裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

25日

日曜日

カマ掘るニア・レーズン

 おい、先っちょに干しブドウがついたぜ(ああ、などと言っているうちにどんどん下品が止まらなく。この日記、女の子の読者も最近は増えたというのに)。朝7時起床、二日酔いというのではなく(フラつきはなし)、胃がシクシク。昨日の暴飲暴食が原因なのは言うまでもなし。体重も例により二キロ増(これは一日で元に戻る)。 『ユチーフ』飲む。

 朝食7時半。野菜サラダ、ミニトマト、グレープフルーツ。いつも日記メモなどに使っているメモ帳が水に濡れたようにヨレている。ゆうべ酔ってどうかしたのだろうか、記憶になし。昨日、行きのロマンスカーの中で開田あやさんとスパムメールの話になり、べろべろに酔って記憶なくした翌朝に“ゆうべは二人、燃えたネ!”みたいなタイトルのが来るとギョッとして開けてしまう男がたくさんいるであろう、などという話をしたのであるが、それを思い出す。

 昨日、映画音楽の大家ジェリー・ゴールドスミスが死去のニュースがあった。アクションであれ戦争映画であれSFであれオカルトであれ感動の名作であれ何でもござれの万能作曲家で、殊にSF映画好きなら彼の曲を聴かない年はなかったくらいに手がけていた。『スター・トレック』のテーマは、テレビシリーズから映画にスピンアウトした作品のテーマとして作曲されて、またそれがテレビの新シリーズにスピンアウトして使用されたくらい“燃える”名曲であるし、燃えるという点では『カプリコン・1』のテーマも隠れた名曲。映画はカスだったが『グレムリン』のエンディングも個人的には印象に残る映画音楽ベスト10の中に入る。もちろん、これだけ作曲数が多いと、中には珍曲・奇曲もあるわけで、大作『トラ! トラ! トラ!』の“日本風”テーマは『元禄花見踊』を荘重にオーケストラが演奏しているような、実に何 とも不思議な曲であった。

 映画人では他に英俳優であり、来日したレスラーでもあるパット・ローチが17日に死去、67歳。『インディ・ジョーンズ』シリーズにレギュラー(ただし、役は毎回違う)出演していて、ことに第一作『失われたアーク』では、冒頭のチベット人の悪党と、怪力自慢のドイツ人の整備士(格闘ではインディを圧倒するが、動き出した飛行機のプロペラに巻き込まれて死んでしまう)との二役を演じており、後者は人気キャラだったようだ。確かにあの整備士、なんでこんな強いやつを兵隊でなく整備士 なんかにしておくんだ、ナチスは? という感じだった。

 タクシーで通勤。日曜なのでメールも少なく、落ち着いて仕事、の筈だが気圧が何か微妙に高下していて、いまいち体調が不安定な状態。原稿数行書いては、寝転がって本を読んだり、CDを聞いたり。弁当は筋子。その脇に場所ふたぎに入っていた、 レタスと枝豆のオイスターソース炒めが非常にうまかった。

 体の節々が痛む。これはゆうべ、相模大野から新中野まで、という距離を、酔って無理な歩き方や体のひねり方などをして帰ったためだろう。矯正のためにマッサージに行く。最初に当たってくれたヒゲの先生がついてくれて、丁寧にもみほぐしてくれる。ここでは初めてだと思うが、揉まれながら一時、意識がフッと亡くなってしまっ た。体力もそろそろ限界か。

 書き下ろし用原稿途中で、スケジュール表を見たら、ツムラのサイトの髪の毛エッセイの〆切が過ぎていたことに気がつき、あわてて書き出す。とはいえ、資料なども改めて探るので、時間が大幅にとられる。なんとか8時台に書き上げてメール。出来は自信なし。タクシーで帰宅。夕食、K子と母と。野菜中心のてんぷら、中田家から到来の鮎の塩焼き。ご飯はシャケの茶漬けで。DVD『みんなのうた』、尾藤イサオの『サラマンドラ』、おそらく『みんなのうた』中、もっとも子供を恐怖させた歌ではないか。仲間が絶滅したあと、自分一人が生き残り、孤独のまま数万年の時を生きねばならぬ年老いた竜の話なのである。これがまたジェームズ・ボンドのテーマを冒頭に持ってくるなど、技巧を凝らして耳に残る名曲なのである。あにトラウマになら ざるを得んや。

 食べ終わってすぐK子は自室に戻るが、私は母とNHKで市川海老蔵襲名披露特別番組を見る。以前、私はこの日記で歌舞伎の世襲制のことについて触れ、あれは顔の大きさを遺伝子レベルで保存するシステムなのだ、と書いた。芸は達者な奴を養子制度でどんどん入れてしまえばいいが、名門の看板たる顔の押し出しのみは、きちんと遺伝子を保存しておかねばならぬからだ。その成果で言うと、今度の新之助の海老蔵は、いかにも現代っぽい二枚目で、爺さんである十一代目團十郎のあの歌舞伎役者らしい馬面を引き継いではおらず、やや残念。しかし、その眼球の巨大さは、DNA、いい仕事をしたと褒めてやりたいくらい。披露口上の最後、“睨んでご覧に入れます る”のときの目は、まさに千両であった。十一代目團十郎の映像を見て、母は
「やっぱり何と言ってもこっちの方がいい男よ」
 と断じたが、私の世代にとっては、あの風貌はいかになんでもクラシカルすぎる。歌舞伎を現代に発展させていくには、新・海老蔵クラスの顔でないとダメだろう。とはいえ、気になったのはこの人、いつ見ても肌を荒れさせていたり、吹き出物を作ったりしていることだ。免疫力が、それこそ遺伝子操作の末に、弱くなっているのではないかと心配になる。親父の團十郎が現在白血病で入院しているが、そもそも、代々の成田屋は、殺されたり自殺したりといった変死も多いが、そうでなくとも、九代目が66歳、十一代目が56歳と、みな早死にをしている家系である。不吉なことを言うようだが、團十郎の名跡を継いだ者で、70の坂を超えた者は二代目(71)と十代目(73)の二人しかいない。しかも十代目は非・歌舞伎界からの血筋で、團十郎の名は死んでからの追贈である。今の新・海老蔵(将来の團十郎)の、どこか虚無的な遊び人ぶりは、それを意識してのものじゃないのだろうか?

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