裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

13日

金曜日

ウォーケンダン吉

 クリストファーくんは嵐で南の島に流されてしまいました。朝、6時半までぐっすり。寝られるうれしさが身に染みる。朝食、カツサンド。ゆうべも絵里さんに“太ったんじゃない?”と言われ、今朝、頬の内側にそう言えば肉がついたような気がし、あわてて体重測ってみたが一月前と変化なし。水分代謝が悪くてムクンでいるのであろう。

 曇り空である。即ちテンション上がらず。パソコンの前でただ、文章をひねくり回している、という感じ。見なければいけない試写も二、三あるのだが腰をあげるのがオックウでいかん。恵贈のいしかわじゅん『漫画の時間』読む。新潮社の新創刊文庫版である。元版出たときにかなり読み込んだ本なので、パラパラのつもりだったが、結局、最後まで読んでしまった。いろいろと問題もある人であるが、文章はうまいと思う。ハードボイルド調のバキバキした文体で、昨今流行りのまったり風饒舌体とは異なる地平にいる。論調もかなりハードボイルドなもので、基本的に、前向きの真摯な姿勢がビシバシと伝わってくる。それ故に、下手な作家、努力の足りない作家には容赦なく、叱咤を飛ばす(本人は激励のつもりなのだろうが)。ここらへんが、『マンガ夜話』など見ていても、この人のセンスがどうも古臭く感じられてしまう原因なんだろう。何となく、高度経済成長時代的な感覚なのだ。現代の若者(マンガ読者)の基調であるモラトリアム感覚、“だりー”的感覚に合わないというか。

 そう言えば、この人のホームページなど見てみると、大仁田厚を全く認めない、いや積極的に否定している文言がよく出てきて、苦笑する。彼の美意識の中では、レスラーは強く、体を鍛え、技を鍛え、その超人的技能をもって観客に対峙するもの、であるのだろう。正論である。非の唱えようがない。しかし、大仁田というレスラーが全くそういう次元とは違うところで、ファンにアピールしていることを彼は理解できない。しようともしないだろう。あれは、弱いことで、負けることでカリスマとなった初めてのレスラーなのだ。モーニング娘の歌を“下手だ”と、某漫画誌のコラムで全否定していたのも、いかにもいしかわじゅんらしい。彼女らの人気の秘密は、歌が下手なことにある、と、以前この日記で私は書いたが、いしかわ式美学で言えば、それは“間違っている”ことになるのだろう。世界の全てを己れの尺度で計り、新しい波を認めようとしないところが、彼の度し難いところである。

 むろん、価値観の多様さを肯定するなら、いしかわじゅんの価値観もまた認めねばならないわけで、それはもちろん、大いに理解するものである。こういう、トレンドに背を向けた発言をする人が世の中には必要なこともわかるし、キャラクターとしてはまことに面白い。彼の現在のレゾン・デートルはその頑固親父的言動にある。実際のところ、私もどちらかというと彼の思想信条サイド寄りの人間だし、時折、そういう役を演じてみせることもある。ただ、彼の場合、それを本人が(どうも)客観的に理解しておらず、我こそ正道、とマジに信じこんでいるらしいところが、実にどうにも何ともはや、困ったところであるんである。

 昼は花菜でもりそば。七味かけて啜り込んだら、むせるむせる。しかし、食べた後で、腹がポッポと温まってきた。NHK経営の書店で、新刊七○○○円ほど。それからNHKビデオの直販店で、ビデオを一万五千円ほど。だいぶNHKに儲けさせてしまった。空が完全に冬空である。とはいえ半袖なのであるが。帰って、資料本読み。

 3時、時間割。海拓舎Fくん。原稿遅れの言い訳をいろいろ考えていたら、本の基調に関連するいいアイデアがポッと浮かんだ。これは怪我の功名。この日記読んでいるそうで、体の不調を心配してくれ、“お痩せになったようですね”と言われる。昨日は太ったと言われ、今日は痩せたと言われる。体重はここ数カ月、一定なのだ。人はいかにイメージで人を見るか。出版がらみで、少し頼み事をする。

 新宿へ出て買い物。夕刊に“国内最大級の乳首”とあるのでなんだ、と思ったら、土偶の乳首の部分で、これまで日本で出土した中では最大のものが発掘された、という記事であった。ミヤコ蝶々追悼の記事、主な仕事リストの中にやはり『となりの山田くん』は入っておらず。当たり前か。なんと、今日放映されるではないか。なんたるタイミング。

 8時半、夕食。豚しゃぶ風鍋、カツオ自家製たたき。ご飯はジャコ飯。たたきには秘伝の(それほどのもンではない)ニンニクだれを三杯酢で割ったものを用いる。ビデオは今日買ったNHKビデオ『昭和の誕生』。昭和三年の天皇即位式と満州事変の記録フィルム。1971年に放映された番組なので、その当時の現代風俗の方が、昭和三年の風俗より違和感を感じさせるのが珍。

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