裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

25日

日曜日

赤いランプのピューリッツァー

 終列車の報道記事により受賞しました。朝7時15分起床。唐辛子パスタ・イン・中華スープ。このパスタは去年のお中元にいただいた数種の練り込みパスタの残りだが、他のもの(ホウレンソウとか、卵とか)が、まあ色がそれっぽいなという程度なのに比べて、これだけは本当に唐辛子の風味がしっかりとあり、量を食べるとトイレ でヒリヒリ感に悩まされることになる。

 そのトイレであるが、中でずっと読んできた新潮文庫版パール・バック『大地』、やっと最終巻の四巻目に入る。途中でと学会の書評本とかも読んでいたので(トイレには、キジ撃ちのときは必ず本を持って入る)遅れたが、王龍の孫の王淵がアメリカに留学する。一巻の持つ、まさに大地の精が語るような力強い面白さには及ばないとはいえ、まだまだどうして、面白い。三巻の後半に、淵の大学の同級生で、カチカチの革命運動家のインテリ女学生が出てくる下りがある。これが淵に片思いで惚れ込んで、積極的にアタックしてくるので、淵が困り果てるのだが、作者の意地の悪いユーモア感覚が秀逸。彼女は一方的に優等生の淵を尊敬し、それを愛情に発展させて強引に迫ってくる。彼が無視すると、手紙が送られてくる。
「何かお気にさわるようなことを私がしたのでしょうか? 私は革命家です。モダンな女です。ほかの人のように、自分を取りつくろう必要を認めません。私はあなたを愛しています、私を愛してくださることができますか? 私は、結婚を求めるでもなく、また、それをよしとしてもいません。結婚は古代からの弊風です。もし、あなたが私の愛を必要となされば、いつでも、差し上げます」
 で、淵が断り切れもせず、形だけでもつきあっていると、今度は冷たいと言って泣き出し、彼が妹たちとダンスパーティに行くのにも嫉妬し、それを党の仲間に話す、 と淵を脅す。

 彼女は結局、軍に検挙されて連行される。そのとき、淵はそれを嘆く気持ちより、
「おれは自由になった!」
 という喜びの方を、自分を恥じながらも強く感じてしまうのである。しかし、その気持ちを連行されるとき、彼の目から読みとったのか、彼女は憲兵に、尋問もされないのに淵も運動員だと自白して、彼を逮捕させてしまうのである。女の愚かさを描く ときの女流作家の筆致は、男性の及ぶところではない。

 昼は兆楽にてギョーザと半チャー。西武デパ地下にて買い物少し。帰宅して、文藝春秋巻頭コラム原稿。4枚半、書けばスラスラ。K子へのネット四コマネタと共に、5時半にはメール。担当のM島さんから受け取りましたの電話。日曜も仕事をしているのか、すごいなあと思う。と、言うか、私が原稿遅らしたから休日出勤になったの か。だとしたら申し訳ない。

 ビデオで仮面ライダーブレイド、流し見。新宿のホスト看板を取り締まる前に、子供向け変身ヒーローもののホスト顔役者どもを取り締まってはどうか、と、藤岡弘世代の私などは思ってしまうわけである。真面目な話、母親が自分を見る目よりもずっとうるんだ熱心な目で、テレビ画面の中のお兄ちゃんを見つめているってことを、子供は敏感に察知すると思うのだけどねえ。いや、そんな馬鹿母の元で育った子供の方 がかえって自立しなくちゃ、と思う気持ちを持つのか?

 母親がアイドルを慕って悪いということはない。藤岡ライダーの生みの親である平山プロデューサーの回想に、講談社との提携で仮面ライダーの企画を立ち上げていたとき、当時少年マガジンの編集長だったU氏と一席を囲んだとき、自分が昔、東映で 『新吾十番勝負』などの助監督を長く務めていたことを話し、
「内容もない、お恥ずかしい娯楽ものばかり作ってきまして」
 と言うと、U氏がそれを遮って、こう言ったとか。
「……平山さん、私の家は母が女手ひとつで私たち兄弟を育て、食わし、大学にまで上げてくれました。子供心に私の目に映っていた母は、働いてばかりだった。そんな母の、ただ一つの楽しみは、月に一度だけお化粧をし、いい着物を着て、映画館に行き、大川橋蔵の映画を観ることだったんです。一緒についていって、私のことも忘れて、一心にスクリーンに見入る母の顔を見たとき、私は美しいと思った。私に、母のそんな顔の思い出を残してくれただけで、あなたたちスタッフは私の恩人です。お礼を言います。ありがとう」
 平山プロデューサーはそのとき、“あ、オレの青春は無駄ではなかったんだ、と初めて思った。嬉しかったネエ”と話してくれた。身を粉にして息子を育てあげた母の唯一の娯楽である『新吾十番勝負』を作っていた人が作りあげた『仮面ライダー』を引き継いだ今のライダーが、またまた母親を画面に一心に見入らせている。果たして 平成ライダーのスタッフたち、後に顧みて自らの青春を誇り得るや否や。

 夜は虎の子。若い女性二人を連れていろいろ話している男性と同席。顔を忘れていたが、以前一行知識掲示板にも書き込んでくれた“コブラの憂鬱”さんだった。彼女たちと彼の会話が笑えた。
「オレ、タツノコにはうるさいよ。カラオケでも『キャシャーン』歌っちゃうし」
「(女の子A)え、キャシャーンって何、それ」
「何、キャシャーン知らないの? ショックだなあ」
「(女の子B)ほら、こんど新しくまた作られるってアレよ」
「そうだよ、ダメだよ、キャシャーンとか破裏拳ポリマーとか知らないと、話になら ないよ」
「(女の子B)……ポリマーは私も知らない」
「……」(ちょっと面白く脚色したが、まあこんなところ)
 そりゃ20代で破裏拳ポリマー熱く語る女性もちょっとだが、キャシャーンもやはり知らないか、宇多田の亭主が作ったからっていっても。酒は黒龍、それに豚ロース 塩焼き、カワハギバタ焼きなど。美味。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa