裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

30日

月曜日

ブリオンしんちゃん

 狂牛病だゾ〜(最初、“ガレオンしんちゃん”で“青血病だゾ〜”とやるつもりであったが、あまりにオタクすぎるのでやめた)。朝8時起き。ストーリィのない夢を見る。札幌時代の同好会の女の子の顔が、細部までやたらリアルに出てきた。雨蕭条として降る。陰気な連休になりそうだ。朝食、胚芽パンにイチゴジャム塗ったもの一枚。ミルクコーヒーに果物。昨日、肉を食いすぎて体がベトベトしているような気分だったため。

 朝刊に名を知っている人の訃報二つ。ひとつは落語家の古今亭右朝さん、肺ガン。享年52歳。圓丈さんのサイトで、肺に水がたまる病気で声が出なくなっていたと聞いていたが。今からもう十年以上前になるか(なをきがまだ結婚していない時期だったから)、ある年の元旦に、ほとんど車のいない高速道路を走るタクシーの中で、正月の寄席中継をやっており、『抜け雀』がかかっていた。なをきと聞いて、“誰だ、これ? うまいなあ”と仰天・感心したのだが、それが右朝さんだった。それから何度か高座を聞いたが、とにかくうまい。うますぎることが欠点だったと思う。聞いてる方がそのうまさについていけないのだ。そのギャップのせいか、若いのにえらく老成した感じを受けたが、先代馬生や馬の助はじめ、何故かこういうタイプの人ってのは早死にする。

 もう一人が大本教の4代目教祖、出口聖子、66歳。かの王仁三郎の孫娘。5代目教祖は、姪で養女になった紅さんが継いだとのこと。出口くれない、って、何か演歌のタイトルみたいだ。あ、もう一人、日本の原爆製造研究の中心人物、竹内柾氏も亡くなっていた。こちらは90歳か。

 12時、芝崎くん来る。連休を利用して、書庫を整理してもらうため。今日は初日で、まず第一第二第三とあるうちの第一書庫(カストリ関係、歴史関係、サブカル・演芸関係)の整理を行う。古い掲載誌や情報誌の類いをゴソッと始末する。奥の方に積み上げられてあった段ボール箱も、いちいち中身を確かめて、基本的に始末。始末するには惜しいものもあるが、たぶん、このまま箱に詰めて積んであったのでは一生利用しないであろう。それならば、必要が生じたときに改めて買った方が早い(改めては見つからないであろうようなレアものはもちろん、とっておくが)。本を片端からヒモでゆわいて、地下の廃品置き場へと持っていく。かなりうちのマンションの廃品置き場はダダっ広いのであるが、あっという間に満杯になる。

 昼は宇田川町交番のところの兆楽で、芝崎くんと。何でもどうぞ、と勧めるのだが謙虚に“炒飯で結構です”と言う。謙虚というより、どうもぜいたくができない体質らしい。炒飯一杯でコキつかってはこちらの良心が痛むので、ギョーザとってつけてあげる。マンガ関係のライター仕事(悩んでいたのをこないだ、是非やれとハッパかけたやつ)で、やっと本が出ることになったらしく、しかも部数もウン千と、新人の初刊行本としては今日びまずまずの部数。彼がモノカキになることを反対していた家族も、なんとか認めてくれそうだ、という。編集がいろいろ細かく口を出してきそうだ、というので、最初はまず、徹底して向こうの言いなりになってみろ、とアドバイス。そうしているうちに、自分の文章のクセが見えてくる。若いうちに、“これが自分の文章の個性だ”と思っているような部分は、たいていは、個性じゃなくて、クセに過ぎないものなのである。それを全部とっぱらった後で見えてくるのが、本当の個性なのだ。

 帰ってまた整理続き。第一書庫の、床に積み上げられている本の山を、ひとまず廊下に出し、数年ぶりに見えた床を掃除して、山の影にかくれていた、書棚の中の本を整理する。そして、ざっと分類し、もう一度、山を元の部屋に戻す。これだけで、見違えるほど部屋がきれいになるし、どこになにがあるかが大体、頭の中に再インプットされるので、次の検索が楽になる。7時過ぎまでその作業をやってもらい、明日が第二、3日が第三と仕事場、という予定。

 さすがに終わったあと、全身、綿のように疲れる。ネット散策。裏日本工業新聞のタニグチ氏の『クレしん』批評がうれしい。“そうそう、お前にこれがわかるまでにはまだ十年早い”といばれる作品が、このところなかったからね。ただ、私にも実は万博経験はない(北海道から大阪は遠かった!)。住んでいたところも街の真ん中のオフィス街であんな町内じゃない。もちろん、子供もいないし、会社勤めもああいう形では経験してない。でも、オトナになるまでに、自分とその回りの世代というのがどういうことで人格形成をしているか、ということはわかるし、ちょっとそれを理解していれば、軍歌で盛り上がる世代、ロックで涙する世代、アニソンじゃなくちゃ、という世代等々の気持に、いくらだって自分を重ねあわせられる。……それがジャーナリストの才能ってものじゃないだろうか。少なくとも三十半ばのおっさんが、『クレヨンしんちゃん』を、“自分にとって必要な話ではない”などと力むのはカッコ悪い。当たり前だよ、『クレヨンしんちゃん』なんだから(笑)。コドモの見るものを横どりして楽しむのがオトナの特権であり、快楽なのである。
http://www.asahi-net.or.jp/~WF9R-TNGC/nikko.html

 8時、パルコレストラン街で、K子としゃぶしゃぶ。おしぼりで手を拭いたら真っ黒になった。古書のホコリの凄まじさよ。二人とも、肉より野菜の方をパクつく。生小ジョッキ三バイ、冷酒をK子に分けてもらって少々。帰宅後、片付いて掃除機までかけられた書庫の中に入って、無闇にうれしくなる。できればこの中にフトン敷いて寝たいくらいだ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa