裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

火曜日

みんなのぶた

パンデミックになれば世界中の人が豚インフルエンザになって平等な社会に。

※休養日

朝6時、8時、9時にそれぞれ眼が覚める。
思いもかけず昨夜の酔余の書き込みに賛同意見多々。
ちょっと反応に困る。
昔、立川談志が落語を定義して
「赤穂浪士の義挙、ってのがこっちにあるとすると、そこから
逃げた奴らというのがいる。この、逃げた奴らのことを“うん、
逃げる逃げる”と理解して描くのが落語だ」
と言っていた。この定義はちょっといかがなものかと思った
ものだが、私は草事件をそう解釈しているのかもしれない。

ベッド読書、ベルツの日記(下)読了。
9時45分、起き出して朝食。バナナリンゴニンジンジュース、
アスパラガスのスープ。
今日はとにかく体力の回復にこれ努めることとする。

打ち合わせ予定立てなど、連絡いろいろ。
5月9日はと学会例会だが、ちょうどテレビ収録にカチあう。
時間が読めれば連絡事項などの善後策が立てられるのだが
他のゲストとの兼ね合いがあり、遅くなるかもとか言われる。
気をもむところ。

昼は豚の味噌漬け(漬けではなくハチミツ入りの味噌をまぶした
とのこと)焼き弁当。
いろいろと雑事。某仕事でこっちが地道にいろいろ作業している苦労も
知らずにコイツは、という件あり、苦笑しつつも胃が痛む。

雑用いろいろ片づけていたら、入浴がなんと5時過ぎになった。
サントクに行き、買い物。
8時、夕食。塩イカの酢の物と、茹で豚タン。
豚タンはネギダレを作ってそれで食べる。
ネギ半本と黄ニラ一束、ショウガひとかけを微塵切りにし、
醤油、粉末だし昆布、煮切り酒、酢の物酢をかけて混ぜ、冷蔵庫で
1時間ほど寝かしたもの。肉類になら何にでも合う感じ。

マッコリサワー二杯、黒ホッピー三杯。
昭和世相史のビデオなど見る。
夜さり、ネットでマイミクさんたちの書き込みで中丸忠雄氏の
死去の報を知る。23日に亡くなったそうな。77歳。

最近と学会関係で何かとよくお名前を拝見する国際政治評論家・
中丸薫氏の夫君であった。
彼女との出会いは1966年、三船プロ製作の映画『怒濤一万哩』
の撮影でカナリア諸島を訪れたとき、だったそうだから、
三船敏郎が仲を取り持ったことになる。
その三船敏郎を、1959年の映画『独立愚連隊』で中丸忠雄は
城壁の上から突き落とし、頭を打ってパーにさせてしまうという
凄い悪役を演じ、これが評判となって出世作になった
(この映画での三船のキチガイ演技はちょっと見もの)。

打って変わって1966年の『奇巌城の冒険』では『走れメロス』
のメロスとセリヌンティウスの友情ばなしをコピーした親友役で、
メロスが三船、中丸はセリヌンティウス役の僧・円済を演じている
ものの、印象は薄い。やはり中丸忠雄は平気で三船敏郎でも
裏切る悪党でなけりゃ、と観ている方は思うのである。

『独立愚連隊西へ』では日本軍さえ裏切り、中国軍に内通している
インテリ中尉でこれも中丸らしくてよかった。
同じ岡本喜八作品でも『暗黒街』シリーズでは平田昭彦の
マンガチックなまでのキザぶりにくわれがちだったが、戦争もの
となると俄然、水を得た魚のように個性を発揮して他を圧倒。
こちらでの代表作はこれまた岡本喜八作品の『日本の一番長い日』
の椎崎中佐。狂気のベクトルを常に外に向けて発散している
黒沢年男の畑中少佐に比べ、その狂気を内に秘めた中丸の貫録が
光った。最後の最後で戦争継続の望みが断たれ、初めて感情を
表に出し、軍刀を抜いて木を叩き切る。抑えた狂気の噴出が凄まじかった。
やはり中丸忠雄には、汗と砂塵にまみれた軍服が似合っている。
ま、そりゃ『電送人間』も『大鉄人17』の佐原博士も、
『キイハンター』もよかったけれど。

『クレージーのメキシコ大作戦』の、冷酷に春川ますみを殺す男
から、『江分利満氏の優雅な生活』で、江分利に小説を書かせて
直木賞を取らせる(ここらへんメタフィクショナルな構成となって
いる)編集者・佐久間まで、その演技は幅広かった。
いかんせん、晩年はその幅の広さを活かせる媒体、活かせる
演出家に恵まれなかった感がある。

さて、で、この一本、となると、いまだビデオ等未発売なのが
残念なのだが(NHKアーカイブスでは観られるようだ)、
NHK『明治の群像・海に火輪を』(76)の、星亨役。
このドラマは、伊藤博文役の山崎努以外は毎回、俳優の役が
変わるという奇妙な構成で、星亨も、陸奥宗光(石坂浩二)の
回では東野英心(孝彦)が演じていた。顔から言えば東野の方が
適役なのだが、中丸は一筋縄ではいかない怪物的政治家・星を
貫録充分に演じ(“吾輩”という自称がこれほど似合った役を
他に知らない)、収賄疑惑による自分への議長不信任案さえ拒否する
という面の皮の厚さと、政党政治に対する理想を合わせ持った
二面性をよく出していた。やはり中丸忠雄には、こういう、単純ならざる
役が一番似合っている。

そう言えば幕末・明治ものでは、そう言えば『花神』の、
大村益次郎暗殺の黒幕である有村俊斎こと海江田信義役も
中丸氏だった。

司馬遼太郎が海江田を才能もなく政治力もなく、ただ古くからの
倒幕運動従事者であるというプライドだけで生きており、維新の
最終段階に出てきた大村にプライドを傷つけられて殺意を抱くと
いう陰湿な人物像にして描いてしまったために海江田の評価が
今なお定まらない、と文春新書の東郷尚武『海江田信義の
幕末維新』では憤っていたが、やはり司馬史観の影響力は
今だ巨大で、これは多分今後数十年はどうにもならないだろう。

そういうソンな役割を振り当てられた海江田信義、
せめて中丸忠雄氏に演じて貰ったことで以て瞑すべし。

正直、中丸薫の夫、という位置が、中丸忠雄氏にとって
よかったのか悪かったのか(本人は幸せだったのだろうが)、
俳優中丸忠雄のファンとしてはまだ、結論を下せないでいる。
ここらへんも、最後まで一筋縄では理解できない人だったなあ、
と思うのである。
黙祷。

ところで、中丸氏の死因が、何と今朝読了した『ベルツの日記』
のベルツの死因“胸部動脈瘤破裂”。
この本の締めくくりは、息子のトク・ベルツによる父の最期の姿
である。自分の胸部のレントゲン写真を見ながらエルヴィン・
ベルツは冷静に息子に告げる。
「“これで死ぬときは、たいていは非常に苦しんで、しかも喀血を
伴うものだ。もっとも、急にくる場合も、あることはる。だが−−”
−−と、よわよわしく微笑しながら、かれはつけ加えた−−
“わしは、今まで生きている間に、あまりに運がよすぎたから、
今さらあつかましく、それまで願う気はない”」
だが、ベルツはその夜起きた発作を注射で静めてから、明治天皇
に関する文章を息子のトクに筆記させ、眠り、翌朝、深く息をついて
そのまま眠るように死んでいったという。

ベルツが“日本人には極めて希”と記した病気で亡くなった
中丸氏の死は苦しいものだったのだろうか。願わくはベルツのように
安楽なものであったことを願いたい。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa