裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

日曜日

クレーマーマミ

 企業あやまれパムポップン。朝7時半起床。朝食は野菜入りオニオンスープ。本日はと学会例会につき、早めに日記つけ、風呂を使い、仕事関係メール等の雑用をすます。メール確認したら、今回、例会案内がMLでの通知のみでハガキで送られていない(芝崎くんのミスである)ことに対し、永瀬さんが怒りの書き込み。今回、永瀬さんが会場探しから予約から二次会場(予約時間までのツナギの一・五次会場も)選定まで、全てかいがいしく動いてくれて、気のつくお母さんみたいに、事務のK子に電話をかけてきて“給湯室があるらしいけど、お茶っ葉はどれくらい用意したらいいかな?”なんてことまで気にかけてくれて(K子に“そんなもんは各人缶コーヒーでも持参させればいいのよッ!”と叱られていた)、何かあの恐い永瀬さんじゃなくなったようだったが、やっといつもの永瀬唯に戻った、と妙に安心。

 11時、今日の発表ネタを確認して家を出る。早めに昼飯を、とパルコの上の何とかいう和食レストランに入り、ランチ茶漬け。三つ葉とアラレを散らしたごはんのお櫃(茶碗二杯ぶんくらい)にダシ汁が添えられ、それにおかずがつく。塩ジャケ、づけまぐろ、ごま鯛、銀ダラ、豚角煮などのコースから選ぶ。豚角煮茶漬けというのはゾッとしない感じ。無難にづけまぐろを頼む。これに香の物、卵焼き、小鰯の煮たのがつく。ずいぶんと上品な茶漬けである。もちろん、なかなかおいしいが、うー、と満足する、というものではない。しかしまあ、茶漬けを食える店が近くにあるというのはいいか。

 今回の例会々場は千石の教育会館である。千石というと三百人劇場のあるところだが、それ以外の地理感覚はまったく無きに等しい。とりあえず地下鉄半蔵門線で神保町まで出て、そこから都営三田線に乗り換え。水道橋、春日あたりのところで、競馬新聞を手にしたやさぐれたおっさんたちでほぼ車両が満杯になる。こういう東京もある、と改めて思う。自分の活動圏だけで判断していると街のイメージがいかにつかめないことかと、変に感心してしまう。結局、千石までの所用時間は、渋谷から三十分ほど。1時開始のところを11時半に出発したので、12時には到着してしまう。K子が“一時間はかかると思っていたのに”と愕然。あまりに自分の生活範疇と外れていた場所なので時間を読みまちがえたのであろう。ドトールコーヒーが駅前にあるので、あそこで時間つぶすか、と話しながら、その前に会場の場所だけでも確認を、とのぞいてみたら、会員のO氏が入るところ。続いて入ると、まだ使用会議室の部屋の鍵が開いてないので、廊下に眠田さん芝崎くんはじめ、5〜6名がすでにタムロしていた。廊下でも例によりガヤガヤしゃべっていたら、事務室のお姉さんが困った連中ね、という顔をしながらも、どうぞと鍵を開けてくれる。

 案内の掲示板には『東京と学会』と表記。“と”の字は小さく書かれていて、何か東京と創価学会の関連を話し合う会ででもあるようである。“東京”という頭書きは何でくっついたか? 事務局長の眠田さんは“案外新しい建物だし、設備も充実していていいなあ”と気に入った様子。肝煎りの永瀬さんの解説によれば、この会場はバブル末期に建てられたもので、設備もこの程度の大きさの会場にしてはむやみに充実しているとのこと。なるほどOHPから何から機材は大体揃っている。途中、近くのコンビニに飲み物を買いに出たら開田夫妻と遭遇。あやさんが開口一番に、“岡田さん、パイプカットしたのよ!”と言う。今週号のモノマガにその体験記が載ったそうだ。反射的に“必要あんのかね。ミエじゃないの?”と返答して、我ながら苦笑。

 今回、MLのみの案内で参加者が少なくなるのでは、と不安だったが、どんどん集まり、結局いつもの例会と同じく50名ほどの参加をみる盛況。いつも通り山本会長から発表を開始。常連メンバーは当然のこととして、最近はゲストメンバーにも濃いネタを披露してくれる人が多くて結構。私の紹介でゲスト参加した、トンデモハーレクインロマンスの研究家のHさんのネタもウケていたのでホッと安心。私個人のネタはこないだのトイショーで買った紙芝居『日本刀タンク』、UFO柄のコムサ・デ・モードのパンツ、石川弘義成城大学教授の講演『サクセックス・ストーリィ』のチラシ、それと尼さんもののポルノ、アクション、ホラー映画などの大コレクション本『アンチクライスト』。パンツは発表後、山本会長にHP開設祝いに進呈。

 50人以上の参加者でそのうち発表者が30人以上、会議室の使用時間は1時から5時までの4時間。当然のことながら発表は時間ギリギリまで行われ、ひとり7分、と割り当てられる。ところが、やはり時間制限からハミ出す人もおり、それから発表する台の位置がスムーズに前の発表者と入れ替れない作りになっており、さらに、マイクの台がなく、ハンドマイクではOHP台上のブツをいじりにくいために、永瀬さんがいちいち発表者の胸にピンマイクを装着する(“ほらほら、落とさないで”とか“手短にね”などと気をつかうところ、ホントにオカアサンである)。これで手間がかかって、時間がどんどん食われていく。最後まで行くか、とちとハラハラした。

 結局、後半は発表時間をひとり5分と切り詰めて、なんとか二人(志水一夫氏、大沢南氏)取りこぼしただけで無事終了。お二人は次の会場で発表を、と、そこから十五分ほど歩いた先の一・五次会場へ。ずいぶんと変則的だが、ここは20畳ほどの畳敷きの会場で、何か和気アイアイといった感じで無駄話ができる。社員旅行の入れ込み宿のようでもあり、青函連絡船の大部屋の修学旅行生のようでもあり。ここの会場の向いのマンションがガウディを思わせるような装飾ゴテゴテのもの。玄関の敷石をカメの甲羅に見立て、入口に大きなカメの顔がある。周囲との調和が取れていないことおびただしいが、しかし一度くらいはこういうところに住んでみたくもある。

 さらに7時過ぎ、そこを出て、またまた歩いて大塚駅前へ移動、二次会の串焼き料理の店へ。12時近くまでここでワイノワイノ。飲んでいる最中、藤倉珊さんが体調崩して倒れるというアクシデントがあった。あやさんが“手が凄く白くなってる!”と驚き、博学王のIさんが、“倒れた人というのは手が冷たいとアブナイです”と断言。K子があわてて手をとってみて一言、“私よりアツいじゃない!”で、一挙にみんなの関心がナーンダということになって薄れ、気の毒に藤倉前副会長、そのままそこに放り出されるように寝転がらされていた。談之助さん、FKJさん、植木さん、ひえださんなどとも雑談ずっと。カンバンまで居残って、山の手線で新宿まで、そこからタクシーで帰宅。

 今回、扶桑社のOくんも来たので、こちらの本に御協力を、と一・五次会で発表したのだが、太田出版のHさんにそのことが伝わってなかったので、少しHさんが驚いていた。これはお互い食い合わぬよう、運営委員の方から原稿執筆者諸氏に通達と線引きの徹底が必要(すぐ連絡等、打ち合わせをするべし)。メディアファクトリーの件もあり、編集者レベル同士でのツキアワセ会も必要になるか。その他の備忘メモ。ハガキ連絡等、事務連絡の不行届きは向後こういうことのないよう、万々担当者に注意すること。もう一度、次回会誌の製作のことを通達すること。K子にHさんの前でロコツに“へらちょんぺみたいな顔”と言わぬよう注意すること。

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