裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

木曜日

めんくい子馬

 いい男しか乗せようとしないんだから。朝、7時半起床。朝食、オートミール、バタ抜きですぐりのゼリーを乗せて食べる。フジリンゴはゆうべ武蔵小杉駅のスーパーで買った100円のものだが、伊勢丹の500円のに比べて大して差はない。むしろシャキシャキした食感はこちらの方が上かも。……リンゴに関しては子供の頃大好物だった青リンゴの、あの酸味のかった、歯を立てるとパキッと割れる固い感触に勝る ものはないと思うが、なんであれは無くなってしまったのだろう。

 スーパーモーニング、鳥越俊太郎イラン入り。“ここは戦場です”と緊迫した表現で言うから、銃弾でも飛び交っているのかと思ったら、兵隊が多く、ヘリコプターが飛び回っているから、だとか。取材陣の泊まったホテルにはちゃんと電気も水も通っており、“ビールが飲めないのだけが残念です”ってオイ、そんな戦場があるか。アメリカ軍のチェックが非常に厳戒だということを強調して、この駐留が平和的なものでないことを強調したがっているが、テロリストのただ中にいて通行チェックを厳しくするのはアタリマエ以前だろう。こんな偏向した目でレポートをやられたんでは、 イラクも米軍も、たまったものではあるまい。

 パール・バック『大地』で、第三部の主人公・淵が、自国のことを宣教師が貧困と労苦に満ちあふれた国だと講演するのに憤慨し、親しくしているアメリカ人の老教授 にそのことを話すと、老教授は静かに言う。
「絵を見るにしても、その全体を鑑賞するということは、すべての人にできることではないんだ。昔から言われているとおりに、誰もが自分の眼をつけたところだけを見ているんだね」
 そして、あの宣教師の見ているのは自分の国のきわめて狭い一部分だ、という淵に
「もし心の狭い人だったら、特に狭い部分ばかり見たかも知れん」
 と教授はなお、温和に言う。自国の戦争忌避のために、他国の悲惨さばかり世界に喧伝しようとしているジャーナリストたちも、少しこの言葉を噛みしめて貰いたい。

 昨日の日記のつけ忘れ事項いくつか。東横線に乗ろうと駅の雑踏の中を早足で歩いていて、電車の中でサラリーマンらしき人が立ち読みしている本に、ふと眼が吸い付けられた。それは一瞬で、空いている車両にすぐ飛び乗ったのだが、発車してゴトンゴトンとゆられながら、さて、何であの本に眼が行ったのだろう、としばらく考えているうち、あ、そうか、あの本がなをきの表紙の、芦辺さんの『殺しはエレキテル』だったからだ、と気がついた。チラリと一瞬だったので、色と、ぼんやりしたその配置しかわからなかった。その配置が、何か記憶に引っかかる、と、しばらく脳が検索していたのであろう。あと、武蔵小杉で『おれんち』までの道、下弦の月からちょっ と離れたところに、火星がまだはっきりと輝いていたのが美しかった。

 と学会事務局から連絡あり、次の例会にも参加を希望している高須クリニックの長男・力弥さんに次回の日取りなどをメール。彼をと学会の例会に参加させてやってほしい、というのは西原理恵子さんからの依頼で、自分のマンガで高須克弥の本がと学会にとりあげられていることをギャグにしたのだが、と学会ファンの力弥氏がその中の描写(力弥氏がすでにと学会員である、というような記述)に苦情を唱えて、責任を感じた彼女から、彼を一度、例会を実地に見せてやってくれませんか、と電話してきたのだった。それ自体には何も問題なかったのだが、それに興味を持った親父さんの克也氏が見学に行きたい、自分もと学会に入りたい、と言い出したあたりで、彼女がかなりこちらに気を遣いはじめ(もともと気配りは凄い女性だから)、何かかえっ て気の毒だった。

 もっとも、彼女がその件をマンガにしたときに、前半(何故、西原がまるきり自分のウリとはタイプの違うと学会と関わりを持つにいたったか)の部分と、親父どのがと学会に入会したいと言い出した件りとを、別の連載(後者は『SPA!』、前者は『宣伝会議』の連載)でそれぞれ描いたせいで、後者だけ読んだ読者には、混乱が生じたらしく、このあいだ、後者の収録された『できるかなV3』の感想で、こんなこ と書いているサイトを見つけた。
「なんか唐沢俊一から『と学会』に入れと勧誘されている事が描いてある。うわー。サイバラ周辺からいち早く去ってほしい。ホステス編を見てもわかるけど、サイバラは、所詮自分は傍観者にしかなれないという諦念がまずあって、その上で、この人らとわたしは同じだもの傍観なんてできるわけがない、と強く強く思っている、だから当事者ではないけれど、彼女たちのすがたを描く資格はあるのだ。対称を卑下して哂うだけの『と学会』とは全くの対極なんだ。唐沢俊一帰れ帰れ、バーカバーカ」
 ……いや、笑った。お世辞でなく、モノカキを業とするものとして、こういう盲目的ファンがついている彼女は本当にうらやましい。とはいえ、早とちりの馬鹿には変わりない。読者への説明責任はちゃんととって貰いたいもんです、西原先生。

 アスペクト『社会派くん』対談ゲラチェックすすめる。一段落した時点で、風呂へ入ろうと蛇口をひねったら、またガス給湯器が作動せず、ピーと鳴る。やはり故障かと、東京ガスサービスセンターへ電話。こないだのウスラ笑い爺さんが出たらイヤだな、と思ったが、今回は若い女性で、詳しくトラブル状況について質問、すぐ作業員 をよこすとのこと。本日夕方にしてもらう。

 昼は冷蔵庫の中のラム肉とネギ、ハナタケを水煮にして、ギョウジャニンニクダレ(タレ屋ソラチ製)をかけて飯。菜の花の味噌汁と。2時に、時間割にて元・JCMのM田くんと。ちょっと個人的なこと。うーむ、いろいろ大変だなあ、と思う。力になってやりたいが、励ますことしかできず。それでも、いろいろお礼を言われて却っ て恐縮する。

 帰宅、またゲラチェック。4時ころ、サービスセンターの人来て、給湯器を調べてくれる。こっちも予想していたが、やはり着火装置に、排気ガスなどの汚れが付着し手、それが火花の熱で石化し、着火しにくくなっていたらしい。“この給湯器はこのマンションの改築のときに取り付けたもんですが、もう年月たってますからね、ここのマンションでの給湯器のトラブル、最近連続しているんです”とのこと。プラグを 交換してもらい、代金支払いをする。

 それやこれやで、ゲラチェック手間取り、アスペクトからのバイク便が取りに来たとき、まだ最後の一章が残ったままであった。仕方ないので、これだけFAXで編集 部に送る。どうも綱渡りで困る。

 夜は、『花菜』の後にできた、九州居酒屋に行ってみる。店の作りはかなり手を込ませているようだが、椅子は板敷きで固く、長居はあまりしにくい感じ。マクドナルド方式か。とはいえ、客はポチポチで、そう回転率を高める必要性があるとも思えない。メニューの品数も、なんか少ない。馬刺がウリであるらしいので、馬刺と、馬のあばら肉の炙り焼きを頼む。見ると、他に焼き物として“北海道直送”とうたった、トロホッケ焼きなどがあるが、九州料理の店でトロホッケを出してはいかんだろう、という感じ。岡田斗司夫が『東大オタキングゼミ』の中で、下手なテーマパーク作り の例としてあげたレオマワールドの、
「“レストランには和洋食全ての料理がそろう”というのが売り文句のひとつだったんですね。でも僕なんか見てたら、“なんで和洋食なの?”と言いたくなってしょうがないわけです。つまりそれはテーマに沿ってないというか、例えば森がテーマだったら、森の料理しか食べられない方が、絶対いいんです。逆に言えば、和洋中華イタリアと全部食べられるじゃなくて、これしか食べられない、ここでしか食べられないというところに魅力があるんだけど、日本という国はもともと40年前の貧乏から這い上がってきた国だから、和洋食全部っていうのが豪華に見えちゃう」
 というのに全くあてはまる、店の特徴を売る際の最も悪い例である。

 酒はビールと、焼酎の“不比等”というのの水割。と学会東京大会のパンフの打ち合わせなどして、しばらく腰を落ちつけ、つくね鍋なども食べた。相対的にまずくはないし、雰囲気も悪くはないが、ただそれだけ、という感じで、店自体の個性がいまいち希薄な感じである。どこにでもあるだろ、この程度の店、という感じ。もう一度 足を運ぶかというと、かなりの“事情”が必要になってくる。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa