裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

月曜日

リストラノコンジン

 会社の立て替えがおこるでな。朝7時45分起床。昨日はさほど飲んでいないので胃腸その他は何でもないが、身体がやはりぐったり疲れている感じである。朝食、野菜入り(キャベツ、エリンギ、ソラマメ、カリフラワ)入りのオニオンスープ。オリンピック、メダルを取れないどころか、スピードスケートのショートトラックで寺尾が疑惑の判定で失格。よほどニッポン、今回はツキに見放されていると見るべき。毎朝、オリンピック関連ニュースで不機嫌になる人も多いと思う。やめちゃえばいいのに。一方で、『千と千尋の神隠し』がベルリン映画祭金の熊賞を受賞して国威を大いに高める。昨日、談之助さんがトンデモ物件として持ってきた、キリスト教関連団体に送られてきた『千と千尋〜』糾弾文書、というのを思い出す。これはさる熱心な布教活動家の女性があちことに送りつけているもので、あのアニメはキリスト教にとり冒涜で、宗教学的にも低級とされる多神教の世界を肯定した内容の作品であり、こういう邪教的作品に子供が大勢観に行くことはキリスト教的規範に照らせば大変よくないことであり、どうか“この作品が世界で冷笑され、今までのように賞賛されることなく、興行的にも失敗することで、日本人がその間違いに気付き、反省するよう神に祈ってください”と結ばれていた。神はどうも、その祈りをお聞き届け入れくだされなかったようである。

 今日は2時にフレッツISDNの確認に平塚くんが来てくれることになっているのだが、私は半には出なくてはならない。12時にチャーリーハウスに行き、早めにメシを食う。月曜の定食はいつもは牛肉のうま煮かけ飯なのだが、注文してみると鶏肉の豆鼓(トーチ)煮込みかけ飯になっていた。うまいが、牛うま煮かけ飯はここの店でも一、二を争う人気メニューだったはずなのにと思い、女の子に訊いてみると、やはり狂牛病以来、牛の料理は自粛しているそうである。売上には替えられないのだろうが、烏滸の沙汰なるかなとちと腹が立つ。松屋の豚丼やすき屋のうな丼などという尻ッ腰のないメニューの宣伝を見るたびに、こんな男らしくない店には二度と入るものかと腹を立てていただけに、チャーリーよお前もか、と憮然たる思いである。

 さるにても、あの牛肉うま煮かけ飯というのはゲテな食い物であったよな、とつくづく思う。ほとんど黒色の焦茶色をした甘いドロリが飯の上にかかり、その上に生卵が割りかけられ、彩りのつもりなのかグリンピースが数粒、上に乗っている。これをレンゲですくって口に入れると、つぶれた卵黄が唇にからんでネトネトし、うま煮の甘ドロと卵白のヌルルの熱冷二感が口中で和し、なんとも言えぬ下品な満足感が脳内を駆けめぐった。年増女と寝たような美味で、あとで後悔はするけれど誘われれば断りきれずにまたついていってしまう濃厚な快楽というか、そんな吉行淳之介的な食い 物だったのである。

 昼過ぎから急に空がどんより曇りはじめ、それと同時に気圧がぐんと落ち、背中に鉄板が入ったような塩梅となる。アクビがどうしたかと思われるほど連発して出る。2時15分くらいまで待つが平塚くん、遅れ気味と電話。K子が仕事場から帰ってきたので、彼女にまかせて家を出て、池袋から有楽町線で護国寺の講談社。Web現代の朗読コンテンツ録音というお仕事。車中で『怪網倶楽部』のゲラの赤入れチェック を続ける。

 Web現代、今まで知らなかったが編集部が講談社の本館の中にある。ここに入るのは久しぶり。と、いうか、持ち込み時代以来ではないか? 壁も天井から吊るされる照明も時代がかっていて、ちょっと以前見学した国会議事堂の内部に似ている。しかも社長室のある4階、貴賓室(というのがあるんだね)の隣である。担当Yくんと録音担当をしてくれる人と三人、本館裏の敷地内にある、スタジオで。ここはいぜん講談社がケーブルテレビを持っていたときに建てたという、バブルの遺跡のような建物であるとか。今は写真撮影などの他使われておらず、寒々としたスタジオの、巨大なホリゾントの前にパイプ椅子をひとつ置き、そこに碇シンジみたいに座る。朗読するのは、出がけにいいかげんにカンで選んだ『夫婦生活』昭和28年12月号。パラパラと見て、脳天気な記事が多いとアタリをつけて持ってきたのだが、なかなかの正解で、ヘンな健康法の広告あり、医学記事あり、猟奇コラムあり、アホらしいエロ歌の紹介記事あり、新婚人生相談あり。これらを執筆しているのがみな、医学博士たちである。当時の医者には風流人が多かったものだ。

 録音するまでは体力最低であったが、試し読みから急に回復してくる。朗読する際の呼吸で酸素が取り入れられ、脳や身体が賦活されるのかもしれない。ほとんどブッツケで、45分ほどで録画終了。タイム出しながらYくんやカメラの人が吹き出しそうにしていたから、まあオモシロイものになったのではないかと思う。も少しカメラ撮りを意識した服装で来るべきだったのと、あきらかな読み間違いが数カ所あったのが心残りだが、まあ、初回はこんなところでいいだろうとする。途中から前担当Iくんもやってくる。戻るとき、スタジオの並びにあるゴシック風の廃墟のような建築物に灯がともり、中で仕事をしている風なのに驚く。ここは創立当時からある別館で、今は社史編纂室などが入っているという。いかにも島流し的な建物だが、しかし中はちょっとオペラの怪人風な雰囲気でいいという。執筆室をここに一部屋、もらえないかなと思う。編集部に戻り、少し単行本等の打ち合わせ。Iくんは仕事していたマンガ家さんに“どうしたんですかあ、最近虫歯の治療に忙しいって話ですよ、バレンタインのチョコ食いすぎで”とか言われていた。

 地下鉄で帰宅、車中『詞苑間歩』、急がずちびちび読んできたやつを読了。編中、“身を粉にして働く”という言葉を取り上げた章で、テレビに“映つたアニメーシヨンの物語の中の人物”のセリフとして
「私は身を粉(こ)にしても、この地球を救ふために働きます!」
 というのが出てくる(その前に引用した政治家が“身をコナにして”と誤読したのに対し、正しい読み方の例として)。1995年の記事である。さて、何のアニメだろうか。

 帰宅、メーリングリストなどでと学会例会の補足連絡など。ロフトプラスワンの4月改装記念公演の打ち合わせで、岡田さんから“どうせ見栄でパイプカットした岡田です(笑)”とメールあり、苦笑。Yくんから速攻で今日はお疲れ様でしたメール。『裏モノ見聞録』、営業で調べるとなかなかの売れ行きの数字は残しており、『怪網倶楽部』もそれほどショッパイことにはならんかも知れん、ということである。ネットをやっていたら、いやに頻繁に回線が落ちる。留守中にフレッツ仕様にしてもらった際、リモートアクセスの設定が初期段階にリセットされ、一分いじらないでいるとすぐ回線が切れるようになっていたらしい。

 7時半家を出て、買物少し。8時神山町『華暦』。いつもこの時間、NHKの職員中心にごった返す人気店なのだが、今日はガラガラ。私たちが入ったとき二人連の客が二組いたのだが、それもすぐ出て、私たちだけになる。“今日はNHK休み?”という感じ。たぶん、ブッシュ来日で何が起きるかわからんというので、職員たちに待機命令が出ているのではないか、とママと話す。吉乃川を熱燗で四合ばかり。アジ刺身、肉じゃが、カンパチ塩焼き、それとオムスビ。さすがに帰る時分には数組ばかり客が入っていた。夜道では北風吹きつけてきて、すさまじく寒く、身を縮めながら帰宅。またオイルヒーター側にアタマを向けて寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa