裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

木曜日

ポワトリン氏腺

 例え体が許して濡れても、この美少女仮面ポワトリンが許しません! 朝、芝居の小道具展示会を見に行くという夢を見る。ダグウッド・サンドイッチの、具が電磁石の作用でポンポン飛んでいってしまうものとか、本当に汁が入っているラーメン丼なのだが頭からぶっかけても人にかからないような仕掛けがしてあるものとか、いろんな工夫のあるものが並んで実演されており、非常に楽しい夢だった。客にいろいろ仕 掛を解説している劇団員の中に、うわの空の宮垣雄樹くんがいた。

 入浴、7時半に朝食。キャベツ、ニンジン、枝豆のサラダ。プラム一個。読売朝刊の読者投稿欄に、48歳女性の、サンワリくん(の、作者鈴木義司氏)を悼む手紙が掲載されていた。まあ、わざとくさくはあるが、しかし、三十数年の連載で、彼女にとり、最初サンワリくんはとぼけたお兄さん、そしてそのうち、頼りない弟のような存在になっていったという記述にはちょっとほろりとくる。トンガッた感覚のものは一時代を画し、示準化石的存在にはなるが、普遍的日常には成り得ない。椎名誠や呉智英が新聞マンガのつまらなさを一時期やり玉にあげ、私もまたそれに乗っかったことがあったが、現在ではやや、考えを改めているところがある。ああいうマンガは、おもしろすぎては(さすがに“おもしろくては”とは言わない。でも私のことだからそのうち言い出すかもしれない)いけないのである。新聞のマンガはマンガマニアのためのものではないし、“面白いものを常に探し求めている”人のためのものでもない。もちろん、マンガ評論家(や、もどき)のためのものでもない。日常の中で、あるべきものがあるべきところにある、という安心感を、あの作品は本当に普通の感覚 の人に、与え続けていたのである。

 8時10分に家を出る。すでに夏休みなのか、子供たちの姿があちこちに見える。路地をサササッと駆け抜ける小動物の姿があり、モルモットか何かかな、と思ったら大きなミドリガメであった。早く走るんだねえ。近所の小学生が散歩をさせていたのであった。8時19分のバスで通勤、珍しく車輌が十年くらいまでよく見た、最前席二つと最後部座席以外は横がけベンチ式の、古い型のもの。バリアフリー式の車輌がレギュラーになってしまうと、改めて古い車種のものに乗り降りすると、乗降口の高低の落差がこんなにあったのか、とちょっと驚くほど。なるほど、これは老人などに は不親切である。

 仕事場での能率を上げるため、と自分に理由をつけて、ゆうべからエアコンを弱冷にして入れっぱなしにしておいた。部屋がほどよく冷えていて、楽チンなこと限りなし。うわの空・藤志郎一座の土田演出補(と書くとエラそうに聞こえる)と、コミケのチラシ折り込みの件、ロフトでの村木さんとのトークの前売りチケットの件でメールやりとり。彼女は健康のために、部屋では一切クーラーの類は使わないそうな。女性は確かにその方がいいのかもしれない。しかし、さすがにこの数日の暑さでは熱中 症にならないか、と心配になる。

 ちょうどロフトの斎藤さんからも湯浅監督追悼ライブのことで電話。大映の人たちも湯浅監督死去のことは知らなかったそうで、このライブのことを知り、映像など、全面協力を申し出てくれているそうだ。改めて、愛されていたことを知って、嬉しくも思い、悲しくも思う。昼のライブでどれだけの人が聞きにきてくれるかわからないが、こういうことは時期を待っていてはダメになってしまう。本来ならマスコミなどにも協力してもらい、大々的に……とやりたいが、それでは個人の遺志にも反するだろう。あくまで、ファンたちがただ、昭和ガメラの映像を見ながら語りあう、そんな 内々の会にしたい。

 昼食、弁当。豚の生姜焼き。食べながらFRIDAYのコラムを書く。ながら仕事で申し訳ないが、実にスラスラと、面白いものが書けた。文章というものの、ここが奇妙なところである。書き上げたもののプリントアウトを手に、2時、時間割に出かけ担当のTくんに手渡し、目を通してもらう。夏ネタはこれで三本目(猛暑、花火、今回が怪談)だが、副編集長のKさんも絶賛してくれているそうな。増刊号の特集の件も打ち合わせる。やたらタイトな〆切だが、私の仕事量としては、それほどでもない大変なのはTくんの方である。FRIDAYとの打ち合わせならではの、いろんな 裏話を聞いて喜ぶ。へぇ、である。

 仕事場にすぐ戻り、また原稿書き。『スパイダーマン2』も見たいし、芝居にも行きたいし、旅行もしたいが、今はとにかく仕事々々でお預け状態。光文社Oさんからメール、次回文庫本の出版予定の件。それから扶桑社Yくんから電話、その光文社から出ている本の文庫化の件。と学会の本が一冊だけ光文社から出ており、これは今更光文社文庫に入れるのも何なので、扶桑社文庫で出そうと企画して、と学会と扶桑社と光文社との三者の間に立って調整していたんである。何とか光文社さんともトラブルなしに話がついたようで、まずめでたい。あと、明日のゲラ戻しの件、それから大 阪での発売記念トークライブの件などをちょっと。

 湯浅監督追悼の日記を書き上げた一昨日は、本当に頭がぼやっと霞がかかったようで何も手につかず、おかげで仕事が一日づつ、前倒しになってしまった。朝日新聞の土曜夕刊ピンホールコラム、それからミリオン出版実話ナックルズの原稿、共に大急ぎでやる。大急ぎとは言っても手は抜かない。ただ、ネタの面白さや濃さというのではなく、今回は共に、大したことのないネタを、文章の工夫(持って行き方)でいかに読ませるものに仕立て上げるか、ということに神経を使ってみた。天下の朝日新聞の原稿と、コンビニでシュリンクかけなきゃ売れないエログロ雑誌の原稿に同じ手を用いることが出来るか、という実験でもある。7時半までに書き上げ、メール。

 タクシーで帰宅。今日は自宅でS山さんとパイデザ夫妻と共に夕食。春風亭昇輔さんから送られたカツオのたたき、中笈木六さんからお中元でいただいた泡盛古酒、さらに先日能登のこうでんさんから送られたサザエの残りで作ったサザエソースのパスタ。おまけとして、唐沢家風のポークビーンズ。カツオのたたきは上質のハムのようで、背側と腹側ではまったく味が異なり(長いことカツオを食っているが、ここまでハッキリと味の違いがわかったのは初めて)、みんな感動。泡盛の風味はさすがそこらの焼酎とは一線を画し、サザエを用いた和風パスタは、これはどこかでパスタ屋を開けば看板商品になる、という味。しかして、ポークビーンズは、本来、ポークビーンズという名称は“豚肉風味の豆料理”の意であって、豚肉などはどこにあるのか探さないとわからぬものなのだが、どでかい固まりの肉が中心にでんと控え、これに豆の風味のソースがからまっている。東海林さだおが、会社の肉じゃが定食はジャガイモメインの料理なのだから“じゃが肉”と呼ぶべき、とマンガで言っていたが、その逆のデンで言えば、これはポークビーンズではなく、ビーンズポークと言いつべき料理。ただし、煮込み料理というのは味がどうしてもトボけたものになる。飯の菜にはそれでいいが、酒、それも上質の泡盛と拮抗させるには不向き。タバスコを大量に振りかけて味の調整をし、これで見事な酒の肴になった。思えば『サンワリくん』は飯 に合わせたマンガだったのであろう。

 11時半、寝る前にメールをチェックしてみるに朝日とミリオン、双方の編集者から原稿に対する感想来ている。双方、面白かった(構成や文章が)と言ってくれていて、ちょっと自信を深める。Web現代が完全にネタの濃さ勝負なので、たまにはこういうタイプのも書いてみたくなるのである。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa