裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

水曜日

ペンだこの年を数える

 ワープロ書きに切り替えてペンだこがなくなってから、もう十年か。朝、7時半起床、朝食、ソバ粉焼き。デコポンにミルクコーヒー。昨日、夜帰宅して、K子がお湯の蛇口をひねってみたら、ちゃんとお湯が出る。おかしいな、と首をひねるが、直ったのはありがたい。東京ガスに電話して、修理はキャンセルしてもらう。

 毎日“今朝の歌”をオープニングで流している『スーパーモーニング』、今日は古賀議員の街頭演説にかぶせて尾崎豊『卒業』。ついつい爆笑。古賀氏の秘書が、氏の街頭演説の脇で“なんでこんなにみんな悪く言うんだ”とオイオイ泣いている。それは決まっているだろう、と呆れる。何かホモっぽい。しかし、古賀氏にとっては、この期に及んではやめるのが一番ラクなはず。みんなが理由がわからず首をひねるこの往生際の悪さは、やっぱり裏で金がからんでいるように思えるのだが。そうでなければ、ちょっとあまりにもこの醜態は理解しずらい。古賀氏の会見中、ペパーダインを“「ペパ」ダイン”とアメリカ風に発音しているところがかえってもの悲しい。

 ゲラチェックもあり、連載原稿も旅行前に前倒しで片づけねばならぬものあり、まだ忙しいのだが、目の前の五冊同時進行から解放された爽快感は何にも代え難い。少し自堕落を楽しむ。昼は干し蕎麦を茹でて、冷凍のアゲ玉、乾燥昆布、ハナタケの煮物などを乗っけて自家製冷やしタヌキ。この干し蕎麦は談之助さんから以前、仕事で行った山形で食べて旨かったので、とおみやげにもらった山形・小川製麺のものであ るが、確かに干し蕎麦の中ではダントツにうまい。

 その談之助さんから電話、“今日、ルノアールで打ち合わせでしたよね?”と。打ち合わせ場所に行ってみたら、ルノアールがなくなっていたので面食らったらしい。“ア、そこで大丈夫です、今私も行きます”と返事をしてすぐ出る。ルノアールの後はスカしたアメリカンな喫茶店になっているのだが、地下貸し会議室だけはルノアール経営のまま、なのだ(ちゃんとルノアール名物のガラナもある)。それでとまどっているのか、と思ったのである。……ところが、行ってみると、植木不等式氏も来て いて、何やら企画者のTさん、扶桑社のYくんが受付でモメている。
「なんです?」
 と談之助さんに聞いたら、どうも部屋が取れていなかったらしい。おいおい、大丈 夫か、今度の本。

 気を取り直して打ち合わせ。扶桑社で出すトンデモ本の件。『愛のトンデモ本』の続編、ということになるわけだが、企画そのものとしてはそれより前に出したメディアワークスの『トンデモ本・女の世界』の続編である。続編といっても、すでに正編を読んでいない人も多いと思われるので、と、別の切り口と、それからその企画でやるなら……と、別の出版法を提案。Yくんがそれらをとりまとめて次の会議に出したら、メールくれるということで。Tさんには、宙ぶらりんになっているオタク通史の 件、再開させてもいいですよ、と行っておく。

 会議室を出たのが5時45分。外はもう薄暗い。Yくん、Tさんと別れ、植木・談之助のお二人と、ちょいと一杯やりましょうと『チャーリーハウス』へ。カウンターで、ビールで乾杯してからいろいろと楽しく雑談。談之助さんが大阪で獅篭とUSJに行ったときのおみやげという、サメグッズを見せてもらう。ジョーズがクイントの船を突き破るやつとか、泳いでいる人間をガブリとやるやつとか。後者のオモチャは私も別バージョンのを持っているが、どちらも人間は下半身を齧りとられており、遊園地でこういうものを売ってしまうというアメリカ人のブラック・ジョーク好きなと ころがいい。日本の遊園地だったら親どもが大騒ぎするだろう。

 ビールから紹興酒に移り、つまみは蒸し鶏と胡瓜の和え物、ピータン、腸詰め、それから植木氏の注文でタケノコの煮たもの。トンミンの具になっている手羽先、ワカサギ唐揚げなども食べる。ワカサギがスナックみたいでおいしい。植木さんは〆メに腓骨トンミン、談之助さんは雪菜とタケノコのトンミン、私はこの後、K子と食事な ので麺は遠慮。

 二人と別れてしばらく家で休息。アスペクトのゲラチェックなど少し。8時10分に、再度マンションを出て、渋谷駅前。ちょっと早めについたがK子も早めに来て、フィンランド語の単語帳など繰って待っていた。おかげで8時半の東横線特急に発車一分前に乗ることができた。武蔵小杉まで。車内放送で、東急東横線廃止(みなとみらい線との相互乗り入れ開始のため、とか言っているが、よく理由が理解できない)というのを聞いて驚く。思えばオノプロ時代、横浜紅葉坂寄席の仕事で、よく東横線桜木町駅は利用したものだ。横浜と言えば最近はみんなみなとみらい地区の方にばかり目を向けるが、野毛側の方の雰囲気が私は横浜という感じがして好きだったんである。あそこらもキレイキレイな、人肌のぬくもりの感じられぬ街になっていくのだろ うか。そうであれば寂しい。

 武蔵小杉『おれんち』、今日は満員で断られる人もたくさん。奥のいつものカウンター席(せまいが、厨房と話ができるという意味では特等席)に、他のお客さんに立 ち上がってもらって、背中をコスるようにして座る。

 いつでもここは珍しい魚を入れているが、今日は北海道の“ごっこ”が入っているという。突き出しも、ごっこの卵の煮付け(ぷちぷちした、とんぶりみたいな感触。とんぶりは“山のキャビア”と呼ばれているから、これは“海の山のキャビア”である)だった。まずは何より刺身盛り合わせ、フグにメジナ、金目、イワシ、ミル貝という豪勢さ。それからそのごっこの味噌仕立て鍋。柳川風の平鍋にグツグツと煮えて出てきたそれは、思ったよりあっさりした淡泊な味ながら、アンコウのようなぷりぷりの感触で、コンドロイチンたっぷり。風味のしみ出した汁が旨い。

 それから小さめなズワイ蟹の塩ゆで(ミソも真っ赤なウチコも、もちろん脚肉も甘くて美味)、そして自家製手打ちの蕎麦を茹でてもらう。手打ちだけに野趣あふれている舌触りと色だが、私はこれこそ蕎麦の醍醐味だと思っている。お上品な真っ白い蕎麦は食う気がしない。惜しむらくはツユが甘口なことだが、これは若主人が“蕎麦はツユの甘い方がおいしく食べられる”というポリシーで作っているそうだ。しかしながらこの点では譲りたくないですな。

 帰るとき、“今日はあっさりですね”と言われるが、毎度ここに来るには、特別に来るんじゃなくて日常っぽく気軽に来たい。K子が“ここでオムライスだけ食べて帰る(本当にオムライスがメニューにある)のが夢!”と言った。中目黒まで東急線、そこからタクシー。帰宅して、ちょっと風邪気かな、と思い、麻黄附子細辛湯のんで 寝る。↓“ごっこ”は本名がホテイウオ、であるらしい。
http://www4.ocn.ne.jp/~okura35/o-tisiki/hoteiuo.htm

Copyright 2006 Shunichi Karasawa