裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

31日

日曜日

バッタもんリターンズ

 こんなの本当のバットマンじゃない。返す! 朝、3時ころ窓外でドロドロドロ、と凄いカミナリの音が響いた。それで目が覚めてしまい、また寝てふと目が覚めたら5時。コミビアを見逃してしまった。7時入浴、7時半朝食。バナナ半本、ラ・フラ ンスとトマト数切れづつ、半熟卵1個。

 ニュースで香田青年の首を切り落とされて発見された死体、昨日のはガセだったが今度こそ本人と確認(さすがにハゲでなく、指紋で)、と報じられている。言ってしまえばまさに“自己責任”の四文字が適当する、愚かな行為の生んだ無惨な結果なのだが、にも関わらず伝わってくる、不思議なこのほのぼの感は何か。それは、彼があらゆる政治的な思想やボランティアなどという“不純な”動悸、しっかりした目的というようなものから無縁な人物だったからであろう。人間という種には、時にこの人のようにあえて危険な地域に何の考えもなくふらふらと出かけ無駄に命を落とすウッカリ者がある一定の割で出現する傾向があり、そしてまたわれわれの種はそういう自己防衛本能に欠けた個体に対し、一種のリクツでないあこがれを抱く遺伝子を持っているのではないか。そして、野生動物には絶対にありえない、その“危険察知本能の欠如”あるが故に、人は大陸を発見し、高山を、ジャングルを、海底を征服し、地球上に繁栄してきたのである。これまでの人質連中が世間の非難をかったのは、人間本来のその美徳を、政治的な色と態度で汚したことと、行為を美しく完結させずに、生きて帰ってきてしまったからなのである。“香田さんの死を無駄にするな”という声があがっているが冗談ではない、あの死が意義あるのはあの死が無駄なものだから、なのである。そこらへんを取り違えてはいけない。

 同時にテレビではビン・ラディンのアメリカ脅迫ビデオが流れていた。これ、ブッシュにとっては凄まじいまでにインパクトのある選挙協力であろう。何といっても、実際にテロと戦っているという実績が、これで全アメリカ国民に再認識されるわけである。裏で政治的取引があったのではないか、とすら思えるほどだ。ブッシュ陣営は欣喜雀躍なのではないか? もし、これを利敵行為だと認識していないとすれば、ビ ンラディンという男も大したものではない。

 タクシーで仕事場へ。道はさすが日曜でガラ空きで、スムーズに行く。連絡いくつか。次のコミビアで野球選手の役で出てもらう宮垣雄樹くんのユニフォームのサイズをワークスから問い合わせてきたので、その件とか。あと、チラシ印刷とか、雑用、 限りなくいろいろ。どうしてこう雑用が多い人生なのだろうか。

 京都行くのにモバイルを持っていきたいのだが、それは中野の自宅でなくて、神谷町のK子の仕事場にあった。それを持ってきてもらい、昼に受け取る。2時からのオタクアミーゴス公演用のビデオ、いつもならビデオ棚の前の山の、意地悪なことに絶対出てこない中に埋もれているのだが、今日はこれを使いたいと思っていた三本とも比較的楽に出てくるところにあって、喜ぶ。チェックしながら、ついでにこないだの『アニメ夜話』、私出演の回もチェック。大林さんの発言を私がフォローしているような構成になっているのに驚く。この番組、『マンガ夜話』に比べて生でないのが緊張感をそぐ、という意見もあるかもしれないが、しかし、やはりテレビ番組は編集が命だ(『鈴木タイムラー』などを見てもそう思う)。『アニメ夜話』が、『マンガ夜話』のほぼ倍くらいの視聴率を取っているのも、編集されているので一般視聴者にもきちんと内容が伝わる構成になっているという理由が預かって大きいと思う。はるか に見やすいのである。

 12時に家を出て、高田馬場まで。道を歩いていたら、今日公演を聞きにいきますというファンから声をかけられ、道順を教えてもらった。途中にあるラーメン屋で、つけ麺すすって昼食。東放学園へ。この頃には天気も回復。玄関のところに柳瀬くんがいたので声をかけて、一緒に控室に入り、雑談。オタク大賞の収録の件、町山智洋氏の噂など。オタク大賞と言えば、昨日のS井さんの披露宴にはキャプテン岡野くんも来ていた。眠田さんが入ったので、一緒に会場を下見。今日はオタアミのあと、ここで私の話を聞いている学生たちの図を、日テレのためにちょっと撮影しなければならない。岡田さんもやがて入り、『VAIO tipeX』を買うという話、某業界 がたぶん年内いっぱいくらいで完全沈没するであろう、というような話。

  すぐに開演。場内、120席のところに150人ほど客入り。大盛況である。やはり常連の顔も見え、前列にはと学会系の人たちも。内容はオタクで食っていく話、“萌え”の話、それからアニメ夜話裏話など。で、ツカミ(?)に東大生たちが作った『眼鏡っ子言えるかな』を流し、そこから眼鏡ばなし、眼帯ばなしになり、欠陥こ そ魅力なのだ、という話の流れから『デビルマン』ばなし。途中で
「韓流でヨン様と言えば、やっぱり『大怪獣ヨンガリ』でしょ!」
 と、ヨンガリのやられるシーンを上映。“ねえ、『冬ソナ』ってこういう話なんで すよ!”とやって大ウケ。

 最後に眠田さんがカートゥーンネットワークでやった、オタク四人組を主役にしたアニメを上映。これがオタクの生態を(生理的レベルにおいても)露悪的に描き、場内のオタクたちの自虐的爆笑を誘う。いつでもどこの国でもオタクは似てしまう、いや、人間、イタい部分は似てしまうということか。……岡田さんと、しかし、ここで描かれたオタク像は日本ではすでにほとんど滅びた(知識や情報量の濃さを競う)ものではないのか、と話す。日本においては、すでに情報受容手段が揃いすぎ、そんなに濃くならなくても、オタク的なものにはいつでも触れられるという状況が現出している。アメリカは、例えばコレクションしなくてはならぬ物件、押さえておかねばならない映像作品などの数がハンパじゃないから、まだこういうスタイルをとらないと オタクたり得ないのかも、と思う。

 終わって、日テレの撮影10分ほど。無事終わって控室に戻り、Kさんからギャラ支払い受ける。ここで講師をやっている藤井ひまわりくん、それから久しぶりに米田裕さんにも会う。もっと雑談したかったが、後がつかえている。みんなに失礼を詫びて、一人、先に出てタクシー飛び乗り、東京駅へ。幸い、朝と同じく道がかなり空いていてスイスイと行き、新幹線の時刻にちょうど10分前で間に合った。今日はスケジュールを時間ギリギリに詰め込んでしまい、果たして乗り切れるか、と心配していた割にはうまい具合に消化できて、ストレスを感じないですんだ。とはいえ、こうい う綱渡りはあまりしないに越したことはないが。

 新幹線、5時13分発のぞみで京都まで。モバイルからあちらで待っている山田誠二さんにメール。あと、あちこちにメール打つ。缶ビール小ひとつ、チーカマ二本。飲みながら、山田監督の作品『化け猫魔界少女拳』(本当はこの前に“新怪談裸女大虐殺”というのがつくのだが、さすがにちょっと口にするのをはばかる)の台本を読 む。もっと早く読めばよかりそうなものだが、監督からは最初
「カメオ出演で、最後にちょっと出てきて“今回の事件は……”とオイシイところを持っていってください」
 などと言われていたので、セリフがあっても三つか四つだろうと軽く考えていたのである。……そしたら、なんと私の出が大幅に増量されており、20シーンくらいもある。しかも長ゼリフもいくつも、うひゃあ、と頭を抱え、あわててブツブツと、
「人間が人間をうらむのに、特別な理由は必要ありません、気がくわないという、ただそれだけの理由で……」
 などとセリフを暗唱して記憶する。

 7時半京都着、そこから指示に従い嵯峨野線に乗り換えて、ゴトゴトと20分ほど揺られ、太秦駅まで。そこで山田監督とスタッフたちに出迎えられ、監督の車に乗り込ませてもらい、宿まで。雨、まだ繁く降っている。明日は晴れるという予報らしいが、ロケ現場の地盤がゆるんでいる可能性があるので、私の出演部分の撮影は全てス タジオ撮りとなる。これは私にとっては楽でありがたい。

 宿は太秦名物の俳優宿、『太陽ホテル』。40年以上もこの地で、役者さんや監督さん、スタッフたち用の宿泊施設としてやってきたというホテル。なんというか、昭和の空気、それも昭和40年代の空気が濃厚に漂っており、ハイテクなどという言葉とは千光年もの対極にある。この安っぽさが千両という感じである。最上階には、監 督・脚本家用のカンヅメ部屋もあるそうな。

 部屋に荷物のみ置いて、また監督の車で、東映撮影所の近くにある『割烹・冠太』へ。ここは、大映映画『妖怪大戦争』のヒロイン、川崎あかねさんの経営するお店なのだそうである。明日、出演する女優さんたちも加わり、楽しく雑談しながら食事。ここの名物は甘鯛(ぐじ)料理で、お造り、塩焼き、蒸しものなど、いずれも美味である(特にお造り)が、なかんずくぐじ飯(炊き込みご飯)が最高で、三浦友和がこれに感動して東京のあちこちで吹聴し、最近では東京から映画やテレビ関係者が“ぐじ飯がおいしいって店はここ?”と言ってやってくるそうである。こう言っては山田監督に失礼だが、出演するビデオとはちょっと似合わない、上品で京都らしい美味に 出会えて感動。

 いろいろ話が盛り上がってワイワイと。同席していたプロダクションの人は、もと吉本興業にいた人なので、紳助のマネージャー殴打事件のことを聞く。ほうほう、なるほど、あの事件が大ごと化したのは、そういう事情があったからなのだねえ、と、裏話を聞いて非常に得をした気分。そうこうしていたら、われわれの席に、酒が一本差し入れられた。カウンター席に座っていた、ここの店の若い常連客で弁護士の卵の人が、私の著作のファンで、声を聞いて私がいると知って差し入れてくれたのであった。こういうところにもファンがいてくれるとは、モノカキ商売として冥利につきる気がする。川崎さんも挨拶に顔を出してくれた。『妖怪大戦争』を封切で見たのはもう何年前か、などと書くだけで失礼にあたるが、その頃から、人形のようにきれいな女優さんだなと思っていた。そのかわいらしさはまだまだ十分に残っている。帰り際に、ファンの人と挨拶し、サイン本をお返しに送ることを約束。雨の中、コンビニに寄ってもらって髭剃りなどを買い、ホテルに戻って就寝。忘れていたがこのホテルはWeb現代『聴かなきゃよかった!』の中の、『侍の幽霊』の元ネタのような事件が あったところ(桜金造が見たらしい)である。

(10月の日記にはまだ抜けている部分があるが、そこは11月日記の中に順次書き込んで埋めていくので、あしからず)

Copyright 2006 Shunichi Karasawa