裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

木曜日

僕の恋人郷ひろみにアッチッチ

♪なんでなんでなんで どうしてどうしてどうしてひろみがそんなに
いいんだろ〜

朝8時半起床。
海戦の夢を見る。私は艦隊の作戦指令かなんか。
敵の超巨大戦艦は装甲が分厚く、こちらの艦砲射撃が利かない。
わざとこちらの戦艦一隻をぶつけて、甲板を破壊し、そのあいた
穴から戦闘機を突入させ、内部から破壊する。
スター・ウォーズ的であるが、しかし正月にふさわしい
スケールの大きい夢であった。

入浴、洗髪如例。
正月も3日となるともう、通常の日に戻さねばという
意識になる。意識だけで体はまだ正月なのだが。
今日も日本晴れ。
本当に天気に恵まれた正月であった。
もっとも、どこにも出なかったが。
普段、出の多い職業なので、休日くらい“どこにも行かない”
ぜいたくを味わいたい。

9時朝食、オレンジとイチゴ。
ポテトのスープ。
母、一昨日買い物に出かけて盛大に転び、ゆうべ脚が痛んで
たまらなかったので、手製の湿布をしたら今朝はほとんど腫れも
引いて治ってしまったという。
その、手製湿布の材料というのが、胃薬の恵明我神散だという
のが凄い。

確かに我神散の主要成分であるガジュツには抗炎症作用があるが、
薬屋の人間でなければ、それを外用に使おうとは思いつくまい。
そう言えば昔、製品講習会で、解熱剤である地竜(ミミズの煎じ薬)
を打ち身で腫れがひどいとき、湿布薬として使って絶大な効果があった、
という話を聞いた。内側に効くものは外側にも、なのかもしれない。

箱根駅伝、見るともなく。
団体競技は多かれ少なかれ個人の失敗がチーム全体の敗北に直接に
つながるものだが、駅伝ほどそれが露骨に出るものもあるまい。
選手が足をくじいたりして、悲痛な表情で走るのを
「可哀想にねえ」
という同情的S趣味で眺めるのが日本人の嗜好なのだろう。
いやな競技だな、と思う。しかも実況が
「ああ、タスキが! みんなのタスキが! とうとう手渡せない!」
などと、いやがうえにもそれを強調する。
出場が決まったときはあの脱落選手もみんなにおめでとうを言われ
励まされ、自分もベストを尽くすことを誓ったろうに。
自殺する選手が出ないのが不思議なくらいである。
しかし、若い選手の肩の線というのはホモっ気がなくとも
色っぽく見えるものですな(オチはそれか)。

昼は母の室で牡蛎茶漬け、ごく軽く一杯。
牡蛎の佃煮も美味いが、野沢菜漬けの茎の部分のみじん切りが
大変に美味。日本人に生れてよかった、と思える味。

食べて、少し雑用仕事片づけ、二日ぶりに出勤。
バスが年始運行でなかなか来ない。
渋谷の仕事場で、年賀状整理。目上年上の方からのものに恐縮。
さすがにみなさんきちんと早めに出しているなあ。
不義理をなんとかしなくては。

某出版社の編集K氏、確か去年は前半に一回会っただけだが、
そのとき私が雑談中ポロリと漏らした企画のことをちゃんと
憶えていて、ツバつけ的なコメントを書き入れてきてくれたことに
驚嘆。さすが、知り合いの作家氏が“あれほど油断のならない人は
いない”と言うだけのことはある。実現は年末か来年回しになって
しまうかもしれないが、一度連絡をとろう。

仕事場の整理継続してちょっと。しかし、これはもう、
新しく棚を入れないと限界。
そろそろ蔵書整理も本格化させねば。
だいたいの片づけをしたところで、荷物持って帰宅。
帰りもバス、待つこと待つこと。

帰宅して、茶漬け腹でちょっと7時まで持たなさそうだったので、
餅を一切れ焼いて、磯部巻にして噛る。
今年も餅をのどに詰まらせて死んだ年寄りが何人かいたようで
新聞でその記事を読むのが何か正月の風物詩の感さえある。
いや、実際それ以外にはわざわざ報道するほどの価値のある
ニュースじゃないと思うのだが。

7時、オノとマド、あぁルナの若手の岡っち、乾ちゃん、
助くんを伴い来宅。母の室で正月の食事会。
母は美男好きなので岡っちと助くんにゴキゲン。
サンマのトマト煮、ウェスティン豚とローストビーフ、
帆立とイカとセロリのバジルソースサラダ、
ちらし寿司。デザートはクレープ・シュゼット。
みんな奇麗に食べ尽くしてくれるのが快感である。

肉に不自由している岡っちが
「うめぇよぉ〜」
を連発して笑う。
最後に肉に酔ってロレツが怪しくなっていた。
乾ちゃんの故郷・四国のお雑煮ばなしも。
四国の人間も、やはり味噌仕立ての椀に餡餅は合わない、と
思っているそうで、なのになんであの風習がすたれないのか
わからない、と言っていた。

芝居の話、役者たちの話、今年のスケジュールの話など、はずんで
酒もビール、ワイン赤白、日本酒、焼酎と進み、
乾ちゃんがコックリしはじめた11時まで。
今年は彼らをいろいろ使って楽しめそうだ。

自室に戻って、ホッピーで酔いの仕上げ。
愉快さんの日記で、桜多吾作氏の名前が出たのに反応。
永井豪作品のアニメのコミカライゼーション(しかし無理のある
造語だね)を多く手がけていたので、てっきりダイナミック・プロ
出身だとばかり思っていたら、石森プロダクション出身だったとは。
絵のタッチは庶民的というか、永井豪のシャープさに比べ泥臭かったが、
コミカライゼーションの形を借りて、アニメの設定などをかなり
大胆に変更したオリジナル色の強い作品を描いて人気があった。
キャラクターを殺してしまったり(特に『グレートマジンガー』での
剣鉄也の自爆や、みさとの殺され方はトラウマになった読者も多いのでは)
していたが、永井豪から文句も出なかったようなのは、よほど
信頼されていたのだろうか。永井豪自体、自分の中にある
黒い作風をアニメのヒットメーカーになってから封じてしまった人なので、
自分の描けない部分を桜多に描いてもらっていた、というところが
あったのかもしれない。

個人的には『マジンガーZ』の、甲児たちが南米(?)の某国の
革命闘争の手助けをする(実は独裁者はブロッケン伯爵の変装で、
ドクター・ヘルの世界戦略の一端)オリジナルストーリィが完成度が
高くて好きだった。
革命軍の女闘士とさやかの、甲児をめぐっての恋のさやあてや、
コメディ・リリーフとしてのボスとシローの使い方など、
ハリウッド映画的なルーティンをうまく使っており、映画が
好きな人なんだな、と思わせた。
こういう、マンガの地平を担っていた実力派のことを
もっと語る人がいてもいい。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa