裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

水曜日

宗門の多い料理店

なんだい、このレストランは日蓮正宗の経営かい?

※朝日書評原稿 『幽』コラム原稿

今朝の夢、内容省略。
なぜならば、いまうーんうーんとうなっている時代小説の
企画にそのまま(いや、夢自体は江戸初期くらいの話なのに
地方公民館のエレベーター前で話が進行するようなよく
わからん設定なので、さすがにそのままでは無理だが)
使えるようなキャラクターのアイデアがあったため。
『隠し砦の三悪人』より数倍面白いですぜ、とどっかの映画会社に
売り込みたいような内容であった。

8時半起床、9時朝食。
ヨーグルトのリンゴコンポート乗せ、スイカ一切れ。
トンデモ本大賞とその周辺のドタバタで忙殺されている間に
多くの方が亡くなった。追悼まとめといく。
俳優メル・ファーラー、6月2日死去、90歳。
代表作は何と言っても心優しい人形遣いを演じた『リリー』
だが、死亡記事のほとんどは“オードリー・ヘプバーンの元夫”
的な扱いだった(日本で例えばメル・ファーラーでGoogleの画像検索を
すると、オードリーと一緒の写真しか出てこない)。
さきほどの『リリー』も、妻のヘプバーンと共演した
『戦争と平和』も、日本ではさほど評価された作品ではないので
地味扱いになったと思われる。彼が妻のためになした最大の貢献は
傑作サスペンス『暗くなるまで待って』に主演させたことだろうが、
この時の彼はプロデューサー扱いで外には出なかった。

私が名画座で何度もこの人の顔を見たのは、ジョン・ウェイン主演の
『ブラニガン』に出ていたからで、三本立ての一本などによく
この作品がはいっていた。悪徳弁護士の役。依頼主を裏切ったふりをして
ウェインをハメようとする、なかなかの知的ワルぶりを発揮する
のだが、この役名がメル・フィールズ。何か、自己パロディ的な
意味合いがあるのかな。名前で言うと、キャストは豪華なのに
内容も特撮もおそまつきわまった『アトランチスの謎』では、
ホセ・ファーラー演じるネモ船長とラストに大チャンバラを演じる。
メル・ファーラーとホセ・ファーラーの対決というそれだけ
なんだが、確かにウリもそれくらいしかない(今観ると大笑い
できそうな気がしてきたが……)アーウィン・アレンの
凡作映画(テレビシリーズのパイロット版を映画に仕立てた
ものらしいが)であった。

その他、トビー・フーパーの『悪魔の沼』でもパッとしない
役で出てきたし、学生ながらも見ていて“ああ、落ちぶれちゃった
んだな”と思ったが、この時期の彼は仕事を選ばず、イタリアやスペイン、
オーストラリアなどの映画にも出まくって金を稼ぎ、
後にテレビシリーズのエグゼクティブ・プロデューサーなどを
勤めている。俳優にとどまらず、監督、プロデューサーなど、
多才すぎて、気移りが激しく、ひとつの場所に腰を
落ち着けることが出来ないタイプだったんだろう。
そう言えばヘプバーンとの離婚も、彼のあまりの浮気症に彼女が
愛想をつかしたからだと言われている。天下のヘプバーンと
結婚したんだから、腰を落ち着ければいいのに、と思うところだが
やはり気移りの激しい人だったんだろうねえ。

あと、作家の氷室冴子さん死去。少女小説家が死んではいけない
ではないか。まだ51歳。ほぼ同年代で、同じ北海道出身で、
同時期に札幌に在住していたこともあり、顔をお見かけした
こともある。さすがに『クララ白書』はついていけなかったが、
『ざ・ちぇんじ!』『なんて素敵にジャパネスク』などには感服し、
さらに、結婚をせまる母親との確執を描いた『冴子の母娘草』に爆笑した。
前後して彼岸の人となった野田昌宏氏も生涯独身をつらぬいた人
だったが、氷室さんも最後まで夫を持つことなく終わった。
氷室さんは(想像だが)少女小説の祖の一人である吉屋信子に
自分を重ね合わせていた風があった。吉屋信子も生涯独身だったが、
彼女が結婚をかたくなにこばんだのには、吉屋へのあこがれも
あったのではないかと思う。そして、後半生に見事な時代女性小説家へ
と変身した吉屋の人生をも、模倣しようとしていたのではなかったか。
しかし、彼女はまた有名なヘビースモーカーでもあった。
あれらの名作は一冊につき何百本というタバコの煙と引き換えに
生れたのだろうが、しかしその代償が51歳での肺ガン死と
言うのは哀しすぎる。

さらに、水野晴郎氏死去。10日死去、76歳。
あ、この人も独身だ。
昔、どこだかのテレビ局の特番で、淀川長治、荻昌弘、小森和子、
水野晴郎という映画解説者たちを一同に会させて、それぞれが推薦する
“映画の名シーン”を語らせるという凄い企画があった。
クラシック名作にどうしても流れる淀長さん、文芸映画好みの荻氏、
女性映画ばかり挙げる小森おばちゃまの中で、水野氏は007映画など
娯楽作品を中心に挙げてくれて、嬉しかった記憶がある。
「映画は娯楽なんです」
というモットーを最も明確に語っていたのが、水野氏だった。
素顔の水野氏はすさまじいアガリ症だという話を聞いたことがある。
映画解説もアガってトチリばかり繰り返していたそうだ。
しかし、それを乗り越えたのが、“映画評論家・水野晴郎”という
キャラクターを作ってしまった、そのアイデアだろう。
警官の制服マニアだったり、つけヒゲを愛用したり、とにかく、
“キャラになりきる”快感を水野氏は覚えた。
そして、日活映画『落陽』で山下泰文を演じ、成りきって
演技し、彼の中に、マレーの虎、山下大将というキャラが入り込んで
本体を乗っ取った。誰が見てもアレな出来の映画を、山下大将
を演じたい一心で製作し続け、アレな演技を本当に嬉しそうに
繰り返していた。死んでからわかったが、彼は戸籍上の名前を
本名の水野和夫から、山下奉“大”に改名していたという。
姓まで変えることが出来るのか? という疑問もあるが、
ともあれ、天下のコスプレーヤーたちは、水野晴郎を
コスプレーヤーの神として奉らなくてはいけないのではないか。

昼はシャケ弁当。
日記を書き始めたらとまらなくなり、三日分を一気にアップ。
それから朝日の書評原稿、1200文字だからいろいろ書ける
だろうと思ったが、なまじ中途半端に字数が多いといけません。
なんかタルい原稿となった。私はやはり、800とか500で
まとめる方が性にあっている。

網戸から紛れ込んだか、小さい虫が飛び回っている。
血は吸わないとは思うが、一応用心と思い、今年初めて、いや、
十年ぶりくらいに蚊取り線香をともす。
去年の秋ごろ、部屋に大きな蚊が迷い込み、耳元でプワンという
羽音がしたが、コンビニにもどこにも蚊取り線香がなく、
朝まで顔でも刺されて腫れ上がらないかビクビクしていた
(腫れた日にテレビ撮影でもあったらアウトである)ので、
今年は早いうちから買って準備していた。
アース渦巻だが、昔は緑だったがこれは茶色。商品が違うのか、
今はみんなこうなのか。
とにかく火をつけると、昔ながらの香りがただよい、ああ、
夏だな、という気分になる。これで、替えたばかりの青畳の香りが
あれば完璧なのだが、自室のマンションには和室がない。

オノから電話。今月はNHKとよみうりテレビの収録があり、
忙しいなと思っていたら、さらに飛び込みで一本、特番出演が
決まった模様。テレビマンスリーですな。
7月のスケジュールも。長野にはバスで行くつもりだったが、
ヒコク氏から、JR『あずさ』で岡谷まで行き、岡谷から飯田まで
自動車を使うと早いと連絡。オノに計算させたら、なるほど
それならギリギリ開演前に到着するという。オノは“さすが地元!”
と感心していた。

あたふたあたふたしながら人生は過ぎて行く。
いろんな人の顔が脳裏に浮かぶ。誤解を解きたいことも、
じっくり話し合いたいこともあるがそれはこの際あとまわし。
今は前に進もう。水野晴郎氏ほどではないが、私も
唐沢俊一というキャラクターを演じ続けねばならない。

昨日打ち合わせたN社長、私の担当のEさんのもと上司だった
ということがわかる。狭い社会だ。Eさん曰く、N氏は
いい結果が出るまで“待つ”ことのできる、希有な才能の
持ち主だそうな。待っていただきたいものである。
どの本も、あまりの過密スケジュールに押し気味である。

湿気ひどく、体中がベタつく。除湿を入れたいが、そうすると
寒い。考えた結果、床暖房を最小限に入れ、その上で
除湿をする。不経済だが仕方ない。
マイミクさんが一人増える。かつての裏モノ会議室時代からの人。
あのころのやりとりが元で、学術的な著書を一冊、去年上梓した
そうである。そんな、ヒョウタンから駒みたいなことが。
ともあれ、また一人、私を“議長”と呼ぶ人が。

メディアファクトリー原稿。ただし書き下ろしではなく、
『幽』の連載コラム。6時過ぎにアルバイトの男性が図版を
取りにくるので、付箋貼ったものを渡す。
原稿はそれからだだだ、というほどのスピードでもなく、
だだ、くらいのペースで書き進め、9時半にやっと完成、
メールして、一応担当Sくんに電話で確認をとる。
書き下ろしの方だが、デッドはどれくらいで……とオソルオソル
訊いたら、他の人たちも順調に遅れているみたいなので、
刊行をお盆あけにずらしました、と言うことで、逆にホッと
する。刊行が一ヶ月半延びることになり、本来ホッとしては
いけないのだが。

体力あれやこれやで使い果たし、サントクに行って買い物。
簡単な夜食を作って食べる。
煮カツ、鯛薄造りポン酢など。
これに黒ホッピー、蕎麦湯氷割。
次の書評用本、読み出す。これまた大部の著で、次回委員会まで
には読み終えておかないと。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa