裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

月曜日

嘘もバーホーベン

 ウソつきでなきゃ『ロボコップ』や『スターシップ・トゥルーパーズ』なんて映画は撮れません。朝7時45分、起床。朝食は野菜のスープ煮。どのチャンネルもオリンピック一色で、松坂事件で落魄のイメージがあった黒岩彰などが、ほとぼりもさめたのか、解説者としてテレビに出ているのを見ていたら、私にしては珍しく、果物をとるのを忘れた。果物に対する肉体的欲求なんてのはせいぜいそれくらいのものなんだろうが、例えば前日の夜、明日の朝の果物が切れていると気がついたりすると、イライラして寝付きがよくなかったりする。タバコと同じ精神的依存か。

 ゆうべ、われわれが食事しているとき、ネコがエサをくれ、とニャアニャア媚びを売る声で鳴き、かわいらしげに食器のわきでちょこんと行儀良く座ってこちらをじっと見つめていた。どうみてもこっちを情で釣ろうという魂胆である。一日にプチモンド缶一個と決めてあるので心を鬼にしてやらず(大体いつでも食べられるよう成猫用の乾きエサはいつでも出してあるのに、滅多に食べないのである)に寝た。今朝、台所に行くと、待ちかねていた、という感じですっとんで来て、缶をあけてやるとあふあふと勢い込んで食べる。あまりあわてて食べるので途中で何度かグビ、とおくびを漏らしたりする。これまで、そんなにプチモンド缶が好きというわけではなかったのだが、この一年くらいで嗜好が変わったらしい。

 朝刊で原健策の死を知り、驚く。いや、死んだことではなく、まだ存命だったことに。名優も96歳まで生きると生死すら他人には不明となる。死因が肺炎とか脳梗塞とかでなく、“老衰”となっていたから、本当に枯れるような死だったのだろう。誰か生前に談話などをきちんと取っていたのだろうか、と非常に気になる。なにしろ関東大震災の年に新国劇の前身の新民衆劇学校の第一期生として芝居の世界に飛び込んだ(大河内伝次郎が8つの年上とはいえ二期生)というんだから、もはや日本史の世界の人である。その昔話だけでプラチナなみの価値があったろう。体型こそずんぐりむっくりだったが芝居はとにかく達者で、小心者の市民から頼りがいのある助っ人、悪の巨魁まで、何でもこなす万能名優という感じだった。『赤穂浪士』(昭和31)では浅野内匠頭の東千代之介と最後の別れをかわす片岡源五の役で最高に印象深かったが、これは撮影所長のマキノ光雄が、初めて内匠頭を演ずる千代之介を心配して、ベテランの原に頼み、つききりで演技指導をさせたものだという。いわば地でいっていた関係だったわけだ。名演になったわけである。われわれの世代だとやはり『仮面の忍者赤影』の暗闇鬼堂、それから『妖術武芸帳』の毘沙道人(ほとんど同じキャラクターだが)で強烈な印象を残している。特に毘沙道人の中国なまりの、“キドー・マコトノスケ、汝はすでに我がヨージュツノウチ”と言う口調、学校で流行ったものである。石田純一との離婚騒動でマスコミを騒がせた松原千明は彼の娘だが、私と同じ1958年生まれだから、計算すると53歳のときの子。四十の恥かきっ子どころでない、なかなかどうしてお元気なことであった。

 好美のぼる本解説、一部手直し(本命作である『青い蛾』に触れた部分を少し増やした)して、プリントアウトしてK子に渡す。昼は兆楽で味噌ラーメン。三連休最終日で、渋谷は若い人たちでもう、あふれかえるほど。まんがの森、東急ハンズなどを冷やかす。まんがの森に『9−11』という、あのテロ事件をテーマにしたアメリカのアンソロジーコミック雑誌があった(この事件の起きた日付けのことはアメリカでもSept.11ではなく、ナイン・イレブンと表記しているところが多いようだ。ニィニィロクのような覚え方か)。表紙は、その現場をじっと怒りを込めて見つめながら立ち尽くす救助作業員たち(の、画像?)を前に、後ろ姿で小さく描かれたスーパーマンとスーパードッグが、“WOW!”とつぶやいている絵である。要するに、作り物でない、本当のヒーローは彼らなんだよ、というメッセージだ。いかにもアメリカンヒロイズムなるかな、と少々ヘキエキする気持を感ずるが、しかし、これが国民に麻薬的な高揚感を抱かせる図であることは確かだ。アメリカはこのような偶像的絵画により、人心をひとつにできる。タリバンの不幸は偶像を否定するが故にこういう、世界に向けて自らの正当性のイメージをアピールするツールを持てないことだったのではあるまいか。

 帰宅して、コミックスの『侍ジャイアンツ』復刻文庫の解説5枚強、書き上げる。私の担当巻の刷りがまだ上がってきておらず、読み返せないので、既刊の1巻から3巻までの感想だけで書かねばならないが、ここまでを読み返して、30年前の初読のときの記憶とまったく誤差がないので、まず大丈夫だろう。まったくあの頃の年頃の子供のマンガとかテレビとかにおける記憶力というのはいったい何なんだろうと思うほど凄い。

 べらぼうに寒く、上着を重ねる。これで今年は暖冬というのが実感できない。8時に新宿へ出て、三笠会館でK子と食事。連休で市場が休み、魚がないので残念。ホタテ貝やサーモンのナージェ、クロロフィルソースというのを食べる。ナージェというのはバタ味のあっさり煮込みのことだが、これはタタキ風にほとんど生のものをバタソースであえたもの。バタソースには抹茶様のクロロフィルが混じっていて、何だかお菓子っぽい。他にはこないだも食べた塩豚のポトフ、それからムール貝のリゾットを頼む。いずれも一人前を二人で分けて。ワインはメルローの軽めのもの。9時半頃には店にもう誰もいなくなって、われわれ二人きりだった。連休最終日はやはりみな帰路を急ぐらしい。

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