裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

8日

土曜日

比企こもごも

 アイドルデビューもパッとせず、『ピーターパン』で舞台女優として成功を収め、今はヒーリング女優の比企理恵のこと。朝7時起床、メールなど確認の上で入浴、朝食。クロワッサン一ヶ、砂糖抜きミルクコーヒーにミカン。それから部屋でしばらくミクシィだらだら。これが祟った。気が付いたら9時過ぎており、あわててタクシーで仕事場に。原稿一本書き出すが11時ロフト入りに間に合わず。途中放擲して出か ける。

 すでにおぐり、鶴岡は入っていた。斎藤さんとライブ日取り調整の打ち合わせ。続々と(本当に今回は出演者多いので続々という感じ)入ってくるコメンテーターさんたちと挨拶、初めての人とは名刺交換など。オタク大賞、ダンドリ合わせざっとして弁当(シューマイ弁当)使う。鶴岡が相変わらず妙なテンション。明日のライブとスイッチ入れ間違えているんじゃないか? アシスタントなんだから、自分の彼女よりおぐりと少し打ち合わせろよ、と思った。私も壇上に上がらないとどう転がるかわからないし、上がってしまうと一オタクにしかならない。彼女をフォローする人間がい なくなるのである。オタクとは究極の一人(ピン)芸人だからなあ。

 会場はカメラ三台も入って大事。OTCのスタッフでミクシィ仲間でもある海老沢玉希さんと挨拶、まあ、よく開催できたねえと感慨を延べ合う。正味な話、今年のオタク大賞は、私はもう出演しなくていいかと思っていた(岡田斗司夫さんも同じ気持ちであったようだ)。去年の段階で、すでにオタク文化の浸透と拡散が顕著となり、すでに誰が壇上に上がったところで、オタクの右総代みたいな立場は取れないということが明白になった。ならば形を変えて、さまざまな現場でのオタクの声を掬い上げて賞を選定するような、そんな番組にしてはどうかと思っていたのである。

 ところが、そこで内部のちょっとしたトラブルがあり、私の先走りもあったのであるが、ひょんというも呆れた偶然で、開催が危ぶまれる状況となり、すでにその時点でおぐりゆかにアシスタントを頼んでしまっていたこともあり、私としても全力をあげてこのイベントをバックアップせざるを得ない状況になったのであった。柳瀬くんが一応、今大会の実行責任者だが、最初は“やらない”派であった彼をオドし、スカし、“ここでこんな形で開催を中止したら、オタク業界全体の信用にかかわるぞ”などと尻を叩いて、やっとこの段階まで来たという感じであった。トラブル発生の初期から事情を知っている玉希さんとは、なんか大災害の生き残り同士みたいな連帯感が あるのである。

 会の内容については、当日の来訪者たち(物好きに切込隊長なども来ていたようである)が各自のブログ類にレポートをアップしているだろうから略。1時開始、5時終了。石黒直樹さんなどとも少し“フィギュア萌え族”ネタで対立するかと思ったがそこはざっとスルーになった。何にしたってテレビ主体のイベントであり、あまりシリアスな、かつ長引きそうな話題はむいていない。番組中では岡田斗司夫、私、そして鶴岡の三人が主にしゃべっていたが、若手であなどれない人材も伸びてきている。ことに藤津亮太さん、東海村原八さんが去年とは見違える存在感になっていたのが頼もしかった。次回はこの二人中心でやればどうか。あと、鶴岡の嬉々としたツッコミにも負けずに“龍平はねえ!”と“龍平”呼称を繰り返して、『ゴジラ・ファイナルウォーズ』における北村監督の裏切りに熱く涙するドリー・尾崎の姿に漢(オトコ) を見る。あまり喜ばない形容かもしれないが。

 おぐりの張り切りは、最初凄かった。当初鬱っ気でやる気ない感じだった岡田さんが彼女を相手にしたとたん、いきなり燃えだした。とっぱなの“援竜(災害救助用パワードスーツ)”ネタに熱く語り始めた岡田さんに、おぐりが“それ、なんの役に立つんですか?”とカウンターをくらわせると、一瞬驚いたあと、表情が“ニヤリ”となった。
「ほう、キミ、このオレにそうからんでくるか」
 という表情である。これ、岡田斗司夫にとっては
「オレさま(オタキング)が正面から相手してやる」
 という最高の評価なのだが、さあ、そうなるとその後、岡田流いじりがどーんと彼女にダイレクトに襲いかかってきた。もう、『GMK』におけるゴジラ対バラゴンも かくやの一方的攻勢。おぐりの表情が見る見る硬直しはじめた。

 保護者たる私としてはそこでフォローすべきだったのだろう。しかし、女優であるおぐりならわかってくれると思うが、ここはテレビにいま、写っている真剣勝負の場である。全国のオタクが見たいのは、女の子にやさしくしている岡田斗司夫でなく、ウスい一般人のねーちゃんにビシバシツッコミを入れる岡田斗司夫なのである。この場で彼にブレーキかけたらお話にならない。プロとして、この場は岡田さんの餌食になってもらう。案の定、観客、そのボケとツッコミのやりとりに大ウケ。

 オタク大賞の女性アシスタントで、知識のない素人という立場の質問で討論の場を立体的にし、ここまで客の笑いをとって、結果的に場を仕切りきった子がかつていたかと思うと、やはりこの子の才能は凄いと思う。後にあちこちのサイト(岡田斗司夫のミクシィ日記でも)で絶賛されていたことを思うと、彼女の起用は成功であった。とはいえ、後半はあきらかに力尽きて、“素”の女の子に戻ってしまっていたし、終わった後(ラストでちょっとだけ、フォローの言葉を入れられた)はもう、ゼットンとフルラウンド戦ったウルトラマンという感じで、限界点超えていた感じ。打ち上げもパスと言い出したし、こちらがどう話しかけても、顔に笑顔を貼り付けるのが精一杯で、一秒でも早くこの場を立ち去りたいという意志が露骨だったので、そのまま帰すことにする。本来は乾杯だけでも打ち上げの席に出て欲しかった。そうすれば、出演者全員がたぶん、拍手で彼女を迎えてねぎらえたろうに。……オタクへのイメージ悪いままで帰らせるのは心苦しいが、まあ仕方なし。世界が違うところへ一人放り込 んだこっちが悪い。

 村木さんが開田さんにポスター図案のお礼を言いたがっていたが、何故かあやさん共に姿なし。ふと見たら、帰りの客相手に同人誌売っているんで、ドウシタノと訊いたら、夜の開演と間違えていたそうである。炙り屋での打ち上げ、30人近くで盛り上がる。なにしろ今日の成果、用意した椅子席120席のところに165人からの人が入った。番組としても商品になったところで開催できたわけだし(最初は“とりあえず収録した後で買い手を捜す”ということだった)、ギリギリまで“ホントに開催されるのか?”と思われていたイベントとしてはこれ以上ない大成功。

 柳瀬、大塚、斉藤の三人でちょっと反省会も。ダンドリについて、ギチが
「おぐりさんにいきなり重い役を振ってしまった」
 と悔やんでいた。いや、でもそれ受けられなきゃどうしようもないし、結果としてかわいそうではあったが、あれでよかったと思う。アドリブを何より大事とみるうわの空・藤志郎一座の看板女優だ。ワークショップの課題だと思って演技するように、とサジェスチョンすればもっとよく理解してくれたかな、とは思うのだが……(後知 恵)。

 さるにても、去年後半から私はかなり一般社会のほう寄りの思考になっていたように人からも言われ、自分でも思っていたが、今日のあの海千山千のオタクたちと一緒にワーワー話していたときの感覚、すっかり元に戻っちゃった感じである。やはり、“虎の縞は洗っても落ちない”(@映画『フロント・ページ』)ということか。オチがそう言えばあの映画に似ているかもしれない、と苦笑。斎藤さんやみんなに慰められる。斎藤さん、
「私も10年前に、初めてオタクアミーゴスやったとき岡田さんに泣かされましたけど、泣かされたところからですよ、お仕事は」
 と。おお、これこそプロの言。

 あちこちで第二ラウンドとも言えるオタクばなしが始まっている。K社でライトノベル部門の取り仕切りをしているS山さんが、ライトノベル談義を冷ややかに笑いながら聞いていた。こっちはこっちでマンガ論で盛り上がる。
「やはりね、裾野の視野でのマンガ批評が必要だよ」
 などと話していたら携帯が鳴って、出てみたら週刊現代。
「あの、唐沢さんですか、すいません、実はウチで、月イチのマンガ評欄を担当していただけないかと思って電話したんですが」
「……はあ!?」
 思わず驚いたような声を上げてしまった。相手はなんでこっちが驚いたのかわからないだろう。あまりのタイミングのよさというかシンクロニシティというかに仰天。なにはともあれ、今年の“初新連載”である。めでたいと言うべきか。

 9時お開きの後、二次会に流れるという面々と別れ、開田夫妻、S山さん、はれつさんを誘って、お好み焼きの大阪屋。雑談しながら水割りなど飲む。去年から進めてきた大きなプロジェクトを一旦白紙に戻す件など、少しシビアなことも思い切って話すが、話したらスッキリして、ベビースターもんじゃの安っぽい味がつくづく身に染みてうまいと感じた。はれつさんがもう一軒行くならつきあいますよ、と言ってくれたが、明日もライブなので、これ以上は飲めない。ここはおごって、タクシー相乗り で帰宅。メール、おぐりから来ていた。
「勉強になりました」
 と。まあ、それだけは間違いなかろう。がんばれ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa