裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

月曜日

打ち合わせとロケハン、の記

朝5時、目覚める。ホテルの私の泊まった部屋はちょうど真東に面しているらしく、いままさに昇った太陽の光が窓を通じて私にさしている。ウルトラセブンならガッツ星人の十字架でも吹き飛ばせるところだ。
シャワー浴びてメールチェック。
柳瀬くんから婚約報告が届いていてびっくり。別にびっくりしなくてもいいがオタクの中でいると、滅多にこういう慶事にはめぐりあわない。
8時、2階のレストランで朝食。
バイキングということだが、大したものはなし。御飯と納豆で、と納豆を、小さいパックだったので二つとってかき混ぜ、御飯にかけて食べたら、これがやたらうまい。思わずおかわりして二ぜん、四パック食べてしまった。
9時、タクシーで太秦へ。
本日はスタッフ、出演者顔合わせと、それからロケハン。
タクシー内からおぐりに電話、もうすぐ到着とのこと。さらに橋沢・開田あや両氏からも電話、京都につきましたがどうしましょうとのこと。
エ、Sくんとか一緒じゃなかったの? と訊いたが会わなかったというので、とりあえずタクシーで太秦の松竹撮影所まで来てくれと言っておく。
Sくんに電話したら、自宅から品川までの電車に事故があって一本乗り遅れてしまったとのこと。
新幹線チケットを先週の金曜に受け渡ししたとき、向こうが
「橋沢さんと開田さんとは駅で落ち合ったときにお渡ししましょう」
と言ったのだが、
「顔知らない同士の待ち合わせは不安ですし、どうせ、今日二人の顔合わせしますから」
と受け取って、チャイナハウスでそれぞれに渡しておいたのだった。これが幸いした。
こういうことも含め、今回はラッキー続き。
撮影所スタッフルーム(“唐沢組”と張紙があることに感慨)で打ち合わせ。江原さんもTさんも、ゆうべ遅くまで『猫三味線』の記録ビデオを見て台本チェックしてくれていたそうである。
いくつかの疑問点洗い出し。
もう、ここの時点で当然の如くに私への呼称が
「監督、監督」
になっている。まだシックリこない。
三々五々役者さんが入る。
まずは橋沢さん、かつらの係の人が
「監督、このかつらどうです。工夫してあって、寝転がれます」
と。確かに、もみあげの部分など、網の目が見えない。かつらも日々、進歩しているんだなあと感心。
ちなみにこのかつら室には、これまで使用した役者さんの専用かつらが並んでいて、圧巻。
それから衣装。
喜助と惣吉の二種類の衣装。
メイクは惣吉は間抜け顔にしてもらう。
江原さんの
「ホクロでもつけたらええやろ」
の声でホクロも。
開田あやさんは元・芸者の妾とお玉の母親の、これも二役。
二役を多くしたのは、この実写部分がドラマとして独立したものではなく、紙芝居の補助なのだよという性質をDVD見ている人にわからせるため。
山田誠二さん通しでお時役をお願いした小村りこちゃんも入り、お時と芸者・時千代の二役の衣装。
もっともこの二役は原作でも同一人物だが。
そこでエクラン社というエキストラ俳優さんたちのプロダクションから派遣された役者さんたちが来る。
田吾作役の都さん、お粂役の飯田さん、そして産婆役は伝説の傍役女優、山村嵯都子さん。
「もーう、私、お化けばっかり」
と可愛く笑うお婆さん。
山田さんは
「嵯都子さんがキャスティングされるなんて、なんてこの作品ラッキーなんだ!」
と大喜び。
彼らについてはもう、慣れているというか、そのままで江戸時代の民衆、という感じなので衣装、ヅラなどのチェックは省略。
そのあたりでSくん、K社長、Wさんなど制作会社の面々も無事到着、おぐりもスタジオ入り。
彼女にはすぐ勝又さんことカッチーにメイクあわせに入ってもらう。
ただし、今日はまだアプライエンスを使った本物のメイクでなく、顔塗りだけ。
『キャッツ』風メイクされたおぐり曰く、
「パリを歩いている人みたいですね!」
と、よくわからん感想。
ここまで、大変に和気あいあいで和やかになっていたが、少しトラブルあり。
結髪&メイクの係の人(太めの、気の強そうなお姉ちゃん)
が、時千代が喜助に殺されて死体となった後のメイクをカッチーがやるということにつき、
「うちと勝又さんのメイクの仕切りはどうするんですか?」
と聞いてきた。
「仕事の分担がきちんとできていないと混乱します」
と。ここでオタついてはいけない。
「化猫とか死体とか、異常なシチュエーションのものは勝又さんに、ふつうのメイクは松竹メイク室さんにお願いします」
と言って頭を下げる。
監督の決定権というものは大したもので、そう言うと向こうも“はい、わかりました”とすぐ頭を切り替える。
まず、監督の責任を果たした、という気になった。
あとではずいぶん仲良くなったが、この結髪のお姉ちゃんが一番気の強い、言いたいことをびしびし言う人であった。
この日、彼女もう一点、私とぶつかる。
同じりこちゃんの、今度はお時で、村娘なのだが、彼女のメイクと衣装のテストで、ちょっと地味すぎると思い、せめて頭に赤のもの、簪なり櫛なりをつけられないかと頼みにいったら、
「ありえない。この時代の村娘がそんな色のものを」
と断られた。
こっちもそこで引き下がれないので、
「すいません、多少時代考証は無視して、どこかに一点、
赤を入れないと、彼女の美しさが引き立たないんです」
と言い張る。
すると、ため息つきながら、くすんだ紅色の布を持ち出して髷の後ろにあて、またちょっと色のはげかけたベンガラの櫛をさし
「ま、この程度ですか。それでも村娘としては派手すぎだけど」
と言う。しかし、これで完璧にお時の美しさが際立った。
それにしても、ここまで言うだけあって、彼女の技術は大したもの。
おぐりの猫娘かつらにしろ、子猫時代と成長してからの二種類を作って、彼女のメイクにあわせていろいろと工夫してくれている。
役者控え室で少し演技についてみんなと話す。
江原さんにあやさんはさくやのときインタビューしたことがあり、今度はそのカメラの前で演技することに喜んでくれていた。
橋沢さんも太秦で撮影、というのに興奮気味。
もっとも、小村りこちゃんにしきりにアタックしていたが(笑)。りこちゃんは以前、山田監督の『化猫少女魔界拳』で私と共演した子である。
聞いたらビリヤードクイーンとしてあちこちのマスコミに出ている子であるらしい。
最終のスタッフ打ち合わせを打ち合わせ室で行う。
ここは他の部屋と切り離されていて、一回表に出ないと入れない。
なんでこんな構造かというと、この事務所の建物は以前は松竹ボウルというボーリング場で、撮影所はその奥にあった。
そのボーリング場を改造して撮影事務所にしたので、だから妙に装飾的な建物なわけで、この打ち合わせ室はそのボーリング場に付属していた喫茶店のスペースであったのだった。
スタッフ揃って、Iさんの進行でお互いの自己紹介と打ち合わせ。
監督として、ちょっと挨拶。
後から役者さんたちも来て、面通し。
そのあと、Iさんが
「まあ、撮るものがものだけに、ではみなさん、クランクイン前に」
と、撮影所の奥にあるお稲荷様の前で、撮影の無事を祈って二拍一礼一拍。
それからスタッフたちで明日のロケ地下見。
バンに乗り込み、落合まで。
清滝川と保津川が合流する(落ち合う)ところから落合という名がついたのだろう、狭い山道なのだが、今日はまた、やたら路上に車が止まっており、合流のところにはキャンパーや釣り客たちが大勢、たむろしていた。
「明日の撮影のときもいますかね」
「われわれは7時入りだからまず大丈夫と思いまっけど」
「F(進行係)を先に行かせて場所取りさせときましょ」
などと話す。
江原さんと、撮影カットの打ち合わせ。
紙芝居の方で最後に猫娘と喜助を飲み込む渦をどう表現するかが難儀。最悪、渦はライブラリー映像を猫の顔に合成しましょうという話になる。
そこから帰還。竹内さんがパソコンで撮影台本を制作の真っ最中。
恐ろしいまでの一本指打ちで、しかも
「あ、まちごうた」
「あれ、変なもんが出てもうたわ」
などとひっきりなしの独り言を言いながらの作業で、これできちんと台本を作ってしまうのがかえってすごいと思う。
カメラ助手の人にも紹介され、一応要心のため2キャメで撮るが必要ない場合はこれをメイキング映像用にしよう、ということに。そこらで残りのスタッフは明日の準備を、ということでバラけ。私と東京からの役者陣はエースデュースが顔つなぎで一席設けてくれる。
エースデュースの三人に橋沢、おぐり、開田、山田、勝又、それと私。
冠太と思ったのだが今日は予約が入っているそうで、四条通りの老舗(創業大正二年)京料理“かめや”へ。雨がパラつき、やや明日が心配。
料理はまあまあのものだったが、やはり冠太に未練が残る。橋沢さん、山田さん、おぐり、あやさんの話のやりとりが凄まじくはじけて、一座大笑い。
スタッフの結束が固まって、いい一夕になった。ホテルに帰り、明日がチョッパヤなので
シャワーのみ浴びてすぐ寝る。
足がかなりパンパン。そこまで全然気付かなかった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa