裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

土曜日

ヤマンバのマナー

 ヤマンバギャルにも守んなきゃならない礼儀ってもんがあんだよ(と、いうかネタ古すぎ)。朝8時起床。遅寝と風邪薬のせいで寝坊。胃はまだ本調子ではないが、昨日に比してずっと快復。無理して飲んで風邪を最悪の状態にしておいたせいで、快復 が早かったのかもしれない。

 朝食あっさりミカンとバナナ。考えてみれば毎日、療養食みたいな朝飯を食べている。それからミクシィなどつけていたら時間なくなり、あわてて入浴、ひげ剃りなどする。妙に肌がぴちぴち。指でさわっても十代の子みたいに柔らかい。風邪引いたあ したはよくこうなるのだが。

 そのあと、私には似合わない街だが代官山まで。今日はテレビ収録なので、伸びに伸びた髪をセット。これまでは渋谷のトゥルー・サウスという店に通っていたのだが担当してくれていたS先生がそこの系列店の代官山『EDO ET D’EAU(えど、え、ど)』に今年から移ったので、こっちに。システマチックな雰囲気の前の店に比べ、ずいぶんとアトリエ的というか、犬を飼っていたりしてアットホーム。カッ トしてもらっているうち、S先生がほっぺたに触って
「うわ、ぴちぴち!」
 と言った。やはり、私の勝手な思いこみでなく、風邪の翌日の肌はこうなるのであ る。何故か?

 カット終わって、何か腹に入れておこうと思うが、代官山のスカしたイタ飯屋とかには行きたくない。できるだけそういうのと正反対の店を探そうと思ってちょっと歩いたら、トンカツ屋があって、のぞくと映りの悪いポータブルテレビで森進一の歌などが流れている店がある。これこれ、と思い、入ってカツ重注文。作っているダンナとサーブしている奥さんと、配達要員らしいムスコのやっている店で、三人とも、私 以外客がいない店の中でテレビ画面熱心に見ていて、徳光アナが出てくると
「この人、競艇マニアなんだよね」
 などと会話している。いまだ発展する前の代官山の雰囲気というのはかくもあらんという感じの店。

 しかし、かつ重はなかなかユニーク。普通、カツ丼というのはカツを出汁で煮て、卵とじにして作る。最近ちょっとブームになったソースカツ丼というのは、カツをドミグラス・ソースにくぐらせてそのままご飯の上に乗っけて作る。

 ここの店のはその折衷である。つまり、カツにソースをからめて、それを煮て、卵でとじるのである。はっきり言ってヘンな味、である。ソースと卵とじは合わないだろう、という感じ。とはいえ、まずくもない(だからこれでずっと続けているんだろう)。まずくないところがまた困る。ただ、変な味なのである。これが代官山テイストか? 一応、カツは全部食べて、ご飯だけ1/3残して出る。やはり風邪あげくの 腹にカツはこたえた。少しムカつく。しかしソースのせいかもしれない。

 それから仕事場に行き、メールなどいくつか。今日の番組の進行につき、
「生徒役の人が191カ国の名前を勝手に挙げますから、それにあわせた雑学をお願いします」
 と制作会社からメールが来ていた。前日にこんなめんどくさいことを言ってくるなよ、という感じ。と、いうか、こっちがそんなことされてもスラスラ答えられるとい う風に思っているのか。

 2時半、マンションの階下で迎えのタクシーに乗る。向こうから言ってきた時間は2時20分だったそうで、運転手ブツブツ言っていた。麹町日テレ。今日は出演者多く、控え室が足りなくなったようで、私のは大きな会議室みたいな部屋。一応一人楽 屋待遇なので、だだっ広いところにポツンと置かれる。

 一応、資料に目を通し、チェック。例の国の名前雑学だが、またちょっと変更があり、子役の子がゲストの生徒でいるのだが、その子に質問させて、そこで出した国について、その子に合わせた(デブなので、食べ物とか、太っていることに関する)雑 学を披露してくださいと言われる。
「どこの国を挙げるんですか」
「韓国か、アメリカになると思います」
 というので、そこらの国でデブ関係食事関係のネタ思い出して仕込む。

 で、本番。例によってメイクなし、リハなし。どころかキュー出ししてくれる人すら大道具裏にはおらず、
「では本番」
 と声がかかったのでこれまでと同じくセットの裏に入ろうとしたら
「さすがもう、よくおわかりで」
 などと言われる。セットの隅で立ちん坊で待つのもイヤだったので、見渡すとパイプ椅子があったので勝手にそれを持ってきて座るが、誰も何とも言わない。大道具係の若い人が、ビデオが流れ出したら
「じゃ、そろそろ」
 とか言う。安直な番組である。これで高視聴率とっているのだから面白い。

 今回の生徒サトエリ、波田陽区、藤井隆、三倉茉奈・佳奈、久本雅美、柴田理恵、西岡徳馬、菊川怜、山崎樹範。マナカナの二人は二回目で、私に大変なついており、いい反応をしてくれる。久本・柴田のワハハ女優陣もさすがソツなくこっちを立てるのがうまい。実直に役割を果たすのが西岡徳馬、案外自分の役割心得ていて積極的に噛んでくるのがサトエリ(格好は学芸会の星のお姫様みたいなヘンなものだったけれど)、ちょっと見直した。菊川怜は聞いていた通りちょっと冷たそう。控え室でモニター見ていたら彼女は前の授業では秋山仁の助手役で、白衣に赤縁のメガネ、それも ちょっとズラしてかけていた。まるでコミビアではないか。

 波田陽区は台本にはいろいろ台詞あったのだが、アドリブが効かない。最後まで一言も発せず。山崎樹範は一応楽しげにしており、何回か発言したか。藤井隆が嬉々として私のしゃべるのを聞いて、いろいろ声をかけてくる、いいムードメーカーになっていた。収録終わったあと、寄ってきて
「『まんがの逆襲』のファンなんです!」
 と言われたときには仰天した。またマニアックなものを。

 で、子役の細山貴嶺というデブの子。いいキャラの子だが上がってしまったらしく校長の堺正章から
「さあ、カラサワ先生に知っている国をどこか言ってみて」
 と言われてパネルの前に来て、差したのがロシア。アメリカか韓国だと言っただろうが! と思ったが仕方ない。なんとかロシアネタでデブに関係あるネタをひねり出してその場をつなぎ、次は露骨に“よし、じゃあ次はアジアがいいな、日本の近くのところがいいんじゃないかな”と、韓国に誘導する。終わりにつなぐキッカケがあるので韓国に行ってくれないとどうにもならんのである。堺校長がホッとしていた。

 終わって生徒のみなさんと挨拶、サトエリがデカいのに驚く。私より頭半分くらい背が高い。控え室帰って、次にこの番組の書籍化のためのインタビュー。我ながらこういうときはうまいことを言うと自分で自分のしゃべっていることにしゃべりながら感心。ディレクターが“その台詞、次の台本に入れていいですか”とメモしていた。

 タクシー出してくれるので、銀座に向かってくださいと頼んで、銀座小劇場。『ダブルファンタジー』、開演5分後くらいに入る。席はすでに満席、立錐の余地なし。受付のはんまんさんの好意で、調光室に入れてもらう。黒ずくめで風邪あげくの青白い顔でのそっと暗闇の中、ペンライト照らしながら入っていったら、ツチダマさんが幽霊でも見たような顔をしていた。

 金魚鉢の中から初めて芝居を見る。今日は島さんの立ち位置や小芝居に気をつけてみていたが、実にうまい。どうにもうまい。感心せざるを得ない。全体の中で失敗もあるが、まず7割は最善の位置、最善のタイミングをキープしている。こういうカンというのは素養とか経験とかでなく、もってうまれた才能としか言いようがないのではないか。こういう人となまじ演技を合わせなければいけない役者は大変だと思う。その点、八幡薫やみずしな孝之のように、出て、立っているだけでほんわかとした雰 囲気になるキャラの方が楽だろう。

 今日のラスト、また高橋奈緒美の絶叫で〆。思い切りのいい叫びだなあ、と感心していたら、貧血起こして倒れる寸前だったとか。終わって客席の方に回って挨拶、過日“おれんち”で会ったファンの人(力丸さん)が本当に来てくれていた。NHKのYくんも来ている。劇団の人たちと軽口飛ばしあうが、昨日の風邪の低テンションの反動か、昼間の収録の興奮が残っているのか、別人格のように軽薄になっている自分 に驚く。

 打ち上げ、またさくら水産。店が店だけに魚肉ソーセージなどというメニューがある。一口食って、
「こんな高級そうな魚を原料にしているのは魚肉ソーセージじゃねえ!」
 とわめき出す。自分で“なんだ、このノリは”と呆れる。こういうときは大抵、うわすべりするのである。

 やっぱりその後、危ないなと思った予感的中、また座長と口論になる。このところ連日。まあ、劇団らしいっちゃらしいし、コドモ同士のやりあいみたいなものだが、「唐沢さんはオタクなんかじゃない」
「いや、オレはオタクである」
「そんな社交性があるオタクがいるかー!」
 というような、どうしようもないこと。なぜこう、私を非・オタクにしたがるか。

 奈緒美さんが“また始まった”というような顔。おぐりが間にたってオロオロしてい た。最後は妙に仲良くなって、握手したりする。
「唐沢さんはもうちの劇団員ですから」
 とか言われて、
「ハイ、ジュース買いにいくところから修業します」
 とか答える。ああ、なんか大学生のノリ。芝居が芝居だけに、二人とも25年、若返ったか。

 帰り道でおぐりが嬉しげにみずしなさん、尾針と私の写真撮って
「一座の集合写真です」
 と言う。おじさんたらしグッジョブ。実に嬉しい。でも、私がマジにそれを真に受けて、また演劇に身を入れてしまうと、彼女たちを外部から手助けすることが出来なくなってしまう。私はやはり、文化人としても少し俗名を売って、そこのワクでおぐりや尾針を売っていくのが、一番うわの空のためになる存在になれるのである。

 帰りは中野まで中央線で若手たちと。新宿からタクシー、宮垣くんを添乗させて新中野まで。昨日はあれだけ水分とったのにほとんどトイレいかず。今日は膀胱が破裂しそうになり、新宿で一回トイレ、それから家に帰ってまた。まあ、あれだけ(ビール四、五本にホッピージョッキ三つ)飲めばこれが普通で、昨日は水分代謝が風邪で 異常になっていたのか、と考えてアッ、と思い、
「そうか、肌のぴちぴちはこれが原因か!」
 と膝を叩く。体内の細胞に、排出されない水がたまってあふれていたのだ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa