裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

水曜日

正義の三鷹

 悪の吉祥寺をやっつけろ! 朝6時に眼が覚め、パソコンなどいじっているうちに7時。入浴して、7時半朝食。豆サラダに野菜コンソメ、ゴマ入りパン。このゴマ入りパンが甘くて旨い。バスに乗っていつも通り出勤、9時半に事務所着。太田出版から『トンデモ本の世界』S、T両書のゲラの件。同じくトンデモ本だが扶桑社版の方 は、執筆者各位から、編集のY氏との連絡がとれたとの報告。

 書き下ろし原稿、もう一度メモ作り直し。そろそろダッシュをかけねば。おおいとしのぶくんから電話。4日に亡くなった、特撮ファンクラブGのモゲさんことN出さんの葬儀について。いけるかどうか、仕事がらみで微妙なので、花輪のみ、送ってもらうようお願いしておく。仕事中の事故死なのだが、ちとその状況がよくわからず、どういうことだろうね、とおおいくんと話す。おおいくんが、世にも悲痛に笑いながら“前々からドジな人だったけど、死に方までドジで……”とつぶやいたのに涙。

 それにしても、モゲさんとは10年以上顔を合わせていて、本名がN出さんだということも今回初めて知ったのは我ながら呆れる。茂毛さんとかいう名前だとばかり、思っていたのだ。どうも、“モゲラのモゲさん”であるらしい。典型的な第一世代オタク、それも三倍段と呼ばれる特撮オタクである。服装にも外見にもまったく注意を払わぬタイプで、何度も、酒の席で“モゲさん、あんた少しはそれ、何とかしなさいよ”と口に出しかけたが、しかしついに言うことなく終わったのは、怪獣映画の話をしているときのあの人の顔の、キラキラ輝いていた表情のあまりに楽しげなことが原因だった。完結している人には第三者は何も言うことが出来ないのである。天国ではあこがれの円谷監督、本多監督、福田監督などのもとで、また、あの表情で怪獣ばな しをしていることだろう。黙祷。

 12時半、弁当。ニンニクの効いたローストビーフがおかず。K子とメールして、春用のコートを買いに、2時に東急本店前で待ち合わせる。私が行く前にもう、いろいろ下見していたらしく、“コレが一番いい”と、ダーバンのスプリング・コート売り場へ。白色のものを選ぼうとしたら、もっと色の濃いのにしなさいよ、と言う。汚れが目立つから、というのだが、グレーや紺は着飽きたので、生まれて初めて、白いコートを着てみたいと思い、それに決める。いろいろ説明してくれる店員がすごいデブのお兄さんだったが、こういう人がダーバンの売り場にいるんだなあ、と感心。お値段は、これまで着ていた紺のレインコートの三倍くらいした。さすがダーバン。

 別れて仕事場にもどり、また仕事。太田からゲラが届いていた。ワールドフォトプレス『Memo・男の部屋』原稿、4時半までに4枚、アゲてメール。5時半、家をまた出て中野へ。芸能小劇場にてアニドウ上映会。まだ開場前で、着いたら受付のNちゃん、ではないGさん(結婚して姓が変わった)から“お早いお着きで”と言われる。彼女はいま、小料理屋の女将なのだが、日記を見たらしく、“カラサワさん、こないだ吾妻橋来たんでしょ! 寄ってくんないと!”と言われる。そしたらなみきが後ろから“オマエねえ、芸人さんとかいろんな人が来るんだよ! ヨソの店よりおいしくないと書いてもらえないんだよ!”とわめいていた。

 テーブルのところに陣取らせてもらい、太田のゲラに目を通す。やがて開場、植木さん、常連のKさんなども来る。固まって座り、ダベり。植木さんは引越作業中だとかで、よれよれのシャツに上着ひっかけ、多少くたびれた表情。“これでヒゲを伸ばしていたら、失業したかと見えますね”と感想を述べる。K氏、植木氏に引越祝いだかなんだか、『謎の円盤UFO』のレーザーディスクをプレゼントしていた。“ウチにある『仮面の忍者赤影』のLDボックスも差し上げましょうか、と言うと、“そこ までオタクではありません”と。

 驚いたことに、今日はなみきの挨拶・解説がない。いきなり、いつもの予告編上映から始まる。なんか、いつもと変わったことをしたかったのではないか、とか、あるいは前回のアンケートで“しゃべりが長い、その分フィルムをかけろ”みたいな意見があって(映画の前にトークなどあると、必ずこういうアンケート解答を書くヤツが いる)スネたのでは、などと話す。

 アニドウの上映会ももう一年以上続けていると、名作・傑作というより、“滅多に見られない作品”の上映が多くなり、これは嬉しい。ダフィ・ダックでも見たことの無かった『カカア天下のダフィ』であるとか、ビン坊シリーズでベティの原型のネコ(だかイヌだか)が出てくる『ビン坊の屑屋』とか。『たぬきさん大当たり』なんて日本製アニメも珍作であった。植木さんが、“これは占領下時代のアニメですか”と言っていた(職業安定所のドアに“EMPLOYMENT OFFICE”と英語が書いてあるところから)が、なんと1967年(昭和42年)の作品で、調べてみると東映まんが祭で『少年ジャックと魔法使い』などと一緒に上映されたらしい。お話 は、教育映画フィルム貸し出し会社のサイトにあった以下の説明
「疲れた体をひきずる失業中の狸が、ふとまぎれこんだダンスコンテストの会場。蟻に刺されて無我夢中で競技中の舞台に飛び出し、めくら滅法の尻ふりダンスが見事に 一等賞を獲得してしまったという抱腹絶倒の爆笑編」
 そのままなのだが、しかし、この説明の文句もなかなか時代を感じさせるな。

 その他、ジョン・ハブリープロデュース、チャック・ジョーンズの演出によるルーズベルトの選挙宣伝アニメ『なんとしてでも当選させよう』とか、大恐慌時代に、土地や家がどんどん売地売家になっていき、ついには地球全体が売地になって、惑星間で競売にかけられる(月がオークショニアになり、金星や火星、土星が値をつける) という奇想天外な『ベティの地球競売』が観られたのがめっけもの。

 上映終わっても挨拶、ナシ。おかげでというべきかどうか、いつもは9時を過ぎる上映が8時45分で終わった。アニドウの上映会は4、5月はお休みで、これは現代美術館で7月15日から8月31日まで開催される『日本漫画映画の全貌』展の構成をなみき氏がやるので、その準備のためであろう。なんでも、そのプレ・イベントで『日本漫画映画のビン坊』とか『凸坊』とか題した上映会をやるそうであるが、なみきが関わるとどうも『日本漫画映画の陰謀』とかになりそうだなあ、などとヨタを植 木氏と言いながら出る、と、“カラサワさんですね”と声をかけられる。
「ゲンビのゼンボウのズロクを編集しているMというものですが」
 と自己紹介されるが、ゲンビのゼンボウのズロクとは何か、一瞬判断できずに絶句してしまう。すぐ、“現美(現代美術館)の全貌(日本漫画映画の全貌)の図録”のことである、と脳内で変換したが。その全貌展の図録に、何編か、日本のアニメに対するエッセイを収めたいのだそうで、その執筆依頼であった。名刺を渡して、詳しいことをメールください、と言って別れる。ゼンボウについては下記サイトを参照。
http://www.anido.com/html-j/zenbo-j.html

 いつもはこの後、ベトナム料理の裕香園という流れなのだが、続いても飽きると思い、久しぶりにトラジに行く。買ったばかりの白いコートをハンガーにかけるとき、ちょっとベトついているのが気になったが。K子も呼び出して、焼肉。ひさしぶりのトラジで、タン塩がまことにうまかった。あと、カルビ、豚足、ホルモン、レバ刺、ユッケなど。植木さんが“引越でエネルギーを消耗しているので”と、食うこと食うこと。私も一緒になってかなり食べたが、ラストのビビンバはK子が“半分残しなさい!”と叱るのでそうした。と、植木さんが店員に“これ、ドギーバッグに包んでください”と依頼し、もって帰った。夜食にするらしい。四人で、いや、K氏とK子はほとんど飲まなかったから植木さんと二人で、真露小瓶二本、空けた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa