裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

土曜日

秋の日の暴論のためいきの

 身にしみてひたぶるに腹立たし。朝、7時半起床。朝食、コーンと大豆のサラダ。モンキーバナナ2本。バナナのおかげかこのごろトイレ快調。風呂入り、日記つけ等雑事。電話一本、ちょっと前に取材依頼のあった某週刊誌から、“もう少しエラい作家に、ということになりましたので(大意)”とキャンセル報告。失礼な話だがここまで露骨だと苦笑。まあ、依頼のあったことを日記にも書き忘れるような仕事であったので腹も立たない。

 マイナスがあればプラスがある、というわけで、ゆまに書房から速達で『吉屋信子少女小説選』解説の依頼。2巻の『返らぬ日』の解説。以前、『美少女の逆襲』でこの作品のことを取り上げたのを読んでの依頼らしい。ちょうど、ちくま文庫で『美少女の〜』が復刻されることもあり、タイミングがいいなあ、と喜ぶ。もっとも、こうして簡単に原典が手に入ることになると、私の本の方の原稿も、かなり書き換えなければなるまい。

 12時、家を出て、東急東横線で桜木町へ。横浜にぎわい座の立川流落語会で梅田佳声先生の紙芝居があるので、紙芝居本企画をやってくれているM田くんM川くんの二人に紙芝居を見せる(この二人はまだ、佳声先生の紙芝居を見ていないのだ)。渋谷駅前で、東急デパートの壁に大きく文字のみの広告がかかっているが、その文面 が
「高校生は家に帰って勉強しなさい!」
 なのに驚く。見ると、通信講座のZ会のものだった。Z会は意表をつく広告で有名なところだが、ところもあろうに渋谷駅前にこういう挑発的な広告を掲げるとは、と笑い出してしまった。

 東横線社内読書用の本も用意していったが、偶然M田くんと一緒になったので、桜木町までの間、ずっと雑談しながら。森下社長葬儀のヤバい話、剛竜馬関係のヤバい話、宇宙戦艦ヤマトがらみのヤバい話、落語業界のヤバい話などヤバ話特集。楽しく過ごす。なんでこうヤバい話というのは人の心を浮き立たせるのか。

 桜木町駅で、M川くんとの待ち合わせに行くM田くんと一旦別れ、昼飯を食っていなかったんで王将で餃子ライス。昼時なので列が出来ているが、一人なので案外早くカウンターに席が取れる。列の並び様、皿の置き様など、どうも東京に比べ横浜の人というのは乱雑なように感じたが、案の定、皿は落とすわ水のコップは台ごとひっくりかえすわ、食べている間じゅう、どこかでトラブルの音がしていた。

 開演15分前ににぎわい座に入る。すでに2階の最後列しか空いてない盛況。出入りが実に窮屈な席なので、通路にパイプ椅子置いてそこにかける。楽屋に挨拶に行ったら、ちょうど快楽亭が佳声先生に挨拶しているところだった。新宿でやる『猫三味線』通し公演のおしらせをいただく。来週の土曜日。ここに来なければ知らずに他の予定を入れてしまうところ。横浜まで足を運んだかいがあった。

 客層はまず88パーセントが60歳以上という年齢。まずブラ房が開口一番で『平林』。枕で最近の寄席の前座高齢化問題、などというギャグをふるがこの客層には通じず(当たり前だ)。少しじれた風に本題に入るが、あとは達者なもの。前座でこれだけはまればにぎやかしの役割は果たしたようなものだろう。サゲを“なんだ、トッキッキッてえのは……ああ、祭囃子の練習か?”“いえ、ひらばやしです”とやっていた。この噺、前座噺としては寿限無に匹敵するものなのにあまりポピュラーでないのは、従来のサゲが“なんだお前は。きちがいか?”“いえ字違いでございます”という、放送できないものだからである。誰の工夫か知らないが、こういうサゲにして流通できるようにするのは結構。しかし、高座では一応、古い型を踏襲してもらいたいな、と思うのはマニアの勝手な希望なんだろうか。

 その次が志の輔。こんなに浅い(早い)出なのに驚いたが、超売れっ子のことで、次の仕事があるからだろう。毎度聞くたびに、実にもう、感心するほどこういう客層をすくうのがうまい。時事ネタもいいし、十八番の新作『親の顔』も、教育論にからめて聞いたものが後で話のタネにできるような“いい話”でしかもナンセンスで、一般客が“自分は頭がいいからこの噺に含まれている実は深いテーマがわかる”と満足するように仕組んでいる。それだから、あまり聞く気にならない。今日はあまりその問題に深くは触れないが。

 続いて悠玄亭玉八、おなじみ幇間芸。声帯模写も入れて。圓生は大したことなかったが彦六は佳品、平成天皇は絶品。『幇間腹』もやるが、もとは一八がオカマを掘られるグロなお座敷芸を、上品なものにして演じる。ここらへん、やはり疑問に感じるところである。紙芝居の企画書にも書いたことだが、もともとはかなり悪趣味でエログロ味があって、それだから子供たちが喜んだ紙芝居が、テレビの出現で生き残りを考え、内容をうんと教育的なものにして、学校や警察などの教育教材の一環として取り入れてもらおうと考え、その結果、世間一般に“つまらないもの”として認知されて消えていってしまった、その轍を踏む危険性はないのかな、と、一般向けに薄めて演じられている芸を見るたび思うのである。次が談慶、『粗忽の釘』。これもこの人の技術、この客の受け方ならもっとしつこくひっぱれそうなところを、時間の関係か(このにぎわい座はタイムテーブルにうるさいらしい)、枕で言っていたように次の上野広小路に行かねばならないせいか、女房ののろけなどもさっさと片付ける。惜し いね。

 中入り後は紙芝居、これはまた来週もあるので詳しくは書かない。客席の方から拍子木を鳴らして入ってきて、“こないだ八代亜紀が見にきてネ、アメやったらこれだけか、もっとくれって言いやがンだよ、「♪アメアメくれくれ、もっとくれ……」”と例のごとく。歌入り、ふり入り、名調子入り、アドリブ入りと、いわゆる大衆芸の全部をぶち込んだという芸。これは伝統芸でもなければノスタルジーでもない、梅田佳声という人が発明した、ネオ・クラシック芸なのである。そして、こういう会でもその本質のグロテスク性を失わない。私は大衆支持派ではある。ただし、大衆迎合派ではない。大衆芸術に必要なのは、大衆の意識下で望むポイントを的確につくことであり、建前に迎合することではないのである。

 で、トリが快楽亭。“あたしはもう今日はこれだけですんで……”とたっぷり。しかし、何を演るのか、マクラを聞いていても全然予想がつかない。“去年の正月は三木助が首をつりまして、今年は何事もなくよかったと思ったら榎本滋民先生が焼け死にまして”と文字通りブラックな話を始めたかと思ったら、次が“星息子”、それから“あなごでからぬけ”。ああ、やっぱりこの客層に合わせて普通の古典やるのか、と思っていたら、いきなりそこから『道具屋』松竹バージョン、しかも中に『名字なき子』を入れる。この客層で皇室ネタをかけるというそのアナーキーさに愕然。いかに志の輔の大衆迎合に不満だとはいえ、ここまで過激に走るのもいかがなものかと心配になる。しかしまた、それで半分くらいは置いてきぼりだったが、残り半分の爺さん婆さんが、ちゃんと笑っているのも不思議。もっとも、『名字なき子』の池田大作ネタのところでは(私からは見えなかったが)二人、立って帰った客がいたらしい。
「ほら、二人お客さんが帰っちゃったじゃないか」
 と、そこまで話に入れて爆笑させていたのはお見事。

 ハネた後、ロビーで両Mくんを待っていると、“あれ、唐沢さん”と声をかけられる。ちょっと見忘れた顔なので躊躇していると、“経葉社のMです”と。だいぶ以前に、朝日新聞社の手塚治虫賞で顔を合わせていた、庶民芸術関係の本を出している出版社の人だった。佳声先生には顔なじみらしいがこの会場は初めてとみえ、楽屋への入り口がどこかわからずとまどっている(ここの楽屋裏は最初に足を踏み入れると必ずとまどう設計になっている)。Mさんと、もう二人のMくんを引き連れて楽屋を訪ね、両Mくんを佳声先生に紹介する。経葉社のMさんは紙芝居にもやたらくわしく、今回の出し物『ライオンマン』の原画の人や彩色の人がまだ健在であることを佳声先生に話していた。
「この『ライオンマン』の絵はちょっとオリジナルと違うようですが……」
 というMさんに、佳声先生、
「ええ、ワタシが描いたんです」
 と言って驚かせていた。

 快楽亭と飲みに出る。佳声先生、自分も行きたそうな顔をしていたが、今日は奥さんと娘さん二人も連れてきているんで、そこで別れる。年末の打ち上げでも入った焼肉『サカイ』のチェーンで。快楽亭は凄まじくひどい風邪の病み上がりだということだったが、ウーロンハイ飲みながら企画の話、また四方山ばなし。やはり池田大作ネタは怒る人がいるね、と言うと、“イヤ、あれ、実は創価学会員に秘かにファンがいるんですよ”という。まあ、ギャグとは言え池田先生が天皇陛下になっちゃう話だからなあ。そう言えば東洋館で、元気いいぞうの“♪池田大作先生を、天皇陛下にしよう……”のナンバーで、怒って帰った客がいるという話。“はあ、やっぱりシャレがわからない学会員?”と言うと、“イヤ、最初のそのフレーズだけ聴いて、ここはそういう集まりか、と誤解したらしい”と。大笑い。そう言えば、『トンデモ本の世界R』の植木不等式氏の石原慎太郎大リスペクト原稿に、マジに怒ってきた投書があった。褒め殺しというテクニックを理解できない人も世の中にはいるらしい。

 サカイの焼肉、年末はテンションもまだ上がりぱなしで食べる気にならなかったのだが、改めて食ってみると、なるほど、談之助推奨だけあって、値段の割にはちゃんと食える。感心した。1時間半ほどいて、出る。駅で別れて、JRで品川まで。車内で携帯使うのははばかられたが、とりあえず一刻も早く、と『猫三味線』予約。そこからタクシー。運転手さんとの会話に、志の輔のマクラを使ってみたら、大ウケ。やはり一般向けには凄まじい強さを誇るなあ。帰宅して、ネット連絡ちょこちょこ。少し休んで、8時半、華暦。ちゃんとその時間には腹が減って、刺身、カンパチの塩焼き、おでんなど普通に食う。一日四回、食べた。今日はこの店には珍しくガラガラ。K子と話はずみ、なんべんもテーブルを叩いて笑う。

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