生の息子がいるいいお父さんなのである。加賀百万石の文化的蓄積というのは、老舗の若旦那が趣味を持つことを当然の前提としており、それが桜井さんの場合は小唄や踊りでなく、“たまたま”カイジュウであった、というだけの話で、家族含めて誰もそれを不思議と思わずに、毎夏お父さんが休みをとってSF大会の怪獣酒場の企画に熱くなることを容認しているのである。オタクが見事に土地の伝統と調和している図は、文化というものの、町人生活との融和のほぼ理想像に近い形と言えるのではないか(と、最後は『街道をゆく』風にまとめてみました)。

 なんだかんだで12時近くまで。ホテル(前回と同じアクティ)に帰り、シャワー浴びて、缶ビール一本飲んで寝る。足がさすがに棒のようになった。

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