裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

土曜日

足利あるさ

 尊氏殿には夢がある。朝7時20分起床。カプセルの中にオタクを閉じ込めて語らせ、それを新作アニメのアイデアとしてただで使う犯罪組織があり、それを調査しているとその組織の親玉が横綱大鵬であることがわかるという、もう何がなんだかわからぬ支離滅裂な夢。朝食、ゆで卵とスモークト・オイスター三粒、バナナ。バナナにはさんなみでもらった柚子を絞ってかける。

 小野伯父から電話。寄席の定席に出ることになったという話、収入は少なくても安定して仕事が入るという意味で、いいのではないかという意見を述べる。やはり、常に人の目に触れていなければ芸人はダメ。志ん朝さんとの最後の仕事の話。談志がこないだの東洋館で、志ん朝が死んで落語が終わったと言われないようにと発奮していた(開田あやさんからの情報)という話をする。何とか小朝が会長になるまでがんばれば、その後花緑や喬太郎などがいるから落語界も(形態こそ変われ)落ち着くんだが、というようなことを話した。何につけても、その間をつなぐ階層に問題意識がなさすぎる。談之助やブラックはもう個人的趣味として、いま、一番変化を見届けたい存在が談生なのだが、なぜか独演会の日が別のスケジュールとカブってなかなか見にいけない。日記読むとかなり屈託しているようだが、とりあえず、マニア的ファンにも恵まれているんだし、“世間”を考えて悩むのは真打になってから(なるとき)でいいんじゃないかな。

 新宿に出て、買い物少し、それから西新宿で昼飯。いつぞや『ぶらり途中下車』で紹介されていた回転寿司に行こうと思ったが昼時で長蛇の列、あきらめて『ステーキの神様』なる店でランチ定食。やはりこっちは客が並んでいない(以前は逆だったのだが)。何だったかの雑誌の見出しに“焼肉屋泣いて回転寿司高笑い”とあったが、ホントだったな。昨日、Web現代のYくんが、“ひとつ、幸永応援の企画をやりましょう!”と私の日記を読んで言ってくれたので、なんとか実現させたい。“では、ブリオン対談ということで焼肉食いながらどんどん脳がスポンジになっていくというやつを”“最後はみんな揃ってもーもー、もーもーって”……それではいかんのだ。

 新宿で乗ったタクシー運転手の顔がキウイそっくり。こいつはひょっとしてツカエナイんじゃないかな、と思ったが、まさしく当りで、道を間違えるは、一方通行のところに入ろうとするは、急ブレーキかけて小銭入れを床にまかしてしまうは、見ていて面白いくらいのものであった。面相で人を占えるということも、こうなると正当性があるのではないか、と思えてきた。

 SFマガジン塩澤編集長から、新連載原稿は早めにくれるよう、という連絡。何を扱うかというテーマはもう半年先まで決めているのだが、そのブツを探し出すのがひと苦労。あちこちをひっかき回して、やっと第一回用のものを掘り出す。前連載の打ち上げの場所なども早く決めなくちゃいけない。昼飯が少し腹にもたれたので、横になって休む。丸谷才一『闊歩する漱石』読む。バフチンのカーニヴァル文学理論を縦横に駆使しての漱石論だが、この評論自体がカーニヴァル的な、面白いが逸脱の限りをつくすような形式で、途中で論じられている作品がどっかへ行っちゃったりしている。まあ、恣意的なものだろうが。

 起き出して原稿。6時までずっと、Web現代10枚にかかる。単行本収録の際のバランスを考えて、単調さを防ぐため、今回はテーマがシンクロニシティ。ちと毛色を変えた内容になった。Yくんにメール。受領の返信に添えて曰く、“K子さんの昨日の挨拶は講談社百年の社史に刻まれる伝説と化す程のいきおいで語り継がれております”とのこと。ああ、偉大な女性と結婚したのだなあ、俺は。

 中田雅喜さんから電話。早稲田の演劇図書館に通いつめて、天津敏の声優時代の資料を集めているとのこと。あそこには若山弦蔵の寄贈した、テレビ時代初期の台本類約4000册が収められているのだが、それをいちいち調べては、配役の欄に天津敏の名がないかをチェックしているという。借り出してまた借り出してをあまりに繰り 返していたら、係も呆れて
「もう、あなた自分で書庫に入って調べてください」
 と言われたそうである。“私、いまマンガ家失業状態だからできるんですよ〜”とのことだったが、それにしても凄まじい情熱である。

 7時半、家を出て下北沢。『虎の子』に柚子とガラス細工の虎を持っていく。店の残りの『黒龍』を飲みつくす。タチウオのバタ焼きなど。K子、今回のWeb現代原稿、自分はシンクロニシティ経験などまるでないからイラストが書きにくくて困るという。ユングの言うところによると共時性というのは世界と自分との有意な関係性であるから、自我があまりに強すぎて、世界との関係を重んじない彼女のようなタイプは、あまりシンクロを経験しないのかもしれぬ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa