裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

30日

月曜日

妹コントロール

 兄はいいなり。朝7時半起き。夢でキウレンのカンチオという、何やらわからぬ ものを荷造りして送った。朝食、K子にはマッシュポテト、私はサツマイモと葱花湯。サツマイモは五郎金時という小振りのものだが、うまさ抜群。ロシアで自分の五才の孫を臓器売買業者に売ろうとした婆さん逮捕。ワイドショーのコメンテーターたちも口を極めて非難していたが、その金額は、ロシア人の平均年収の一○○年分にあたるそうだ。それは売るかも知んない。売らない、と言い切れるのは、今の日本が豊かであるからに過ぎない。歴史の実例から言うならば、売る気になるほうが人間らしいのでは、と思う。

 薬局新聞一本アゲ。ウルトラグラフィックス対談原稿ゲラ直し。それから週刊読書人のマンガ評。今回は皇なつき。午前中の仕事、この三つ。CSから出演依頼。どんどん新しい番組が出来ているようであるが、景気いいのか? メールいくつか。〆切の日取りの件があったが、はや、年末進行モードである。今年は世紀末進行と言った方がいいのか。南條竹則『蛇女の伝説』(平凡社新書)。この人、こないだ『ドリトル先生の英国』を文春新書から出したばかり。大活躍である。

 参宮橋に出て、チャーシューメンで昼飯。さらに新宿で少し買い物、地下鉄乗り継いで、京橋の映画美術学校試写室。中田“『リング』”秀夫監督『サディスティック&マゾヒスティック』を見る。東大を卒業しながらロマンポルノにあこがれ、日活に助監督として入社し、その最期を看取ることになった中田監督が、自らの師匠でありロマンポルノの権化とも言うべき小沼勝監督(十八年にわたるロマンポルノの歴史の最初から最後まで一貫してポルノ映画のみを撮り続け、四七本の作品を残した)を通し、日本最後のプログラム・ピクチャーであったロマンポルノの世界、映画というものに関わる人々の姿、そして師匠と弟子という複雑怪奇な人間関係を描いたドキュメ ンタリー作品である。

 この映画美術学校というのは京橋の片倉キャロン(片倉興業ビル)の中にあるのだが、この片倉工業ビルなるものが古いビルで、天井が高くいかめしく、吊り下げ式の照明や大理石張の柱頭の装飾なども時代を感じさせ、実にいい感じの建物(『踊る大捜査線』で警視庁入口として使われていたのがこのビルの入口である)だった。時間より少し早く着いてしまったので、美術学校受付の広い空間(並べてあるテーブルが木製というところもニクい)に誰も人がおらず、旧式の受付台の奥にお姉さんがひとり、ポツンと坐っているだけ、というのは、何か『アヴァロン』の一シーンを思わせるフンイキであった。一度出直して入場する。小野耕世氏がいたので、少し話す。竹中労の企画売り込みテクニックの話など聞いた。

 で、ドキュメントだが、これが極めて面白かった。何より映画の現場というのが好きだし、ロマンポルノのように、客が入ってナンボの世界の中で自分の美意識を描いて行く、というワクつき芸術が大好きでもある。青臭い芸術論などペ、の世界でもあるのだが、その中で小沼監督はその独自の感性で、妖艶耽美の作風を築いていった人である。その彼にして、“『奴隷契約書』って映画撮ったときにさあ、会社がイベント企画して、「監督と主演女優も奴隷契約を結びました」って言って、映画館で俺、女優さん縛ってムチふるってさあ、俺は一人でもお客さん入るようにって思って喜んでやったけど、女優さんは嫌だったろうなあ”、などとボヤくのがたまらなく可笑しく、切ない。客席から何度も笑い声があがった。

 そして、現場では鬼となる小沼組についた元助監督たちの証言。“殺意を抱いた”と中田監督はじめ、複数の助監督経験者の証言があるのが凄い。職人技術の伝承において、最後の伝統的現場である映画の世界ならでは。女優があまりの罵倒に行方不明になったりした事件もあったそうだ。昔のロマンポルノ女優さんたちが何人も顔を出すが、フツーのおばさんになって、かつての亭主である小沼勝のことをアッケラカンと話す片桐夕子、いささか太めになったがまだ美しい谷ナオミ、ちょっと変貌が愕然たる様子の風祭ゆき・小川亜佐美など、やはり時の流れというものを歴然と感じるのがまた何というか。ロマンポルノに郷愁を感じる世代、うわさにしか聞いたことのな い世代に勧める。2000年1月から渋谷ユーロスペースにて。

 出るとすでに外は暗い。銀座線で渋谷まで直帰し、時間割で海拓舎Fくん。打ち合わせ兼、都市論前書き分テープ録音。準備ちょっと不足で、後半メロってしまった。それでも頭の中はパソコンの前でうなっているより大分整理される。途中から芝崎くんも来て、手塚本進捗の状況を教え、太田のと学会例会本の進捗状況を聞く。来年のスケジュール、少し整理しないと。オタク問題に対してのスタンスもちょっと話す。オタクという精神形態の位置づけが二十一世紀を考えるにあたって重要なポイントとなるという点で、私と東氏などとの基本理念は同じ。ただし、東氏はそれを従来のアカデミズムと結びつけることによってリスペクトすることを画し、私はオタクをオタク自体の範疇の中で成熟させようと試みている。言わば、上洛して政権を京に置いた 平家か、鎌倉にとどまってそこで幕府を開いた源氏か、の違い。禁中から高位を貰っ て舞い上がる田舎武士のような真似はしたくない。

 一旦家に帰ってFAXなどに目を通し、8時半、K子と待合せて渋谷の中華屋“上海ヌードル”。オシャレな店構えで、若者でいっぱい。まあ、そういうテイの店としては味はまずまず。食べ終わって外へ出ると、今日は何の日か、路上に居酒屋から出てきた若いのの大集団。

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