裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

9日

月曜日

いつまでもアブと思うなよ

「自分のアブノーマルな変態行為を記録しながら正常になっていきましょう」

※原題マンガ評 パチスロNeo原稿 D社書き下ろし原稿

朝8時に目が覚めて、そのまま起床。
いろいろ短い夢は見たが、一番面白かったのは寝覚め間近に
見たもの。
花粉症対策のスプレー(自分の周囲に吹きつけるだけで花粉から
ガードされる)を開発した人間の夢枕に神様が現れ、
あのスプレーの成分の中に神様を除ける成分が含まれており、
使っている人間に福を授けられなくなる、と文句を言う、というもの。

9時半朝食、バナナリンゴジュース、アスパラガスのスープ。
クレードルのアスパラガスなので高い、そうだ。
確かに味が他のメーカーのとはまるで異る。
なにやら曇天、雨が気になる。

自室に戻り、原稿書き開始。
まずは、週刊現代のマンガ評。
1時くらいに終わらすはずが、電話があったりメールを
したりで2時半近くになってしまう。
ジェームズ・ホイットモアの追悼なども書いていたため。
7日死去の報、87歳、肺ガン。

奥まった眼窩を濃い眉毛が覆った、独特の雰囲気の顔で、
早いうちから中年役、老人役が印象に残った。
比較的若いうちに主演した作品に『放射能X』があるが、
この作品では主人公なのに、巨大アリにやられて壮絶な殉職。
なのにあんまりその死が印象的でないのがちょっと残念。
中年になってからの代表作は何と言っても『トラ・トラ・トラ!』
のハルゼー提督。提督(中将)なのに粗野な言葉使いをし、
どこでも葉巻をくわえ、上層部の命令でも理屈にあわなければ
聞かんぞ、と言い張る頑固者の老将を見事に演じていた。
この映画ではキンメル司令官(マーティン・バルサム)がハルゼーの
「明確な指示をくれ。洋上で日本の艦隊と出会った場合だ」
という質問に答えた
「常識でやれよ(Use your common sense)」
に対し、
「That's best damn order I ever had」
と答え、ここは岡枝慎二の字幕では
「何とも奇妙な命令だぜ」
となっていて、キンメルの優柔不断さを強調する演出になっていたが、
実際はここではキンメルは“(自分が責任をとるから)常識で
判断しろ”という意味で言ったのであり、ハルゼーは後に
この命令を素晴らしいものだったと回顧しているという。
改めてDVDで見てみても、ホイットモアはどちらにもとれるように
演技しているようだ。

実際のホイットモアはトルーマン大統領役を舞台で持ち役にして
いたせいでもなかろうが、熱心な民主党支持者のリベラル派で、
その点ではハルゼーとはまったく異っていた。バラク・オバマの
応援で全米を回っていた。
このときすでにガンがかなり進行していたと思うが、オバマ大統領
の就任をその目で見られたのは幸せだったろう。
ただし、この映像でのドスのきかせ方を見るとホイットモア自身、
ハルゼーとは似た性格だったように思える。
http://www.youtube.com/watch?v=LuOHAvJAeqM
その他の出演作には『刑事マディガン』や『レリック』などがある
(『猿の惑星』のオリジナル版にもオランウータンの評議会議長で
出ているというが、まったくわからなかった)が、ともかく、
出てきてくれただけでその映画の格が上がるような、
実に嬉しい俳優だった。年齢に不足はないと思うが、
これでまた、私が新しい映画の封切館から遠ざける原因が一つ、
増えたなあ。
黙祷。

それから弁当(サバ塩焼き)使い、
次に白夜パチスロNEO原稿。ウルトラマン台について。
ちょっと今までのここの原稿とは視点を変えて書いてみた。
担当のSくんは感心してくれていたようだが、メーカーチェック
でどうなるか。

ここですぐ、次のD社書き下ろしにかからねばならんのだが、
ちょっと気が抜けて、書き出すまでにテンションが上がらない。
サントクに買い物に出かけて気を変えてみるが、やはりダメ。
某企画のことでちょっと、頭がグルグルしているせいかも知れぬ。
まだ海のものとも山のものともつかぬものだが、
これが形になるということは、ある人物に対し、
「ほら、私の言うことをきいとけばよかったろう?」
と、ちょっといばれることなんである。
人間というものは、実は案外、そのような極めて小さくクダラン
ことをモチベーションとして大きなことをやったりする。

本日、手塚治虫の命日。
確か20年前のあの日は、K子と鬼怒川温泉だったかに旅行に行った
帰りの日で、小田急(当時参宮橋に住んでいた)の新宿駅の売店の
新聞の見出しでその死を知った。同じ日に、三年前三井物産マニラ支店長で
ゲリラに誘拐された若王子信行氏が死去し、多くの新聞ではそちらの
扱いの方が大きかった記憶がある。手塚氏が育てた日本マンガが
日本を代表する文化として大手マスコミに認められるには、
もう少々の時間が必要だった。
http://www.youtube.com/watch?v=BAQ5xajChLw
1981年1月に放映されたもの。
いや、手塚さんはじめ、みな若い。

7時過ぎてやっと、D社書き出す。
書いても書いても終らぬ気がするが、それでもガリガリ書く。
内容はちょっと切り口が面白く、書いていて楽しい。
読んでどうかは知らないが。
つまると台所に立って、クジラ肉の残りを煮てスープをとったりと
いうような作業をして。

おーいくんからメール。
昨日、留守電に平山先生から、突然引っ越しましたという
連絡が入っていた。携帯番号にすぐ電話したが話し中で通じない。
あのお歳でいきなりの引っ越しというのはどういうことか、
ちょっと心配だったが、訊いたら奥様が、もう少し駅に近い
ところに引っ越したい、と言ったので、それに従ったとのこと。
まずはホッとする。

原稿、この調子だと日をまたいでの完成になるか、と思われたが、
何とかラストのオチ(というか結論)までたどりつき、完成した
のが何と11時58分! かろうじて今日のうちに完成。
メールしてホウっ、と息をつく。

それから夜食。スルメイカをおろしてさばいて、酒とオリーブオイル
に漬け込んでいた(もちろん塩コショウ、つぶしたニンニクと鷹の爪
一本と一緒)のを強火で手早く炒める。今日のイカは内臓がたっぷり
で、いいソースが出来た。パンにこれをなすって食べるともう、
魚食文化の国に生れてよかった、と思う。缶ビール小一缶、どぶサワー
一杯、ホッピー二杯。

遅い夜食すませ、2時頃就寝。喰ってすぐ寝るのはダイエットには
大敵だが、仕事中はそうもいかぬて。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa