裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

13日

土曜日

うるかに乗った少年

 ねちょねちょして気味が悪いや。ちなみに、うるかはアユの腸の塩辛。朝、7時に起きて入浴、お湯の温度を43度にしてみたが(いつもは40度)なかなか熱く、温泉につかったような気分。ほてった体を冷ましていたら朝食を告げるコール。なかなか時間的には結構。朝食、クルミ入りサラダとソウメン炒めという奇妙なメニューの朝食。余ったソウメンの利用法で、味付けはブルーチーズだとか。ナッツとカラント 入りのパン一切れ。果物はリンゴ。

 土曜は弁当でなく、外食の日。8時半に出勤。昨日談之助さんに、“中野〜渋谷直通のバスがありますよ”と教えられたが、家と仕事場の最短に停車場があるこのコースがやはり便利ではないかな。新宿での京王の乗り換え(8時52分)がなかなか来ず。58分ころ、やっと来て乗り込んだら、運転手さんが“このバスは9時1分発渋谷駅行きです”と言う。そのとたん、先に乗り込んだ爺さんとおばさんが、
「なんだ、52分じゃないのか」
「52分のバスはどうしたの」
 と苦情を言い出した。運転手、“え、来てませんか。ちょっとわかりませんが”と言うと、二人、激高して怒鳴り始める。
「わからんとはなんだ。それでも乗務員か。連絡をして責任者を出せ」
「いいかげんだわよ、それじゃ納得できないわ」
 おばさんは爺さんに同調しているだけだと思うが、爺さんがやたら声がでかく、マンガみたいな怒り方をしている。
「失礼千万だ、それが客に対する態度か。所長を出せ。オレはこのバスにもう18年も乗っているんだ!」
 18年も乗っていれば、バスが遅れることくらいありがちだとわかるんじゃないか と思うのだが、またこの運転手の対応が悪く、
「いや、私に言ってもわかりませんよ。あとで本社の方へ電話してくれないと」
 などと言うので、爺さんなおさらイキリ立つまいことか、
「なんだその口の利きようは。それでも大学出か。もういっぺん再教育だ! オレはあんたが小学生の頃からの客なんだ。なめたら承知しないぞ。予科練へ行ってんだから。沖縄でアメリカ軍と戦ったんだ。奄美大島で魚雷を四発も食ったんだ……」
 と、トメドがなくなる。もうこの時点で出発時間を過ぎているわけで、怒っている意味がなくなっているのだが、感情の噴出がセーブ出来なくなったらしい。この間に遅れていた52分のバスが入れ違いでやってきたが、もうどうなるものでもない。

 電話させろ、というので仕方なく運転手が携帯で会社の担当に電話し、爺さんに代わらせる。
「ああ、担当さん? いつもお世話になってます。あんたんところの利用客です。あのね、オレは仕事であんたんところのバス使ってんだよ。遅れたことでね、オレは上司に叱責を受けなくちゃならんのだよ。だからね、遅延証明書を出せと言っとるんだよ。そういうものをなんで用意させておかんのかということですよ。だからね、名刺の裏にでも書いてもらってね、後で正式にハンついたものを貰いますよ。アア。一応 あんたの名前を聞かせてもらっとこうか。ウン、そうか」
 ……結局、この騒ぎで7分近く遅れてバスは発車。まだ爺さん、怒りの余燼が噴き 出し続けていて、高声でわめいている。
「なにが“すいません”だ。すいませんで済めば警察はいらねえんだ。北海道警察を見ろ。ああ? 京王バスは何やってんだ。乗客へのサービスの向上だなんて、口ばかりだ。小泉内閣と同じだ。ただアドバルーンあげてるだけだ。え、竹中平蔵、668兆円からの借金をどうするつもりだ。小泉はもう、アメリカの奴隷だ、ありゃ。まあ仕方ない。戦争に負けたんだ、運がなかったんだ、負けりゃ奴隷だ、仕方ねえ。自民党の議員全員イラク行きゃいいんだ……」
 一番前の席に座っていたのだが、吹き出しそうになるのをこらえるのに苦労する。理不尽極まる罵言ではあるが、ここまで支離滅裂だと怒りもまた可愛らしくなる。それに同調して一緒に運転手をネチネチ責めていたおばさんの口調はかなり汚らしく感 じたが。

 結局9時20分、放送センター前着。メールチェック等。各原稿締切のチェックなどをする。12時半、家を出て、半蔵門線。センター街で、スニーカーを買いにきたらしい中学一年生くらいの、凄く可愛い男の子を、たむろしている黒人がつかまえて 手を握ってはなさず、
「ドコ行クノ? キミ、イクツ? 名前ハ?」
 と話しかけていた。美少年趣味の黒人か。また、渋谷なんぞに来る男の子は、そう いうことに慣れているのか、別段嫌がりもせずあしらっている。

 半蔵門線で神保町、古書会館即売会。昭和40年頃の雑誌類何冊か。そこを出て、白山通りブラつく。神田書店などで買い物、これで金がかなりなくなる。いもや、今日は珍しく行列が外に並んでなかったので入る。家族連れが二組。カウンターだけの店に子供を連れ込むのはどうか。こういう店はスピーディさが売りのひとつなので、食べる速度がチグハグな連れというのは、席がなかなか開かず、他の客の迷惑になるのである。こういう店でチャッチャと飯を済ませられるのは、オトナになっての楽しみにとっておいてもいいと思う。えび天丼頼む。久しぶりなのでうまい。あふあふと食べ、あふあふと塩辛い味噌汁を啜り、あふあふと出る。待ち時間15分、食べるの に要した時間7分。

 また半蔵門線で表参道に出て、紀ノ国屋で果物など買い、タクシーで帰宅。寝転がり、買った雑誌などを眺める。『週刊漫画TIMES』の昭和42年4月号が長編漫画特集。高橋まさみ『東京ターザン暁に死す』、坂口たけし『赤い女豹特別指令』、勝木てるお『悪女の持参金』など、劇画のストーリィを、オトナ漫画の画風で描いたような作品ばかり。中で今、まがりなりにも残っている(今も語られる)作品と言えば棚下照生の『めくらのお市』(座頭お市)くらいだろうが、漫画発達史のミッシング・リンク的なこの分野、研究とまではいかなくとも誰かがざっと“こんな作品がありました”くらいは触れておいてほしいものである。外食のせいか、やたらノドが乾いてまいる。

 4時、時間割にてミリオン出版Yさんと打ち合わせ。連載第一回が掲載された『実話ナックルズ』いただく。パラパラ見るだけで凄い雑誌。いまYさんが出している、姉妹誌の企画を聞いたが、それがまたスゴい。笑ってしまった。次回原稿のネタなどについて。また、打ち上げの日程について。今日、神保町の書泉ブックマートに行ってみた話をする。新刊台に、聞いた通り、『蛇にピアス』『蹴りたい背中』と、『こんな猟奇でよかったら』『社会派くんがゆく! 死闘編』が並んで置かれていた。しかも、山本弘の『神は沈黙せず』まで。凄まじい台であった。あと、書泉グランデの方では、新刊棚の前で、『こんな猟奇で』読みながら、大学生くらいの男の人がクス クスと笑い続けていた。

 別れてまた仕事場に戻り、ニュースチェック。テロ被害にあったスペインで、超大規模な反テロの国民スト。スペインという国をちょっとこれまで馬鹿にしていたのだが(なにしろ脳天気な国で、コロンブス300年祭で復刻建造した帆船が進水式で見事にひっくり返って沈没してしまい、それをまた国民が見て大笑いしていたとか)、テロにおびえることなく、屈しない姿勢を見せたことに驚き、見識を改めたことだった。日本では勝谷誠彦はじめ文化人連が“それ見ろ、さあ日本もこんな目にあう前に テロリストに降参して反米になれ”とタキツケているというのに。

 日記などつけていたらもう7時半。タクシーで新宿まで行き、雑用だけちょこっとすませて丸の内線で帰宅。8時、S山さん、開田さん夫妻揃って夕食。元ナンビョーサイトのナジャさんから到来の鹿肉のカルパッチョ風、鹿肉の薄切りロースト。鹿は明日も食べるのだそうで、ローストで使い切らないように鶏も同じく焼く。これに自家製オレンジピールソース。ソース、甘みが非常に抑えられていい味。鹿肉は新鮮すぎるのか、まだ鹿肉の風味が叩き風では味わえず、焼くとどうにか鹿肉ぽくなる。脇に添えられた甘栗バターライス(このあいだフィギュア王のS川さんに貰った甘栗を利用)が絶品。それから定番のアスピックゼリーだが、いつもはハムのところ、今日 は昨日の残りの豚でやる。昨日来られなかったS山さん、
「これで完全な負け組ではなくなりました」
 と。あとこってりした味のロールキャベツ。キュウリ、ミョウガ、ナス、青唐辛子を小さく角切りにして、柚醤油で和えた漬け物風野菜を、炊きたてのご飯に乗せて食べるというやつで〆。オリジナルで名前がない。女中飯とかヤタラ飯とかみんなで言い合ったが、宝来飯という名称に落ち着いた。“貧乏飯”を縁起良く言い換えたようなものか。とにかくさわやかでオイシイ。飲み物はS山さん持参の青島ビールの黒という珍しいものに、あやさんが持って来てくれた柚果汁で焼酎を割ったもの。いい気分でクイクイと行く。母も話に加わって、11時近くまで。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa