裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

8日

月曜日

イタチのサイコップ

 苦し紛れに超能力を否定しやがった。朝6時起床。日記とりあえずつけながらテレビを見たら、おー、というような状況。昨日、花火のビデオを流しながら、“なんかいよいよアメリカ軍の攻撃開始か、というような画像ですなあ”とジョークを飛ばしたのが、偶然的中したわけか(シンクロというほど意外ではない)。いろいろ資料映像が流れたが、その中に、小学校の事業を参観中に、テロの第一報を耳もとでささやかれたときのブッシュの表情をとらえたビデオがあった。前にも放映されていたのだろうが、見たのは初めて。しばらく、何の事だか理解が出来ないで表情を作ることが出来ぬままでいるその顔がまことに印象的。しかしビデオ時代ってのは恐ろしい。何でも残っちゃうんだものなあ、と感心する。

 私の友人連からも深夜メールがいくつか届いていた。みな、報道番組を見て徹夜していたのだろう。どんな平和主義者でも、戦争の報道には胸が踊るものである。そうそう、フォークランド紛争のときの戦争特番の司会を故・古今亭志ん朝がつとめたことがあって(凄い人選だね)、そのときの冒頭のセリフが“見ている分には戦争ほど面白いものはありません”だった。今から思うとよくテレビであんなセリフが吐けたものだが、まず、正直なところであろう。あのときの英国のサッチャーは失業率過去50年間最悪という景気状態であったにも関わらず、戦争に勝った首相として国民の圧倒的支持を受け、20世紀の英国首相として最長の在任期間をつとめあげた。不況な時ほど人々は戦争(カタストロフ)を期待するのである。

 K子は豪貴の漢方薬が効いたのか、それともそろそろ治る時期だったのか、順調に回復の途に。朝食は私はスパゲッティ、彼女はトウモロコシ炒めとパン。雨蕭々。後楽園最終日なのに雨ではこりゃイケマセン、と、ちょっと気分落ち込む。気圧もやはり乱れて、フィギュア王原稿、遅々として進まず。

 雨で外に出るのもおっくうなので、昼は冷蔵庫の中の冷や飯でチャーハン作って食べる。具は豆腐のミソ漬けとワケギ。あっさり味のおもしろいチャーハンが出来た。これと長野で買った出汁漬け卵、大根の味噌汁。『東京人』の落語特集を読む。志ん朝のたぶん最後の記事。なんとタイムリー。落語が嫌いで嫌いで、役者になりたかったんだけど親父に言われて仕方なく落語家になった志ん朝が“落語はおもしろいもんだよ、こぶ(平)にはスターになってもらわないといけません”と対談で語り、落語が好きで好きでこの世界に飛び込んだ談志が、“寄席そのものが時代遅れだ。駄目”と吐き捨て、今の若手は“馬鹿ですから駄目です、言いたいこともない”、とインタビューに答える。この矛盾がしみじみ、この年になると理解できてくるのが面白い。

 馬鹿だから駄目です、という台詞はいかにも談志らしいが、実はこれは談志に限らず、ある年齢に達した世代ほぼ全ての、今の若者を見ての率直な感想だろう。これまでの歴史上、全て老人は若者に失望し続けてきた。しかし、われわれが若者だったころの老人たちは、下の世代の堕落を戦後の日本の価値観の崩壊などに背負わせることが出来ただけ幸せだったんじゃないか。今のわれわれの嘆きは、全部、われわれがその責めを負わねばならないのである。それ故にその失望は深く、また根強い。文句を言う気もなくなってしまうのである。馬鹿だから駄目。うーむ、いかん、わかりすぎるよ、こりゃ。

 3時半、粗原ではあるが一応フィギュア王11枚完成させて、眠くてたまらなくなり少し横になる。5時、芝崎くん迎えにくるが、待たせておいてビデオ選別。グッズと一緒にカバンに入れ、雨しきりに降る中、後楽園へ。驚いたことに、最終日で内容が今回のフェスティバルまとめの講演という地味なものでおまけに雨なのに、ステージ前にかなりお客さんが集まっている。“今日のは目的客ばかりですね”と後楽園のNさんが言った。目的客というのはこういう遊園地施設のスタッフ用語か、と面白く感じる。

 楽屋で芝崎くんと話。彼の、今抱えている仕事のトラブルのことなどの相談にのるうち、今日の話をまとめる時間がなくなる。ままよと無手勝流で行くことにして、ステージ裏に入る。デモビデオの内容解説をまだやっていなかったことに気がつき、急遽それも加えることにした。ステージに上がってみると、さらにお客さん増え、立ち見があふれて、はじっこの人たちは床に座っている状態。途中で立つ人もほとんど居らず、入りから言えばこれまでで最高である。これには驚き、かつうれしく思った。トーク自体も、体調が悪いことが逆に幸いして、上ずることなく落ち着いてやれ、ま ず出来も70点以上。
「トラッシュを愛するということは、価値感をひろげ、多様化することです。出来のいいものだけを愛そうというベクトルは、価値感の画一化を招き、全体的創作力の枯渇を結果的にもたらします。戦争もまた、国家の価値感がある方向に画一化されたときでなければ起こせません。トラッシュを人それぞれが愛する気持が、戦争を起こさせない力になるんじゃないかとも、大ゲサに言えば言えるのです。皆さんもどうか、トラッシュの魅力をどんどん追求してください。このイベントが、その手助けになったら、監修者として幸いです」
 と話して〆ル。

 楽屋口から出ると、いろいろな人が挨拶に来る。なんと今日のトークを聞きに仙台から出てきました、という人までいた。いろいろB級本を寄贈していただく。新八犬伝の情報をくれたHさん、阿部能丸くん、JCMのMくんなど。Mくんとやっている一行知識のネット配信は、あまり成績がパッとしないそうな。残念。楽屋に戻り、私のギャラ(監修者としてのでなく、壇上に上がってトークした講演者としての、初日とラク日のギャラである)をいただく。スタッフのみなさん、後楽園のN見さんN津さんなどに挨拶。ハローミュージックAくん、アド・イベントのサヨリさんも共に安堵の表情。どどいつ文庫さん、観客で来てくれた気楽院さん、鈴之助さんなどにも挨拶し、会場をしばらく見て回って、帰る。いろいろあったイベントだったが、これだけ長期のものを手掛けたのは初めて。さしたるトラブルなしに、とにもかくにもここまで来られて、ホッと息をつく。それにしても、朝の“こりゃあかん”という予感なんてものはアテにならない。“これはいけるぞ”という予感もアテにならないから困るのであるが。

 K子とタクシーで渋谷まで。花菜でとりあえず酒。サンマ塩焼、揚げ出し豆腐などで生一杯、焼酎ソバ湯割り二杯。井崎脩五郎さんが見えたので挨拶。軽薄を突き詰めた洒脱さがあるな、この人。モリを一枚頼むが、やはり長野であのソバ食ったあとでは味が無いに等しい。これは仕方ない。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa