裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

月曜日

唐沢あなーきー

『版画男』とか、アナーキーだよねえ。

さすがに二日続けて早寝だったので今日は早起き。6時にベッドから出て日記などつける。つけたあと、眠くなったのでまたベッドに。半睡状態であったためか、また夢いくつも。日記書いてすぐの夢だったせいか、
「腰のベルトにつけておけばその人の行動を全て記録してすぐ日記をつけられる自動メモ機」
という夢を見る。

8時半再度起床、入浴してすぐ朝食。ブロッコリのスープ、ブドーと西洋梨、リンゴ数切れづつ。朝のニュースショーで、奈良で脳出血で死亡した妊婦の件、その夫の涙ながらの告白、ここでは彼女は無責任な医療の犠牲者になっていたが、どうも実際は異なるらしい。分娩子癇と脳出血の区別は難しい上に、脳出血を起した妊婦の分娩はよほど設備の整った病院でなくては出来ない。マスコミによる、お茶の間に受けやすいお涙ものに合わせてテレビで“CTさえかければ助かったはず”と無責任なコメントをした女医(CTは検査であって治療ではないからCTさえかければ……というのはあきらかに理屈の通らぬ言である)の“おおたわ史絵”のブログが、いま炎上しているようである。
http://ameblo.jp/fumie-otawa/entry-10018584139.html

午前中、アスペクトのPR誌原稿を書く。本日午前中がデッドラインという原稿を11時52分に送る。007映画なみのスリリングな状況だねえ。雨蕭々たる状況で、体長は悪い。2時、家を出て、中野から中央線に乗り秋葉原。ちょっと資料買い集め。

中央線車内で“カラサワさん!”と声をかけられる。見ると、元・バジリコのNくんである。いや、その前はK事務所の、その前はG舎の、その前はA社のNくん。いい編集者なのだがやたら会社を変わる悪癖があって、企画途中で会社をやめてしまってひとつ企画が空中分解したこともあったのだが、しかしもう、ここまでコロコロ変わるとかえってオモシロくなってきて、常に気になっていた。

聞くと、今G社にいるそうである。
「少なくとも一年は務めてからでないとカラサワさんに顔向けが出来ないと思って、報告も控えていました」
とのことで、来月で一年目。そろそろ連絡をとろうかと思っていた矢先にバッタリだったわけである。彼は新宿で降りるというので、名刺交換して別れる。少し仕事の話もした。

アキバで用事すませた後、せっかくここに来たのだからと、神田まで行って、小雨の中西口商店街を歩いて、“トツゲキラーメン”にひさしぶり。大将、“ああ、まいど!”と迎えてくれる。

「遠くなっちゃってすまないねえ」
と言いながら、店員に指示。厨房がきれいになり(六本木時代のあの脂の蓄積といったら……)肉が上品なロースになりどんぶりもレンゲもきれいになり水にも氷が入るようになり(以前はただの水道の水だった)なにかスカした感じになったトツゲキだが、食べれば昔のトツゲキの味。途中で入ってきたおじさんが、定席のようにして座った一番奥のテーブルに、大将、何も言わずに缶ビールを“2本”置き、チャーシューとゆで卵にタレをかけたものをつまみにして出した。ここらへん、ああ、トツゲキラーメンの店だなあ、という感じ。

食べながら六本木談義。変わっちゃったねえ、と。でもまだ路地を入れば昔の店も残っているみたいだよ、というと、“オレが店をあそこで開いたときにはまだ裏道に入ると、畑があって、ナッパ作っていたヨ”と。うーん、いい話だ。それにしても、何か懐かしい顔に会う日だ。

食べて、中央線で新宿、タクシーで渋谷の事務所。東大講演の件、その他もろもろの件。アスペクト原稿、500文字オーバーだったそうで(何でか?)ちょっと削る。河崎実監督から台本届き、山田誠二監督からも台本届く。どちらもそろそろ始動である。河崎監督、ちゃんと“橋沢さんたちにいろいろ出ていただくつもりです”と言ってくれていて安心。

それと、注文していた某DVDがやっと船便で届いた。某R社の本の資料であり、その本のキメになる内容のもの。やった、という気になる。

仕事場に籠るが雨で原稿進まず、これはクサる。ネットをいたずらに逍遥。藤尾元文相死去。例の昭和天皇の靖国発言メモの真偽問題で、
「あの言葉は天皇のものでなく藤尾文相の言葉だったのでは」
という疑惑が話題になっていた矢先。
http://nextxp.net/archives/2006/07/2_4.html
きちんとこれについて証言を残していたのだろうか。真偽問題がネットで流れ出したのと同時に、テレビなどのマスコミでぴたりとこれに関する報道が出なくなったのだが……。

書き落としていた訃報では、ばってん荒川さん死去、69歳。思っていたより若かったのに驚いた。おヨネ婆さんのキャラで親しんでいたからか。昔は男性コメディアンが婆さん役を持ち役にすることはポピュラーで、金語楼、ロッパ、エノケン、キドシン、堺俊二、みんな婆さん役を得意にしていた。その伝統は青島幸男の『意地悪婆さん』を経て、桑原和男、志村けんなどが継承し、地方でその型を守り続けていたのがばってん荒川だった。
桑原も志村も老い、ばってん荒川亡きあとはダレがその伝統を継ぐのか。桜塚やっくんが婆さんになるまで待たなくてはならないのか。

橋沢さんから通し稽古のお誘い、しかしながら原稿まだまだなので諦める。しかしあまりにダルいので帰宅、原稿を家で書く。資料本読み込んでしまって捗らず。それより気になって仕方ないので新着DVDを見る。やはりDVDだとちょっと印象が違うような。しかしまあ、とにかくやっと手に入れた、という思いで満足する。昼間会ったNくんからメール。ちょっと彼の提案してきた仕事とは別口の企画をフってみる。10時過ぎ夕食。鴨肉とタモギタケの湯豆腐。あと、昼に食べなかった弁当で。食べながら読書、12時過ぎ就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa