裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

20日

木曜日

静かな静かな里のアキ・カウリスマキ

確かに静かな映画だ。

メキシコとの国境沿いにある小さな町の雑貨屋の主人が銃で人質をとって自分の家にたてこもる。敬けんなクリスチャンである主人には、都会からやってきた客が宗教を冒涜するのが耐えられず、若い男性四人の客の汚い言葉に激高し、都会のインテリどもがキリストへの帰依を表明しなければ彼らを殺す、と宣言。その人質の中に政府高官の息子がいたために、FBIが乗り出してきて、その町の保安官にいろいろ指図する。保安官は幼なじみで善人の雑貨屋主人に同情するが、役目として彼を捕らえねばならない。主人を説得しようと試みるが、頑固一徹な主人はどうしてもきかない。彼を射殺しようとするFBIを制して、保安官はマリア様降臨の芝居をうち、思わず家を出てきた主人を取り押さえる……。以上、今朝見た夢。私は夢の中で保安官の“吹替え”をやっていた。

朝8時45分起床。朝食30分遅らせて入浴。天気は相変わらずパッとせず。9時半朝食。ジャガイモのスープ、スイカ。ずっと日記つけ、原稿書き。DVDマガジン原稿。途中で『サイゾー』から電話インタビュー。“万能薬”につき、質問を受ける。

トイレ読書『アンディ・ウォーホル日記』読了。大判2段組930ページもある日記で(文庫判でも上下巻各1400円)読みごたえもかなりあった。オビに“凶器にして最後の傑作”とあるが、ここに書かれているのは時代の先端を行く天才の炯眼、などではなく、神経質で臆病で、プライドは高いが現在の自分の地位への不安を常に抱えており、ゴシップが好きでお金が好きで通俗的で、すぐ人に嫉妬して悪口を言ってそのことを後悔し、知人に冷たくされてはショックを受け、グチをこぼし、体重を気にし年齢を気にし見かけを気にし、死を恐れ病気を恐れ、有名人が大好きで自分が有名人扱いされるのも大好きで、同性愛であることにプライドとコンプレックスの両方を持ち、わがままでしかし他人のわがままは許容できず、常に無定見でふらふらしている男の記録である。

しかしウォーホルが凄いのは、それを公開を前提とする日記の中で全てあらわにしてしまっているということだ。日記というのはこれでなくてはいけない。小説など創作物の中で描かれる人間の卑小さ加減は所詮、ツクリモノである。卑小であってもカッコいい。生の人間の弱さ、どうしようもなさ、俗物性を記述することこそが他のジャンルにない、日記の特性である。そこを自覚することが人間にとり大事なのだ。自分の卑小さ、弱さをむき出しにする勇気がないやつは公開日記などつけてはいけないのである。私もそこらはまだまだだが、この日記を読んで、少し勇気がわいてきた。

4時出勤。オノ帰ってきている。明日のスケジュールをつけあわせるが、そのつまり具合に驚愕、一気に鬱になる。3時にミリオン出版打ち合わせ、4時からMXテレビ生出演、6時にTBS入りして『ポケット』2本収録、それから新宿に飛んでロフトプラスワン『妖・怪談義』に佳声先生のアシスタントで出演、である。
「そんなに仕事したくないよ」
とオノにグチる。

おまけにそのプラスワンの打ち合わせを製作委員会のSくんとやっていたら、別件の電話で中野監督から、今日の打ち合わせの場所について問合せ。今日は幸永で三越カルチャーセンターと打ち合わせ予定なのでしまった、これまたダブルブッキングか、とあせるが、IPPANさんが、トンデモ本大賞の記録DVDの編集につき中野さんに相談するというのを、じゃあ一緒に幸永で、と設定したのだった。心臓に悪い。

7時半、家を出て東新宿『幸永』。IPPANさん、しら〜さん、開田夫妻。三越カルチャーセンターでと学会の講座を持たないか、というお誘いがあったのでその話を担当さんから聞く集い。担当Kさん、かなりのオタク。と学会のことも開田さんのこともよくご存知。趣旨と実務的なところをいろいろ聞く。趣旨と期待されている部分に対しては全く問題なし。問題は教室の規模、開催の日数、期間、それからギャランティといった実務に関する部分なので、ここらへんはIPPANさんに丸投げということにする。

話し終ったところで中野監督いいタイミングでやってきて、今度はそっちに話題を移して。もっともその話題は主にIPPANさんと、であって、他は例によっての中野ワールド。“死亡フラグの立つ場合”ばなしなどで大盛り上がり。

●林の中で「私、見ちゃったの。ウフフ」という女
●俺、このヤマが終わったら田舎で牧場でもやろうと思うんだ
●誰が犯人かもわからんのに一緒に寝れるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!
●うるさいな、誰だこんな時間に…ガチャ……なんだ、あんたか。
●こらペス、おとなしくしろ。そっちに何がいるっていうんだ(遠くで「キャイン」
という声)肉はテールスライス、豚骨叩き、レバ刺し、極ホルモン、豚とろ等。久しぶりの幸永なのでガツガツと食い、黒ホッピーぐいぐい飲み、ヘタる。まだ11時前だったが足下フラつき、タクシーで帰宅。もっとも、帰るころには酔いも醒めていて、パソコンにマイティ・マウスをセットしたりしながら(これ、さすがに快適)DVDで昨日の日記に書いたロバート・アルドリッチ監督『キッスで殺せ』(1955)見る。

いや、やはり怪作。タイトルやスタッフロールが“上から下へと下がっていく”のは『THX1138』の先駆。事件の鍵になる単語が“マンハッタン計画”“ロス・アラモス”“トリニティ”というのだからうれしい。これも『原子怪獣と裸女』と同じ原水爆ノイローゼ・ムービーのひとつである。ヒッチコックの『汚名』における核物質は単なるマクガフィンでしかなかったがこっちの核物質は最後に悪女を炎上させ、家を爆破させる。爆発の炎と共に、へたくそなアニメで放射能が空に広がっていくラストは大笑いであった。

役者では冒頭で主人公のハマー(ラルフ・ミーカー)に助けを求める、全裸にコートを羽織っただけの謎の美女に、若き日のクロリス・リーチマン。まさか後年、メル・ブルックス喜劇の常連女優になろうとは。チンピラ・ギャング役に、これまた若き日のジャック・イーラム。さっきのキーワードをハマーに教える警部補役のウェズリー・アディーは『トラ! トラ! トラ!』で、海軍情報将校の役をやっていて印象的だったので顔を見てうれしくなってしまった。

悪徳検視医の役のアルバート・デッカーは『ドクター・サイクロプス』などに主演している優れた性格俳優だが、ケネス・アンガーの『ハリウッド・バビロン』にも取り上げられた異常な死の状況で有名。このDVDのパンフレットにもあるが
「1968年5月5日浴室で全裸でひざまずき窒息死しているところを発見された。両腕に注射針を刺し、首に縄を縛り、針金の通してあるゴムボールで口を塞がれ、針金と結ばれた鎖が頭に固く巻かれ、革のベルトが首と胸に巻きつけられ、それに結ばれた縄が両足首に結びつけられ、両手首にハンカチが巻かれ、胸、腹、尻に赤い口紅で“鞭”や“奴隷”などの単語が書かれていた」
いずれSMプレイの果てなのだろうが、……状況が複雑すぎて、一回読んだだけでは様子が思い浮かべられない。

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