裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

月曜日

夕方メール

 毎日、午後4時にメールします。朝8時起床。K子は体調悪そう。寝不足と風邪のひきかけであろう。朝食、オートミール。イチゴとバナナ。月曜のことでクリーニングの御用聞き、宅配、書留その他頻繁。私も体調不良で、全身がダルい。どうもこちらも風邪をひき込んだらしい。そう言えばK子がゆうべ、ゴホゴホやっていた。二見書房との打ち合わせ、二時の予定を五時に延ばしてもらう。

 SFマガジン原稿のみ、チェックしてメール。やはり一晩おいて見るとチェック個所は出てくるもの。本を手に横になるが、電話でしばしば起こされる。毎日新聞からアンケート原稿の依頼。二、三本はめんどくさくなって居留守を決め込む。

 寝転がりながら山田俊雄『詞苑間歩』(三省堂)の上を読む。俳句雑誌に連載されたものをまとめた、さまざまなことばの歴史を過去の文献から探るという主旨のエッセイ集である。これまでにその中からよりぬいたものをまとめた本は何冊か刊行されているらしいが、これはその連載開始から1999年7月までの完全収録版である。定本だけに、値段も上3700円、下が3900円とかなりお高いが、およそ日本語に興味あるものにとっては、おもしろくておもしろくてたまらぬ、という類いの本。冒頭第一回から、一行知識マニアならもはや常識に属する“漱石は原稿に当て字をよく使い、サンマを「三馬」などと書いていた”という話があやまりであって、三馬は江戸時代の『俚言集覧』にすでに記載され、大槻文彦の『言海』でも認められている立派な当時の慣用表記であった、という意外な事実の指摘がなされていて、目からウロコが落ちる。

 著者は成城大学名誉教授で、日本語の歴史が専門だそうだから詳しいのは当たり前だが、しかしこの、各種国語辞典の解説のいいかげんさを断じ、芥川龍之介から谷崎潤一郎、金田一春彦までのミス、無知、誤用を指摘する博覧強記ぶりには喫驚の他なく、かつ日常の会話や電車の中でひろった言葉を、聞き流しにせずきちんとその出自を調べる、学者としての探究心にはつくづく頭が下がる。その分、かなり意地悪爺い的な突っ込みになる場合があるが、悪趣味からするものではないといちいち断っている。その源には日本語へのあふれるような愛情と好奇心があるのだ。私のような無学者は、そこで問題にされている語はもとより、著者にとっては日常語とされて文章中に用いられている“二毛の人”などという言い回しすら字引きをひいてやっと理解する(白髪混じりの中年の人という意味らしい)くらいであり、読みながらひたすらため息をつくの他なし。ただし、これだけ分厚い本に栞紐がついていないのは不満である。一気に読むという本ではないのだ。一章々々をじっくり味わいたいこういう本に栞紐がないのは不便で仕方ない。

 やはり風邪のせいか精神状態いささか不穏。無闇に悲観的になったかと思うと、逆にハイになってみたり。夕方には何とか落ち着く。は冷凍の讃岐うどん。マイタケを入れたらちと酸っぱくなっていた。5時、時間割で二見書房Yさんと。書きかけの小説の一部を渡す。それからしばらく、例の如く雑談。プロレス界のオフレコ話、最近の映画、小説について。若い人が波瀾を好み、新奇を讃え、改革を唱えるのは当然の話として、いい年になってもそればかり追っていると、いつかガタがくる。安心、定番、老練といった価値観を唱えることが最も勇気のいることだという、今の状況の不思議さよ。

 Yさんと別れ、パルコブックセンターで買物。現金が財布に乏しくなったので銀行に寄り、さらにセンター街入口に出来た東京ブックタワーに初めて足を踏み入れてみる。109の並びにある大盛堂の支店だが、本店地下にあったマニアショップ・アルバンなどは、ここの5階に引っ越してきた。行ってみるに、妙に明るく、清潔になっている。以前の地下の、薄暗く、あやしく、狭いところに本やグッズがぎっしり押し込められているといったアヤシサが消えてしまったのは残念とも残念。第一、商品がミリタリーとブルース・リー、それにサバイバル関係に限られて、SMやフェチ系の本があまり見当たらなくなってしまった。カラテ・ガールなども、最初はあの地下の雑誌の山の中で発見したのである。それはそうと、この大盛堂書店社長である舩坂良雄氏は三島由紀夫の剣道仲間として有名な人である。先代(二代目)社長の舩坂弘氏が三島に剣術を教えた一人であり、また、三島に関の孫六の刀を贈った人であった。三島が市ヶ谷で自刃したのはその孫六でである。きらびやかな服装で渋谷系の子たちがファッション誌を立ち読みするこの書店の店先からは、そういう歴史は想像もつかない。

 7時半、センター街のインド料理屋『オー・カルカッタ』にてK子、井上デザインのメンバーと会食。ここにはK子の友人の漫画家でインドマニアの流水凛子さんのダンナさん(もちろんインド人)が務めている。バイキング式で、品数は少ないが、いつも本場のインド人の客が来ているのは、本場の味だからであろう。もっとも、食べ放題で、値段も安いため、浮浪者まがいの客の姿があることもあるが、それもインドらしいと言えば言えないこともない。かなり食べ、出てパルコ3の喫茶店で閉店まで雑談。帰宅してメールチェック。昨日の日記に死んだ海老一染太郎を染之助と間違えていた、という指摘があり、あわてて訂正。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa