裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

30日

金曜日

ブジオ打ち合わせ&飲み、の記

朝8時起床、入浴。洗髪のとき、シャワーを浴びて、その湯を洗面器にためる。脂やホコリが浮かんで膜を作っているその洗面器の湯を、じっと眺めた後で体にジャブジャブとかける。

そんな汚いもの、ただ流せばいい、というかそもそも洗面器にためる必要がないのだが、ずっと40年以上そうしている。幼いころ父と風呂に入って、父がそうやっているのを見て、自然に自分もそうやるのがクセになってしまった。最近はホテルなどで洗面器のない浴室も多く、これができないことがあるが、ナンか物足りなく感じてしまう。習慣は恐ろしい。

朝食9時、ブドー、コーンスープ。日記つけ、メールやりとり。バーバラ・アスカさんと清流出版の件など。11時半、タクシーで母と共に仕事場。げらっちさんからメールが来たというので母の機嫌よし。仕事場ですぐ、弁当を黒豆納豆で食べる。12時45分、階下のロビーで六花マネと落ち合い、タクシーで赤坂TBS。表参道のあたりで右翼の街宣車が
「エイベックス社長の松浦社長は大学時代からドラッグをやり乱交パーティをして……」
とがなっていた。2ちゃんの祭に乗った右翼か?さっそくスタジオに通されて、ディレクターI井さんと雑談後、番宣の録音。20秒で、というので与えられた原稿にちょっと手を入れてざっと読む。

20秒でおさまるように読んだだけだが驚かれる。構成作家のIさんが
「唐沢さんの声を聞いてインスピレーションが沸いて書き上げました」
という短バージョンも。こっちは若山弦蔵をちょっと入れて。六花マネに
「あなた本当に作家ですか」
と呆れられた。

そのあと、第一回の構成についてTBS内のレストラン(酒も飲める)で打ち合わせ。向こうのアイデアにこっちの希望入れてまとめる。さっきマイクの前で自分のしゃべりを改めて客観視(いや、客観聴、か?)して、
「ふむ、イケるのではないか」
という実感は得る。パートナーがTBS女子アナ一番人気(らしい)小林麻耶アナ。
月曜のパーソナリティが古田新太、火曜が井筒和幸、水曜が板尾創路と木村祐一、木曜が眞鍋かをり。なんか深夜放送みたいなラインナップですな。

打ち合わせ中に携帯に電話、小学館『週刊ポスト』から書評の依頼。書評本送ってもらうよう頼む。レストラン出て、エレベーターを待っていたら、出てきたのが『奇跡特番』のK川プロデューサー。

TBSテレビで顔見知りのプロデューサーと言えばK川氏しかおらず、その彼と偶然出会うというのは西手新九郎、しかもそのディレクターが“偶然の奇跡”をテーマにした番組を作っている人、というのがナンとも。
「いや、アイドルアナと共演でいいですねえ」
と言われる。奇跡特番第二弾収録は11月。

タクシーで渋谷まで。腹が減ったのでモスバーガーで六花マネと打ち合わせ。日本綜合経営(私の講演仕事を主にとってきてくれている会社)はどうしてメールでなく今どきファックスと電話でないと話が通じないのか、という話。

仕事場に行ったら、さっき電話があった書評用の本がもう届いていたのに驚く。素早いこと。携帯にやたらいい声の電話、誰かと思えば談笑さん、明後日の真打披露目で挨拶をお願い、とのこと。原稿書きモードにやっと入り、FRIDAY。

今回は阪神優勝特集で、阪神ネタトリビアを20本ほど出さねばならず、これが荷だったのだが、やってみるとなかなかノる。さすが阪神、笑えるネタが豊富。

今夜は植木不等式氏とひさびさに二人で飲もうという約束だったが、それまでに原稿書き上げられるかがちょっと微妙だった。FRIDAYネタ、最後の一本書き上げたところで渋谷に到着、という電話。何たるタイミング。メール、編集部に打ってから出る。新楽飯店でメシ。仕事のことプライベートなことなどいろいろ話しつつ酒。鬱っ気払いなのでタアイない話ばかり。
「軍人将棋というのはあるが文人将棋というのはできないか」
「軟弱そうなゲームですねえ」
などというもの。

五糧液がないか、と植木さん、店のねーちゃんに聞くと、
「アルヨ」
と、なんとコップみたいなグラスになみなみと注いでくれる。植木さんが“ボトルを見せて”と言ったら、
「ボトル、無イネ」
と。なんだ、密造酒か、と思って見ていると、なにやら一升瓶みたいなものから注いでいる。
「アヤシゲですねえ」
と二人、大喜び。ちなみに五糧液そのものは大変まろやかで口当たりよく、大グラスでグビグビやってしまい、最後は例によりヘベのレケ。

もう一件、イギリスパブに入ったがあまり記憶がない。植木さんが全部会社持ちで払ってくれた。

帰宅して、もう半身浴も何もなくベッドに倒れ込む。夜中に目をさましたら、ズボンのみはベッドの下に脱いでいたが、シャツは来たまま寝入っていた。

ある種こういう飲み方の出来るうちが人生は華、であろう。いつまで出来るやら。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa