裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

日曜日

「ウルトラマンの出た大学は?」「ジョワッチ(上智)大学!」

 ブラッC風に作ってみました。朝、目が覚めたらもう7時10分過ぎ。やはり昨夜の騒ぎで疲れていたか。旅客機に乗り込んで、やたらな急降下や宙返りを体験する夢を見たが、この夢の中に出てきた飛行場(乗り場が大変なはずれにある)、夢の中の飛行場として定番となっている。急いで入浴、食事のベルが遅かったのでよかったと思ったら、一度鳴らしたのが入浴中でか寝ぼけていたためか聞こえなかったらしい。黒豆ジュース一杯、サラダ、パンなど、しっかり食べるものは食べる。

 少し出るのが遅れたので、今日は地下鉄で行こう、と、昨日とは打って変わった冷気の中、東京メトロの丸の内線へ。あのメトロのMのマンガっぽい文字デザインが、 ハンナ・バーベラのアニメの中の字体に思えるのは私だけだろうか?

 で、遅れを取り戻そうとして乗ったにもかかわらず、丸の内線、御苑前駅あたりで線路にフラフラ立ち入った者がいたらしく、“駅員が探しに出ておりますので”と、10分以上止まる。そういう迷惑な人物も“お客様”と呼称していたが、そんな必要あるのだろうか。まあ、いかにも春先ぽいトラブルであることではある。これで、どこか試写会や打ち合わせで乗っているのだったらジレたろうなあ、と、今回は早々と運命に身をゆだねて雑誌など読みながら(乗り換えチケットも出たらしいが)車内で待つ。15分ほどでやっと動き出して到着の新宿駅では、このあいだ入社したばかりであろう新人駅員が、初めてのトラブルに、表情を固くしてホームの端っこに何人かカタマっていた。

 雨がしとしと。日が変わるとこうも天気も変わるものか、という見本みたいな日である。当然、体の調子、よくなし。ロフトの斎藤さんにちょっと頼み事のメールしたり、そんなことで午前中をつぶす。ふと窓外(渋谷公会堂裏口に面している)をのぞくと、ガードレールのところに、若い女性たちが、レインコート姿でずらりと居並んでいる。100名以上はいるか。その行列をカメラクルーが撮影したりしている。普段でもアイドルタレントの追っかけの女の子が数名は常時タムロしている場所ではあるが、これだけの人数は初めて。ナニカと思ったら、『冬のソナタ』の主演男優であ るペ・ヨンジュンが来日して、その記者会見なのであった。昨日の落語会で、
「あの俳優って、“乙武君に手足が生えたような”感じの男ですよね」
 と某演者が言っていた俳優ではないか。ここまで人気があるとは。

 K子がサイトの日記チェックに2時に来るという話だったが、3時に延びる。弁当を使ってしまい、雑用を思い出したので、女の子たちの並ぶ中を通って(200名くらいにふくれあがっていた)東急ハンズに買い物に出かける。ついでにブックファーストにも行き、書評用の新刊数冊、購入。帰ってみたら、すでに“ペ”は(言いにくいが、日本では何と呼んでいるのか。“ぺっくん”とか?)会場入りを済ませたらし く、さっきまでの喧噪がウソのよう。

 3時、K子来て日記サイトの更新手順などをメモして置いて行く。4時、新宿に出る。ジョイシネマ3で『ロストメモリーズ』。昨日のトークで快楽亭がトンデモ映画として紹介していた(と学会でもネットのサイトが紹介されていた)作品。ジョイシネマは1が『ロード・オブ・ザ・リング』、2が『ホテル・ビーナス』で、さすが日曜夕方、どちらも満席立見表示が出ていたが、これだけ“座ってご覧になれます”。 入って、例ノ如ク、ポップコーンとコーラを購入、席につく。それでも4割の入場者数。で、くだくだしいことは略して感想のみ。ストーリィは下記公式サイトを参照 のこと。
http://www.gaga.ne.jp/lostmemories/
 要するに、伊藤博文がハルピンで安重根に暗殺“されなかった”、もうひとつの歴史の中の物語。SF用語で言うと歴史改変モノの一種、となるか。その後日本は韓国をずっと統治し続け、あまつさえ第二次大戦では米国と手を組んで連合国となり、ベルリンに原爆を落として戦勝国となり、そのままずっと韓国は日本の領地となったままで、総督府には巨大な豊臣秀吉の像が立ち、2002年のワールドカップでは“日本人選手”アン・ジョンファンが大活躍……。と、そこまでの歴史を簡潔に(かつ、強引に)説明して、現在(2009年)のソウルの描写に入る導入部は、ハルピン駅頭のセットの重厚さや、アン・ジョンファンの顔を映してから、ユニフォームの胸の日章旗にカメラをそっとずらす、という演出のシャレっ気も利いてて、なかなかに快調。……しかし、その後がいきなりB級SFになる。先日の『殺人の追憶』で韓国映画も変わったなあ、と感心していたのだが、いや、まだまだ、かつての韓国もちゃん と残っていることを確認し、少し安心したくらいであった。

 最初にCGで大々的に日本統治下100年のソウルの光景が紹介され、なにやら異世界感覚が満喫できるのであるが、やはりそこはCGで、その中での人間の芝居は実際にロケをしなくては絵が撮れず、ドンキホーテや武富士、居酒屋チェーン『游』などのネオンが続く、どう見ても歌舞伎町な夜景に“2009年、ソウル市街”というテロップが流れると、観ている場所が場所だけに失笑せざるを得ない。『惑星ソラリス』の赤坂見附、いや、むしろ『ケンタッキー・フライド・ムービー』の、自由の女神のそびえ立つニューヨークの光景にいきなり“香港”とテロップかました、あの感 じを連想させてしまう。

 で、主人公のサカモトを演ずるチャン・ドンゴン、演技は日本側の仲村トオルよりずっとうまいが、やはり日本語の台詞にはムリがある。いくら努力してちゃんとこなしていても、朝鮮語と日本語は母音の数や基本の発音で異なる部分がある。彼の全セ リフの8割以上がコレ、というのはかなりキツい。シリアスな台詞の部分で
「ザイバチュ(財閥)の仕業でシュ!」
 なのである。緊迫感が殺がれることおびただしい。しかも、日常会話はまだいいが捜査会議の席での発表のところなどでは聞き取りにくいので“日本語のセリフに日本語の字幕が入っている”。これを救っているのは、相方の仲村トオルの日本語も決してうまくないことなのであるが、大門正明や勝部演之などといったベテランとやりあうには、あまりに不利である。映画としてどうこうという前に、100年も統治されてほぼ、文化も完全日本化している国なのに、ここまで日本語の巧拙の差がある、というのが設定として不自然なのである。ここらをカバーするには、どうせ架空歴史モノなのだから“韓日混成語”のような新しい日本語(『ブレードランナー』におけるシティスピークみたいなもの)を作ってしまえばいいのではないか。仲村トオルも大門正明も、全員が“ザイバチュ”と発音すれば、主役のヘンな発音も目立たなく……は、ならないか、やっぱり。

 で、『イノセンス』の如く、架空の世界の中できちんとハードボイルド刑事モノで進めるのかと思ったら、やっぱり最後は神話アイテムが出てきて(その解説をする日本人考古学者役を、“何故か”今村昌平がやっているというのも笑えるが)、話がインディ・ジョーンズになっちゃうというのもヤレヤレだし、まあ、そこらへんは“正 当な”韓国映画風へタレぶり、と言っていいかもしれない。

 ケンチャナヨ精神という言葉が韓国にはある。ケンチャナヨはノー・プロブレムというような意味だが、韓国の国民性を最もよく表す言葉、と韓国人自身が認めている言葉だ。椎名誠が一時、いい加減な仕事ぶりを言い表すのに用いていた“こんなもんでよかんべイズム”というのが、最も適当する日本語であるように思う。タイム・スリップもの(架空歴史ものが後半になってこれになってしまう)SFには、細かな伏線と描写、ストーリィの辻褄をパズルのようにラストできちんとあわせるシナリオ技術が必要なのだが、これらはケンチャナヨ精神を主とする国民には、最も不得意な分野なのである。この映画にも、それは如実に顕れており、こうるさいSFファンたち(小うるさくないSFファンというのは存在しない)が、“ここはいったいどうなのよ”とツッコミたがる部分が、全て、“ケンチャナヨ”で済まされている、そんなイ メージを抱きたくなる作品であった。

 出て、まだ時間あるのでさくらやで液晶テレビなどをちょっと見、小田急線で下北沢に向かう。“虎の子”で、花見の宴。夜桜で、雨で、寒いが。K子、母、それにモモさん、みなみさん、S山さんの都合6名。虎の子、一ヶ月ちょっと間があいただけだが、えらい久しぶりのような気がする。それだけ以前は頻繁来ていたということ。寒いのでビール飛ばして、先に来ていたS山さんが飲んでいた磯自慢の熱燗で。豚バラ薄切りとキャベツの重ね蒸し、自家製牡蠣スモーク、蛸の柚胡椒などで。しばらくこっちで飲んで体を温めてから、二階へ。二階は以前アンティーク屋だったのだが、引き上げて、今はいくつかの店舗が別れて借りているらしく、その一室の古着屋の店内にテーブルを置いて、そこに直に座って桜を眺める。桜の花の中にこの通り(ピュアロード)の灯りが埋もれている形なので、満開の桜が、内から発光しているかのように見えて、しかもそれを、クラシックな窓枠の嵌った、室内は古い着物が並べられているという、大正時代の復元のようなシチュエーションで眺める。またよきかな。石井輝男に教えてやって、『盲獣VS.一寸法師』のロケに使わせたかったね。この店の女性主人(店員か?)とその友人がカウンターでやはり花見をしており、焼き鳥をお裾分けいただく。お返しに牛すじの煮込みを差し上げる。酒酌み交わし、これで今年も無事、花見の義務を済ませたという感じ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa