裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

19日

水曜日

ボクトウ・ザ・フューチャ

デロリアンで戦前の玉ノ井に。

夜中の1時に目が覚める。食事終えてから4時間近く寝て、酔いは醒めている。手紙(メール)、それから原稿など書く。2時、体が冷えてきたので大浴場へ。男女の湯が入れ替わっていて、こっちは海が見えない代わりに風呂桶が檜造り。ただでさえ泊まり客が少ない平日のしかも深夜なので独占状態。湯船の中で小説の構想など考え、つまると洗い場をうろうろ歩き回って、口の中でぶつぶつと唱えつつ、文案を練る。案外いいシチュエーションである。将来、何かで大金持ちになったら自宅の風呂場はこれくらい大きいものにして、つかりながら作品を生み出すことが出来る場所にしたいものだ。

結局、3時半ころ再就寝、7時半に仲居さんからの電話で起こされる。二度にわたって寝たので睡眠は足りているはずだが、なにかスッキリしない。寝坊の快楽は一泊旅行では味わえない。

もう一度、朝食用意の間に入浴。朝の光に包まれながらの入浴は大好きだが、残念ながら東京に住むようになってからの家の風呂はことごとく、窓がなかった。この楽しみは温泉旅行ならでは。朝湯のすがすがしさをたっぷり味わう。

帰室したら準備が整っていた。熱海らしくアジの干物に、卓上鍋でキャベツとベーコンのスープ、小皿に梅干、シラスおろし、納豆ちょっとづつ、卵焼き大根おろし添え、冷奴、マグロ山かけ、焼き海苔。それにシジミの味噌汁。このシジミが、アサリかと思うほどの大粒のもの。ご飯はおかゆと普通のものの二種類。おかゆは梅干とシラスおろしのみであじわい、アジと味噌汁中心にご飯を食べる。スープはまあ、なくもがなで山かけは朝にはちょっとと思い箸をつけず。

さんなみのように特別製でない、どこにもある朝食ではあるが、しかし一品々々が厳選されたものらしい。毎朝最近は和食党のK子が
「豆腐にはうるさい私」
と言いながら冷奴に箸をつけて“うん、いい豆腐!”と言い、続いて焼き海苔の袋をあけて
「焼き海苔にはうるさい私」
とご飯と一緒にほうばって
「さすが熱海の海苔!」
と感心していた。もっとも海苔は見たら築地のもの。

デザートはグレープフルーツ。半分に切ってシロップをかけて、ギザギザスプーンですくって食べる。実の一房(半房だが)々々がすでにナイフを入れられていてすぐにすくえる。その手間のかけ方が懐かしい。昔はグレープフルーツはこういう風に食べるもの、とみんな決めてかかっていた。面倒くさいが、なにしろ高い果物だったから、その手間も値打ちの一つだった。普通に剥いて食べてもいい、と誰かが言い出したのは値段がかなりお安くなってからだった。

少し休んで新聞など見る。日経新聞にドナテッロのダビデ像の解説があり、このダビデ像は上半身は少年だが下半身の柔らかな線は女性であり、そこに唐突に男性器がつけられている、と指摘している。胸もふくらみ気味であり、ドナテッロの性的嗜好が透けてみえる、というようなことが書かれていた。ドナテッロと言えば少年愛者とされているが、ならそんな女性的な像でなく、もっと少年ぽい身体の方を愛したのではないか? 何か納得いかない。
http://art.pro.tok2.com/D/Donatello/11don.jpg

9時半、ロビーでタクシーを待つ。庭のサマーオレンジの木を眺めていたら、昨日の若女将が洋服姿で声をかけてくれ、庭に出て実をもいでもいいですよ、と言ってくれた。まだ熟してはいないが、汁を焼酎で割るとおいしいというので三個ばかりもぐ。
「雑学王に訊くのも失礼ですが」
と、柑橘類の実のなり方について訊かれるのでいいかげんなことを答えておく。しかし、やはり知られていたのか。それでいながら、女将も仲居さんも、ゆうべから一言もそんなことを言わず、色紙などを持ってきもしないのは一種の見識だなあ、と感心する(白鳥路のようにそれを感激してくれるのもまたうれしいが)。

丁重な見送りで熱海駅まで。おみやげに温泉饅頭と干物を買い、またこだまの客に。献立の書き出しを持ってくるのを忘れたので、車中、ゆうべの食事をK子とノートに書き出したりしながら品川着。タクシーで渋谷の仕事場に直に入る。東京の湿気、凄まじ。オノに温泉饅頭おみやげ。お茶入れて食べながら、スケジュール打ち合せ。

村木藤志郎さんに長文の手紙書く。明日が千葉公演の初日で忙しいだろうから
「お暇が出来てからお読みください」
と書き添える。

3時、時間割。NHKのEさん、それからNHK出版の人二人。『こだわり人物伝』円谷英二の打ち合わせ。さすがに地上波、それもNHK教育の看板番組の一つだけに丁寧な打ち合せであった。単なる円谷ファンとしての意見でなく、自分独自の解釈で語って欲しいらしいので、通説の円谷伝説のようなものに対する、私なりの意見を中心に述べ、まだ古い円谷作品をよく見ていないというEさんに、押さえるべき作品を伝える。コメンテーターというよりは私が構成・進行役、私の視点で円谷英二という超大物を4回連続で語ってしまうという番組で、いいのかなとも思い、光栄にも思う。ただし、Eさんもまだ円谷プロの人に会っていない(明日、会う)そうで、私じゃダメ、とそこで言われる可能性、なきにしもあらずだよな、と苦笑する。

2時間ほどして帰宅、明日、チャイナハウスで佐藤祐一さんと会食の予定を池袋のノタガに変え、開田夫妻なども誘う。村木さんから入れ違いにメール別件であり、それに返信。おぐりからも打ち合せ予定メール、返信。原稿書きいくつかやって、9時帰宅。
母におみやげの干物と饅頭渡し、鉄板焼きで夕食。担当編集の話、某知人の奥さんの話。因果というのはあるのかないのかみたいな話。母は近く友人たちの一行をこの部屋に泊めるのだそうだ。貸布団を借りてきて全員ザコ寝だそうである。こういうことは未亡人にならないと出来ない。

自室に戻り、水割り二杯。ワープロで自分の文章読み返しながら、2時間ほど過ごす。本も読まず、DVDも見ず。いろいろな思いが脳内を通り過ぎる。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa