裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

日曜日

レ・チハヤブル

パン一切れ盗んだだけで19年間の投獄とは、神代も聞かぬことだ。

※朗読用書籍選定 『DVDデラックス』原稿

朝9時まで寝る。その間に夢。
今読んでいる書評用本の影響だろう、
ちょっとコムズカシイ文章を書こうと苦心している夢。
夢のことで、なかなか論理的文章が紡げず、
夢の中の自分でそれに腹を立て、
窓の外を見ると怪獣が暴れている。
これは『アゴン』の影響。
単純なることかな。

入浴。昨日の昼頃、股の付け根に傷を見つけた。
以前怪我をした後が膿んだところで、
そのときの傷がちょっと変な癒着をしていて、
癒着した皮膚をはがしたら血がにじんできた。
さほど痛みはなかった(それでもヒリヒリはした)が、
台湾で買った救克明(抗生物質の粉末)をふりかけておいたら
たった半日で今朝はもう、跡形もない、と言っていいくらいの回復。
人間の体の再生能力の凄さと、抗生物質の効果に改めて感心。
傷がなおらないのはひたすら、そこに黴菌が介入してくるから
なのだなあ。

朝食、9時20分。
大粒イチゴ、タンジールミカン。
コーンスープ。
服薬、漢方薬の他に野菜サプリメント粒と、サクロフィル錠。
午前中はなんやかや雑用で過ぎる。
台所を洗い、風呂場の洗剤等をとりかえ、切れた調味料などを
ネット注文し、冷蔵庫の中の製氷用の水を足し、洗濯用の衣類を
取りまとめなどなど。日常というのはしかし、雑用の集積であるな。
私は一般人と比べると、極めてそういう雑用をしていない
人間だと思うが、それでもなお、かくの如し。

昼は母の室で、ちょうど来ていたパイデザ夫妻と。
めぐみさんがJUNE(雑誌)を知らなかったのに驚く。
休刊になったのはまだそんな昔でもないと思うのだが、
要はそれだけマイナーだったということか。
そう言えば、コミケ関係者と話していて、
「こないだの冬コミでは特撮とJUNEが隣同士で……」
というようなことを言うので、
「そう言えば分類としてジュネってジャンルがあるのも最近じゃ
コミケくらいですねえ」
としみじみ話したことがあった。現在のコミケ分類では
元ネタありのものがBLで、オリジナルがJUNEだそうだが、
JUNEにもパロディものが増えて、最近ではオリジナルJUNE
などという独自分類まで出てきていて意味が不分明になってきている。
80年代同人誌文化では同性愛系は全てジュネでくくっていた
(対象年齢が特に低いものをショタ、真性の男同士をさぶ、
女性同士を百合、などという小分類はあったが総括した呼称が
JUNEだった)のである。

やがて“やおい”という言葉が出てきて、アニメを中心とした
パロディ要素の強いものをやおい、耽美系をジュネ、で区別するように
なった。そうするうちにジュネは脇の分類においやられ、
男子同性愛系全般がやおいでくくられるようになり、これで定着かと
思われた(私が雑誌『JUNE』に執筆していたのもそのあたり)が、
そのうちにやおい文化で育った世代が、同性愛を大前提として
説明なしに男子同士の愛を描くようになり(つまり同性愛というものが
日常になってきて)、これをボーイズラブ(BL)と称しているうちに、
それが同性愛系創作物全般の呼称として定着するようになった。

JUNEはもともと、男性が男性を愛するという行為を異端のこと
として、あえて異端に走る、その心理的葛藤や頽廃的享楽を
描くジャンルだったのだが、今やホモなど珍しくもなく、
ジャンル自体に存在意義が薄れてしまった。
時代の推移を見届けられるというのは興味深いものだが、
その発生の時点から見ていた名称が今やコミケカタログの分類の
中でしか使われなくなっているというのはちょっと物悲しい。
ちなみに、『JUNE』は創刊時は『JUN』だった。
ジーンズブランドのJUNから抗議を受けてJUNEに
改称したのだった。

あと、鴨沢祐仁氏が1月末に事故死していたのを知り、驚く。
『クシー君の発明』における、モダンレトロな夜景はいまだに
私の脳裏に焼き付いている。私が『ガロ』の熱烈な愛読者だった時代、
つまり晩期ガロの主要作家の一人だった。
稲垣足穂『一千一秒物語』をモチーフに、徹底してアーティフィシャル
な作風がかえって郷愁を誘う、そんな作風が強烈だったのを思い出す。
その後『ビックリハウス』などで人気になり、
80年代にはテレビCM(森下仁丹)にも進出、時代の先端を
レトロで行っていた人だった。

あわててサイトを確認したら、サイト管理者からの死去の報せが
あった。2007年度は“一秒も仕事をしなかった”と本人が年頭の
日記に書いてあった。半引退状態だったわけか。
聞いた話では北原照久さんが生活の面倒は見ていたようである。
複雑な事情もあって、作品の権利がどこへ落ち着くのか、不明の状態だ
とのこと。せめて遺稿集を出して欲しいものだが。

飯は茶漬け。鶏茶漬けと梅昆布茶漬けの二種類。
梅昆布茶漬けは、“遡って”酒が飲みたくなり、その酒の後に
これが食べたい、という気にさせる味。

自室に戻り、また雑用なんだかんだやり、2時45分、
バスで渋谷まで。車中書評用読書。
NHK西門前のサンクスで金を下ろす。
自宅の書庫で、来週の朗読会用の書籍を選定。
4時、IPPANさんが来て、それのコピー作業を手伝ってもらう。
打ち合せ少し。

その後、DVDデラックス原稿を書き出すがなにしろ仕事場は
この数日人が来ていないので寒い。途中でやめて、バスで帰宅。
バス停でも並んでいる人たちがみんな“寒い、さむい”とふるえていた。
サントクで買い物して、帰宅したらまだK子が掃除の最中。
ちょうどよかったと、少し待たせて原稿の続きを書き上げ、
図版資料と共に渡す。このあいだ頼んだ、私の企画本の書き下ろし
原稿のことは、もう編集が連絡している模様。

大河ドラマ『篤姫』見る。
山本竜二さんが出ているので見ているのだが、この人がまじめな
演技をしていると、それだけで悪いが笑ってしまう。
江守徹が、ちょっと見ただけでは江守徹とわからないくらい
太っている。06年の『功名が辻』に今川義元で出てきたときにも
そのふくれ方に呆れたがさらに加速している。
http://www.tobunken.com/diary/diary20060108000000.html
実は彼が“役者のくせに(by山本夏彦)”痩せようとしないのには
あることを隠すため、という理由があるのではないか、と聞いた
ことがある。ミステリになりそうな話でちょっと面白い。

見ながら夕食、帰りのバスの中で無性に鶏肉が食べたくなって
発作的に作った“鶏肉の干しぶどう煮込み”が思った通りの味に
なって美味。以下、簡単なレシピを。
フライパンで鶏の骨付きぶつ切りを炒め、熱を通す。
一旦鶏を皿に取り、タマネギ半個、ニンニクひとかけのみじん切りを
オリーブオイルで炒める。そこに干しぶどうと松の実を加えてさらに炒める。
鶏を戻し、白ワインと水をたっぷり加え、コンソメスープの素とバタを
入れて煮込む。
黒胡椒、ベイリーフ(あれば)を足して、30分。
肉が骨から外れるようになったら皿に移し、残りの汁をちょっと煮詰め、
最後に生クリーム(代わりのスジャータ)を垂らし、鶏肉にかける。
鶏を食べたあと、残りのソースをご飯にからめて食べるともう、最高。
出来ればタイ米だったらもっと美味かったのではないか、と思う。

ビデオで『Invasion From Soace』見る。事務所のビデオ棚を整理して
いたときに出てきたもの。宇宙モノSF映画の予告編集であるが、
これを買ったのはもう20年くらい前、渋谷の東急ハンズ前の坂を
上った木造アパート二階にあった『パラドックス』で、であった。
現在はピアス専門店であるが、あの当時は海外のいろんなインディーズ
ビデオや映画雑誌、グッズなどのショップだったのだ。
人体解剖ビデオなんてグロなものもここで買ったし、確か
ディズニーの『ファンタジア』の上映用70ミリフィルム、などと
いう、どこから流れてきたんだか、という怪しげなものも売っていた。
ちなみに言うと、ここで『The Incredibly Strange Film Book』という
B級映画紹介本に『とても変な映画』という直訳タイトルを
つけていたのが面白くて、後にSFマガジンのB級マンガ紹介コラム
のタイトルを『とても変な漫画』にしたのであった。
グッズ買い付けに海外に行くというのでしょっちゅう店を休んで
いたが、帰国してくるたびに店主の顔にピアスが増えていくんで
何なんだろうと思っていたら、やがてピアス専門店に業種替えになり、
日本のピアスブームの先駆けみたいな店になった。
06年に無資格のピアス穴あけをしていたという容疑で逮捕されたが
それまでに2億円ためていたそうだ。
ビデオ専門店ではとてもそこまで儲からなかったろう。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa