裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

25日

月曜日

ビタミンC千早振る錠

 おのれ千早、わしを舐めおったな(竜田川・談)。朝8時15分起床。首筋がカチカチになっていて痛い。昨日までは左肩だけだったのが今朝になり、両肩にきて、下もめったに向けない。あわててマッサージを予約する。朝食、タラコペーストサンドとタンカン。コンドロイチン錠とアリナミンを気休めにのむ。K子は永瀬さんと連絡がつかない、と心配している。

 昨日の朝刊にチャック・ジョーンズ死去の報があったのを思い出した。89才。私の立場だといろいろ訃報に接しての感想があってしかるべきなのだろうが、不思議と何もわいてこない。すでに彼の主要作品は全てビデオやLDで所有しているし、60年代からこちらの彼はもはや歴史上の人、という感じだったからだろうか。というより、最近の私が、スマートで精神分裂風なチャック・ジョーンズの都会的ギャグよりも、初期ディズニーやフライシャー兄弟の、古怪とも言うべき作風の方にハマっているせいかもしれない。

 ついでに昨日の談生独演会。出てきて例によりドジャッと突っぺすようなお辞儀は寄席だったらこれが楽しみで通うファンもいるかも、という感じ。今日は新作ナシの古典三席、『たいこ腹』『野ざらし』『崇徳院』、そりゃ、たいこ腹の若旦那が最後には一八の腹をメスで割いて臓物を引き出しちゃったり、崇徳院の熊さんがお嬢さんの屋敷の者を興奮のあまり殺しちゃったりするけれど、その程度の壊し様は、立川談生にしちゃ驚くほど原典に忠実というレベルで、いつもの狂気を期待していくと肩透かしをくわされたかも知れない。しかし、こういう人が忠実に古典をやると、逆にそこに微妙な危険性と緊張感がただようのだな。そこらへんが実にもってたまらない。前回の独演会は時間が早く始まってしまい、後半に来たお客さんにも聞かせるために通して3時間という長丁場だったそうだが、その反動か、今回はやたらにサクサク進み、8時15分アガリの予定がなんと7時半で終わってしまった。『崇徳院』なんてどうやったってあまり延ばせない噺だし。本人も高座の上で最後まで“ここで新作に行こうか、どうしようか”と迷っていたようだが、結局そのまま終了。客の入りは前半6分、後半になって8分といったところだったが、後半から来た人は30分しか聞けなかったことになる。ここらへん、けしからんという人もいると思うが、これをしてライブ感覚という。毎回々々、安心していちゃいけないのである。

 二次会で隣に座らせてもらい(遠くから来た古いファンもいたようなのに、悪いことをした)、雑々々たる話。談生の兄弟子キウイに対するスタンスがこれまたハタで見ていると面白いことこのうえない。二人とも、小野栄一と談志の決裂のきっかけを話したら机を叩いて笑っていた。“そりゃツボ、押しちゃいましたね”。二人とも次のロフトに意欲満々。談生さん、“その時までにこの兄弟子を仕込んでおきますから心配しないでください”。

 昼はパックごはんに生卵かけて、牛のツクダニで。それと大根のミソシル。首は仕事しているとそれほどでもないが、まだ痛い。就職情報誌『クルー』コラム原稿。2枚半、楽しく書く。こういう雑学コラムはいくらでも書けるし、書いていて楽しい。会社設立にあたって、金がいったことでもあり、少しこういう仕事をいろんな雑誌に営業してみよう。しかし、アタマは楽しいがカラダは苦しい。首筋がつってまったく右も左も向けなくなり、背中は鉄の板でも背負ったよう。他の仕事、手につくどころではない。

 快楽亭の師匠から電話。家元から“映画の本を書け。おれが出版社は紹介してやるから”と言われたとのこと。その件の相談だったが、最近の談志は変に弟子たちに面倒見がいいのがいささか気味悪い。こないだも美弥で、“談之助やブラックは色物代わりにも使えるし、協会でも絶対欲しがる芸人だから心配ないだろう”などと“その後のこと”を話していたというし、キウイ・志加吾の両前座についても、さまざまに彼らの先行きを配慮して計画を立てているらしい。円丈の『御乱心』に、死の前年の圓生がやたら弟子たちのことを心配しはじめた、という下りがあったが……。

『SFマガジン』4月号、届く。もう4月号か、早いねえ。Dちゃんの表紙、クラシカルなSF調でまことに結構、これまでの彼女の絵の中で一番好み。まあ、私にはあンまし新しいものはワカンナイのである。『キぐるみ』も面白かったが、あの作品の本当の新しさというようなところは正直、ワカンナイ。わかるのはDちゃんとのつきあいの中で得た情報(彼女がホモ好きだとか、傷口フェチだとか)で作者と作品とのつながりが理解できるところだけで……感想を求められてそういうところを褒めたが彼女にはひょっとして不満だったかもしれない。ただ、マンガと小説の合体という形式の大変な読みにくさ、あれがこの小説のキーポイントではないかと思っているのだけれども。今号のSFマガジンにも書評があったが、この形式には触れてなかった。だれかきちんとわかる人に教えを乞いたいものである。

 5時半、マッサージ。症状を訴えると、しばらく背中だの足先だの、あちこちをいじった後で先生曰く、“頭の疲れからこれはきてます”。言われて脳天を指でさわってみると、何やらブヨブヨとして柔らかい感じがする。これが疲れのシルシなのか。どうもアヤしいが、しかし気味悪くブヨブヨしていたのは確かである。揉まれながら気持よく、数回意識を失う。体重を計ってみたら2キロも減っていた。

 終わって地下街で買物し、地下鉄都営新宿線にて神保町。K子がこの日記を読んで『乃むら』の鴨鍋を食べてみたい、というので待ち合わせ。7時半過ぎになると、神保町裏通りというのはほとんど人通りがなくなる。『乃むら』、飛び込みで入ったが十分に座れた。客は次々途切れずに入ってくるが。生グラスがサービスで出て、おつまみに焼きミソとのれそれ、そばがきを頼む。焼きミソはそばミソを竹べらになすったものが火であぶられて出てくる。上品な味でミソ嫌いのK子もおいしがっていた。そばがきはそんなに香り高くはないが、ノリが添えられてくるんで食べるという趣向になっているところが面白い。シケらないように上下構造になっていて下の段に炭のチップが入っている焼きノリ専用容器があって、これに少し感心する。肝心の鴨鍋はうどんすき用の鍋に出汁をはり、まず鴨肉の叩きを竹筒からこそぎ落としてつくね鍋にし、十分に味が出たところで野菜類を投入。鴨肉は冷凍のロールになったものの輪切り。最後にうどんが一玉つく。まずまず、満足できる味。しかし、つまみに酒、あとせいろをすすりこんで、というコースの方がここなら魅力的かもしれない。帰宅、肩の張りは風邪のせいかも、と風邪薬(パブロン)のみ、負担をあまりかけない柔らかい枕に変えて寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa