裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

26日

水曜日

楽天翼

 三木谷社長、次は少年サッカーチームを買収! 朝6時45分起床。変装して町を歩く夢など。完全なるミクシィ中毒と化して起きるとすぐのぞく。まあ、そのうち逃避どころでなくなる忙しさになるだろうが。逃避ができるうちはまだまだである。

 朝食8時、ポンカンとリンゴ二切れ、トマト冷ポタ。ひさしぶりに早めに家を出るが、やはり地下鉄が混む。茶パツ・ピアス・剃り眉の若いのが二人、
「会社、だりぃよ〜。燃やしてやりてえよ〜」
 と会話していた。会社に行ってるのか、とそっちの方に驚く。珍しく午前中から仕事、ただし電話やFAXで何度も中断。

 昼食はさんで朝日新聞ピンホールコラムをアゲてメール。1時半ころから調子よくなる。小さいことで気分なんて変わる。快楽亭から電話、母が待ち合わせの国立劇場に来ないという。アッと驚く。今朝、母から“ブラックさんから26日にお芝居と言われていたけど、今日じゃないわよねえ”と言われ、てっきり勘三郎襲名披露のこと だと思って
「あれは三月だよ」
 などといい加減に答えていたのだった。国立だったか。

 あわてて母に電話、快楽亭によれば、今出れば最後の勧進帳には間に合うというので急いで行かせる。ギリギリでも無駄にならずよかった。4日くらいの遅れでミリオン出版『実話ナックルズ』原稿。この日記に書いた佐川明氏追悼ほぼそのままの内容だが、かなりタイムリーで重みのあるものにはなった、と思うことにしておく。それにしても、朝日コラムとナックルズの『カラサワ猟奇堂』、〆切は数日離れているが何故かこのところナックルズが遅れるので、いつも同じ日くらいに書くことになり、そのたびに“朝日とナックルズの両方に連載持っているモノカキは俺くらいだろうな ア”という感慨にひたるのである。

 担当Yくんに電話、Yくんも日記読んで、今月はこのネタがいいかな、と思っていた由。図版受け取りの手配。電話予約して4時にタントンマッサージ。ここ、以前は仕事帰りにお気軽に、というようなキャッチフレーズだったが、最近大繁盛で、予約なしでは入れなくなった。今日は大して、と思っていたのだが、揉まれてみると背中 の堅さ、首筋のゴリゴリなど、かなりひどいことがわかる。

 帰宅、またミクシィ。猫柳さんのところの日記で東映動画のベテランアニメーター的場茂夫氏の死去(昨年暮れ)を知る。ネットで検索したら、業界人で最期を看取ったのは宮崎駿夫妻のみだったとのこと。わんぱく王子、ホルス、空飛ぶ幽霊船、どうぶつ宝島、レインボー戦隊ロビン、ひみつのアッコちゃん、銀河鉄道999……。的 場氏の参加した作品に育てられた一人としてご冥福をお祈りする。

 ワークスとの明日の打ち合わせについて講談社Tくんと電話。それからその講談社FRIDAYのトリビア四コマ、ネタ出し。ジョン・デンバーのCDなど聞きつつ。 8時45分までかかる。帰宅、今日もK子は語学でいない。

『その時歴史は動いた』など見つつキンピラゴボウ、ワカメ酢の物、生ガキ、牛すじ煮など。ホッピー一本、焼酎で割って。あまり飲まなかったな。某家の遺産相続についての話、最近の子は遺産が欲しいのに親をヨイショすることが出来ないというようなこと話す。結果としてそれが自分の損になることに気がつかない。自我意識があま りに高いからだろうか。 いろいろと成功者も身の回りに見て知っているが、まず、そういう人たちは全員がヨイショ名人である。質の高いヨイショは脇で聞いていてさえほれぼれする。まったく、それこそ手間もかからず元手もいらぬ、こんな便利なものを何故使おうとせぬの かしら。

 そう言えば、今日、マッサージから帰ったら図版を受け取った旨の手紙がミリオンのYくんから郵便受けに入っており、あんないいかげんな内容の原稿をベタ褒めしてあった(前に勧めたうわの空の芝居もちゃんと通い続けていてくれる)。また、朝日新聞のIさんからは、出した原稿についての絶賛メールが二回も来ていた。まあ、たいてい一回は義理でも褒めてくるだろうが、追っかけで二回目の賛辞が来ると、さすがに悪い気がしない。いや、今回の原稿、どちらもあまり出来がよくないことは自分でわかっている。それくらいは識別できる経験は積んでいる。しかし、ヨイショであることはわかっていても、人間は嬉しがってしまう単純な生き物なのである。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa