裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

木曜日

二度あることはリニューアル

 意味がある、ようなないような。朝8時起き。朝食はまたチリコンカン、それにミカン一ヶ。食ってすぐ、薬局新聞を一本。いろんな予定がひしひしと迫ってきて、や や脳内アドレナリンが大量分泌。

 バリバリ仕事、のつもりが、こういうときに限って電話頻々。結果はあまりはかどらずに終わる。ほんやら堂の、今一生氏と、アクビ娘という人とのやりとりに、モニターの前で大笑いしてしまう。
「ビックサイトは土建屋のヤンキーが作ったもので、そこでオタクたちがコミケをやるということが、オタクとヤンキーの幸福な融合である」
 という意味のことを主張する今氏にアクビ娘さん曰く。
「ということは、東京ドームは日ハムファンとヤンキーとの幸福な融合だし、国立演芸場も落語ファンとヤンキーの幸福な融合だし、渋谷駅前はゆずフォロワーとヤンキーの幸福な融合(……以下延々と続く)」
 現象を現象として素直に観察するのでなく、そこになにか小賢しい理屈をくっつけて論じてみたいのは人間の性なるも、ハタからみればほとんどが妄言まがいのものに過ぎず(もちろん、私の書いているものもしかり)。

 昼は北海道みやげの銀ダラの味噌漬けを焼いて。ねっとりと甘くてまことに美味。新風社に移って刊行される『知的E級生活の方法』(『素敵な自分を見失う方法』に改題)に、著者一同代表して前書きと後書きを書く。前書きと後書きを同じ文字数で書くというのは、案外難しいものだということを知った。ふつうは、どっちかの枚数を多くして、どっちかは単なる挨拶文程度にするものだ。

 夕方5時、書き上げてメール。長いこと履いていたお気に入りの靴のゴム底が、昨日芝スタジオに行った際に劣化してパックリ口をあけたように割れてしまったので、センター街のシューズショップに買いに出かける。私の足は病気でちょっと特殊な形状に歪んでいるので、履きやすく、疲れない靴を選ぶのがなかなか難儀である。そのうえ大足なもので、なかなか合うサイズがない。いろいろさがして、やっとよさそうなのを二足、見つけて買う。二足買って値段合計一万円しない。年令も業界の地位 もそこそこなんだから、もう少しいいものを買えばよかりそうなものだが、履いているうちに靴の方が変型してしまうので、高い靴はもったいなくて履けないのである。二足買ったついでに、家の靴箱にあった古い靴を全部処分する。

 それからまた買い物に出て、7時、夕食のしたくにかかる。レンコン、石川芋、タケノコ、ニンジンなどとカマボコを小さくサイノメに切って煮たのっぺ煮、甘鯛の笹蒸し、それからあまった御飯に炒めた菜っ葉類をまぜ、鮭の粕漬けの余りと一緒に蒸籠で蒸し返したわっぱ飯。これはK子に大変好評だった。

 食後、ビデオでテレンス・グロス監督『ホテル・スプレンディッド』を見る。2月10日からシネスイッチ銀座でロードショーされる作品だが、配給会社から、ぜひ見て、この日記で取り上げて欲しいと言って送ってきたもの。孤島にそびえる古風なサナトリウム・ホテルが舞台のゴシックドラマである。味付けはそう、モンティ・パイソンをケン・ラッセルのデカダンで処理したようといいますか、そういう感じの、ブリティッシュ・ブラック・ユーモアである。

 ここは故人となった経営者ブランチェ夫人が自らの健康理論の実践のために設立したホテルで、宿泊客たちは毎食々々、近くの海で捕れるウナギを海草のソースで和えた特別健康料理を、故・経営者の食事理論(不健康な腸は美食やスパイスなどの刺激を求め、多くの病気を引き起こす。だから食事には激しい管理が必要である)を録音したレコードを聞きながら食べさせられている。現在の経営者は故人の息子デズモンドで、秘書に手をつけてはいるが、実は強烈なマザコン。母の作ったこのホテルを、母と同一視して愛している。トリートメント担当のオールドミス、コーラやシェフのロナルドをはじめ、ホテルスタッフはみな、ブランチェ夫人の一族である。客はほとんどが老人や、光恐怖症などの病人ばかり。語り手で、唯一の若者である音楽家のスタンリーも、水恐怖症で、四面を海に囲まれたこのホテルからは逃げだせない。不条理一歩手前の設定の中で、登場人物はみな無気力に日々を過ごしている。

 そこに、かつてこのホテルに副シェフとして勤めていたキャスが戻ってくる。先代経営者の夫人と対立して飛び出したのだが、何者かが、夫人の死を手紙で彼女に知らせ、呼び戻したのである。彼女はここを出てからイタリア料理の修行をして、スパイスの効いた料理に命をかけている。スパイスは敵だと、先代の理論からウナギ料理のレシピを開発したロナルドと彼女は対立し、ついに『包丁人味平』のような料理勝負をするに至るが、それをきっかけに、二人の仲には、昔燃え上がっていた恋が再びよみがえる。一方、ホテルは彼女の来島をきっかけに、変調を来しはじめていた。このホテルの動力は、お客のウンコを溜めて発生させたメタンガスを燃料とする新システムだった。ところが、キャスが作る料理で便の栄養が増し、過剰発生したメタンガスのために、ホテル全体のシステムが暴走をはじめたのだ。あたかも、規律を乱したことにブランチェ夫人が怒りを発したかのように……。

 主人公とシェフのコンビ以外、登場人物のほぼ全員がかなり精神に異常を来している、イギリス映画らしい“病み方”が、好きな人(私のような)にはたまらない映画であり、映像の陰鬱さもそれに輪をかけている。スタンリー役ヒュー・オコナーの、血が薄くなってしまっているような顔の作りや、支配人デズモンド役スティーブン・トンプキンソンの絶妙な慇懃無礼的笑顔(ハリウッドの役者には絶対に出せない表情だろうな)など、こういう役者たちを集められるイギリスの映画人が本当にうらやま しい。くわしくはhttp://www.hotelsplendide.comで御覧を。見ながら酒をかなり過ごしてしまった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa