裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

21日

土曜日

気狂いに鱧

 関西で食べたハモの味が忘れられなくて精神に異常を。朝、7時10分起床。旅先でも家と同じ時間に起きる。K子は相変わらず、死体のような表情で寝ている。風呂に湯がたまるのを待つ間、モバイルでメールでも見てみようとしたが、なかなかニフティに入れない。PWにミスがあります、と出る。ワープロソフトの大文字の入力方法が家のものと違うためであることに、しばらくいじくってやっと気がつく。

 しばらく浴槽に横たわる。基本的には湯を外にこぼせない洋風湯船は嫌いだが、横たわって天上を見つめられるのは精神的リラックスにいい。いろいろとよしなしごとを想う。いいことや悪いことがいくつも頭に浮かんでは消えていくが、最終的には日記タイトルに使う駄洒落を思いついて、非常に得した気分になって上がる。単純なものである。外の湿気はかなりなものらしい。普通、ホテルに泊まるとエアコンのせいで鼻の穴がカラカラになるくらい乾燥するが、今日は逆に顔がじっとりしている。

 ロビー階のレストランで朝食バイキング。ここのレストランは初めてきたとき、たこ焼きが置いてあって驚いたが、よく見たらたこ焼き機で焼いたパンケーキだった。さすがにあれはその後なくなった。サラダ、スクランブルド・エッグ、ベーコン、果物はスイカとパイナップル。スクランブルド・エッグを、日本人はお粥のように掬って食べているが、外人客はトーストを下に敷いてその上に卵を盛り、ナイフでトーストを切って、お皿のようにしてフォークで口に運んでいる。さすが手慣れた感じ。

 昨日気になっていた、工事中の建物、巨大なパラボラアンテナのようなものまで屋上に備え付けられている。K子が“あれは何なのかボーイに訊いて”と言うので、一番その建物がよく見える位地にいる宅配便係の体格のいいお姉さんに訊いてみたら、さすがによく質問受けるのか、ガイド嬢のような見事な答え方。このホテルと同じ経営になるショッピング・センターだそうであるが、テーマが“自然との共存”ということで、緑の少ない大阪に緑と親しめる場所をつくろうと、周囲に樹木を植えているのだそうである。で、最上階には貸し自家菜園コーナーが作られるとか。『月のひつじ』のパラボラアンテナのように見えるのは、たぶんそこに水を補給する給水塔だろう。何にしても、曲線を組み合わせた城のような形の、一種異様な建物である。

 K子は大阪のデパート散策に出かける。私は部屋にこもってカンヅメ仕事。いくつかザッザとやり進めていくが、モバイルは画面が小さいので、目が疲れる。しばらくベッドに横になり、同人誌の翻訳マンガの原初コピーなどに目を通すうち、グーと寝てしまう。まことに心地いい。昼過ぎまでグッスリ。目を覚まして、あわてて地下鉄で梅田まで。大阪駅中央改札でK子、裏モノの金成さん、詰めにくいさんのお二人と落ち合う。関西にも知り合いは大勢いるのだが、今回はカンヅメ旅行につき、お会いするのはこのお二人だけに絞らせていただいた。他の方々失礼。なにしろ、ニフの裏 モノ会議室以来の古いつきあいのお二方なのである。金成さんから梅干をいただく。これが実にうまい梅干で、私がいま、梅干にハマった要因になったものなのだ。

 デパートの中のうどんすき屋で食事と雑談。そこはそれ、裏モノ会議室のメンツであるから、外へはちょっと発表できない話。某業界有名人の若かりし頃の話とか。爆笑。ここのうどんは手打ちだそうで、具はまあそこそこだが、うどんがうまい。今日も晩は西玉水なんだが、と思いつつも食べてしまう。そのあと、詰めにくいさん推薦のイギリス紅茶屋でお茶。店内イメージは高級なのだが、とにかく貼り紙(一応額に入れているが)がそKら一面に貼ってあり、なんかわけがわからなくなっている。他に、30年代くらいの古い玩具もたくさん飾ってあって、いい感じである。外へ出て歩くと、目には見えないが、湿気が飽和状態で、ミストの中を歩いているような感じ である。

 ホテルへ一旦帰り、仕事再開。でもすぐ休む。今回の翻訳馬鹿ホラー漫画、天然馬鹿と確信犯(この数日話題になっている語だが、これは誤用的使い方を“確信犯”でしているので念のため)馬鹿の二種類のものがある。やはり確信犯馬鹿の方がずっと英語が上等なのが面白い。いつもは旅行中は読書用の文庫本を数冊、持って歩く。今回も一応新書を二冊ほど持ってきたが、さすがに仕事と、頭休め用の翻訳とで、一回 も開いていない。

 7時、またホテルを出て、今度は歩いて西玉水。今日はハモである。昨日の客は、私たち夫婦の他はその九州の社長とママだけだったが、さすがに今日は土曜で、上の階に団体さん、カウンターにも他に二組、入っている。すでに用意できていて、まずはハモの湯引き、それからお造り、さらには皮のところをさっと炙った炙りハモが三連続で出される。中ではお造りがやはり他では滅多に食べられない絶品。ほのかに甘味のある上品な刺身だが、食べていると、骨切りをした後の小骨が時折、カリッと歯に当たる。K子はこのときおりのパキ、がたまらない、と言う。ハモの子とキモの煮こごりも出される。半透明の煮こごりの下部に卵が白砂のように敷かれ、その上に黒いキモが、石のように配置されていて、石庭のミニチュアのような外観の、ユニークな食べ物。さらにハモの泉州鍋を。これはハモとタマネギをダシ汁で煮た鍋。ハモの 旨味を吸い込んだ、甘いタマネギの方がいくらでも入る。

 しかしハモづくしではやはり物足りない、ここのメインの鯨も、というので、お造りと生サエを一皿づつ。また来年までのお楽しみなんだなあ、と思うと悲しい。お値段もこの店はかなりよろしいのだが、二晩続けて来たサービスか、去年来たときより一割は安かった、とK子が喜んでいた。帰り、道路までおかみさん(今日は和服をきちんと着こなしていた)が出て見送ってくれた。ふらふらと歩いて帰宅、途中で甘いもの嫌いのK子がソフトクリームが食べたいと言い出し、551蓬莱のチョコソフトクリームを買って二人で舐める。帰宅、湿気で体中がヌチャ、としていたので、風呂 に入って寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa