裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

土曜日

故事ゴッドファーザー辞典

「長いマフィアにはまかれろ」
「(粛正の)風が吹けば(棺)桶屋が儲かる」
「馬の首に念仏」

※『朝日新聞』書評原稿 あぁルナ特別公演『ターザン』観劇

朝7時に目覚める。
寝床で谷崎潤一郎『途上』。
有名な作品で、初読は大学生の頃、
東都書房『日本推理小説体系』第一巻『明治大正集』にて。
今は無き神保町の東京泰文社の、カウンター脇に重なっているのを
見つけて、まだ値段がついていないと言う主人にかなりねばって
売ってくれとお願いし、じゃ、つけておくからこのあたりをもう一回り
していらっしゃいと言われて、二時間くらい時間をつぶして、
もう一度行ってやっと手に入れた記憶がある。値段は忘れたが
当時の私がすんなり買えたくらいだから、そんなでもなかったろう。
江戸川乱歩絶賛のそのトリックは確かに斬新だが、構成が
ミステリとしてはいまいち、というような感想だった。
そこが文学研究家たちの大喜びするところで、
「谷崎は純粋な探偵小説を書こうとしたのではないのだ」
「低級な探偵趣味みたいなものに合わせるつもりは谷崎にはなかったのだ」
と言い募っている谷崎論をいくつも読まされて、ホトホトいやに
なってしまったものだった。
ただし、今、文学として読んでも、構成はイマイチと思う。

9時半起床。
カン違いで母は今日からいるものだと。
紅茶入れて、クロワッサンと目玉焼きで。
何だか正当な朝飯だなあ。

日記つけ、原稿。
朝日新聞書評。
昨日書いたのは冒頭のツカミが弱いので却下。
同様のテーマを扱った本が最近やたら出ており、
はっきり言えばオビタス(帯に短しタスキに長し)で、いっそ
ひとまとめにするか、という案も出たのだが、
それでは限られた字数で舌足らずになってしまう、と思い
一冊に絞る。
4時半、脱稿。担当Kくんにメール。

家を出て、銀座へ。
今日はあぁルナティックシアター特別1日公演『ターザン』が
銀小である(ハッシーはホワイトソング客演のためテリーが主宰)。
今日はトンデモ落語会などもあるのだが、
何しろ今日はメンバーのお肉くんこと伊藤誠吾の退団記念公演である。
こちらを優先させねば。
お肉くん(マンガ肉のかぶりものをしたコントが無茶苦茶印象に
残りこの渾名がついた)は、故郷の秋田にたった一人暮している
母親の世話のために、演劇への夢を捨てて帰ることを決意した。
今日はそのお肉くんの一世一代の主役公演なのである。

松原由賀ちゃんと途中一緒になる。
お互い、他にかぶっている公演を蹴ってこっちに来たという話。
2月は何故かかぶりまくりであると互いに話す。
銀小、満席の盛況。
親川はじめ横森さんや丁田政二郎さん、子役の祐季など、かつて
舞台を一緒にやった仲間の他、はれつ氏、T田くん、八木橋くん
なども来ている。
まだ私の入ったときには席に余裕があったので何席か並びを
とっておき、オノ、マドなどが座り、最後に空いた隣の席に
麻衣夢ちゃんが来たので座らせる。Tくんがすぐその後に入ってきた
のを見てオノ、
「いやー、運が強いですね先生、順番がちょっと違ったら
Tくんにみすみす座らせて麻衣夢ちゃん見逃しですよ!」
と。麻衣夢ちゃんに、『御利益』のチラシを描いた前田さんに
ついての説明。

で、いよいよ舞台始まり。
ストーリィは『ターザン』物語をなぞっているのだが、
あぁルナ十八番のギャグがふんだんに詰め込まれていて、
最初から最後まで笑いっぱなし。
こんなに笑った芝居も久しぶり。
冒頭の、ひさしぶりのテリーの説明パントマイムギャグから
岡っちのキレ芸、ツッコミに回ったNCとボケの乾ちゃん、
樋口ちゃんのハマリ役みたいなゴリラ、もやしのこれまたハマリ役の
コスプレ、菊ちゃんのエロ、琴重ちゃんもエロ(別の意味)、
そして新人吉澤純子の妙におかしいゴリラものまね(なぜかバクを
連想させる)など、バランスのとれた配役も笑い誘う。
アチャラカというのはかくあるべし、みたいな作品だった。

小林信彦がドタバタとアチャラカの違いを定義して
「こまかい計算によるタイミングよい動きで見せる喜劇がドタバタで、
きちんとしたルールから脱線していくのがアチャラカ」
と言っているが、まさにこの“ルールからの脱線”こそ、
あぁルナの本質であるということが徹底して理解できる舞台だった。
私とか横森さんとか、仕事でものを書いているような人間が一番
笑っていたのも、その“ルール”の厳しさをわかっているから
ではないかと思う。

ただ、アチャラカを標榜しているところで、ときどきさっぱり
笑えないギャグを連発している場合がある。
これは、最初にその“逸脱していくべきルール”の呈示が
出来ていないからである。外しがギャグの基本であるとするならば、
“何を外しているのか”“何から外れていくのか”を最初にまず、
客に徹底して呈示することが必要なのである。
アチャラカを作ろうと思ったらまず、抵抗勢力たる“ルール”の
規定が肝心なのだ(小泉純一郎の成功は、彼がアチャラカだったから、
なのである。まさに劇場型政治)。

今回『ターザン』のパロディという形になったのは、
稽古期間が二週間しかない、という制約であったが、
要は呈示するルールの設定がわかりやすい、という理由だろう。
野生児ターザンという設定がお肉くんにキャラにぴったりで、しかも彼は
外見に似合わずアメリカ在住経験があって語学堪能なインテリと
いう意外な一面があり、それが途中の、自分の体をアフリカ大陸に
見立てて、乳首のあたりにあたるブルキナファソのトリビアを
語るというギャグ(トルシエが以前そこのサッカーチームの代表を
勤めていた、という一件のみで日本人の意識の中にある)で
十二分に発揮されていて、いや、こんな説明で面白さは
全く伝えられないとは思うが、しかしいや、笑った。
これだけ満場爆笑をとれれば、お肉くんもいい思い出をもって
田舎に帰れるだろう。
いささか笑いすぎかも。後で出演者たちに、
「カラサワさんと横森さんの笑い声が楽屋にまで響いていた」
と言われた。

終わって、写真撮影や挨拶多々、みんなお肉くんを取り巻いて。
観に来てくれていたファンのカップルから、『御利益』のチラシに
サインを求められる。
バラシにかなり時間がかかるというので、
あまり遅くまで時間が取れないみんなと、ひとまず近くのさくら水産
に集まって飲み。麻衣夢ちゃんとは次の新CDでのちょっとした
頼まれ事の話も。
途中でお肉くんもちょっと顔を出す。
バラシにちょっと時間がかかり、打ち上げは11時半くらいに
なる、というので、結局参加出来たのは私とはれつ、八木橋くん
と由賀ちゃんくらい。
渋谷の二重丸という居酒屋バー。

三々五々みんながやってきて、盛り上がりを見せる。
お肉くんとヨーロッパばなしをしたり。
今回から裏方に回った助くんのことも心配していたが、
嬉しい話も聞いて、はげみになる。
若い人たちとの交流は元気のモト。
もっともへばりのモトともなる。
体力つけねば。
お肉くんと握手して別れる。まあ、また送別会はやるけど。

ずっといたかったが、明日も早い。
3時半に(それでもこの時間)、はれつさんとタクシー乗りあいで
帰宅。メールチェックもする時間なく(一分でも多く眠らないと)、
顔だけ洗ってベッドに潜り込み、寝る。

*右の写真、子ども(祐季)とポーズしているのがお肉。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa