裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

金曜日

カート・シオジョマク

 代表作『ドノヴァンの下腹部』。朝、7時30分起床。5時に一旦目が覚め、6時にまた覚め、7時に覚め。徐々にアルコールの分解処理が進んでいるのが実感出来る のに感動。わが肝臓は勤勉なるかな。

 朝食、ソバ粉焼き。こないだから新しいソバ粉(同じ店から通販で買っているのだが)に変えた。焼いた味わいがなめらかな気がする。麻原彰晃、本日判決が下る。それはいいが、日本のマスコミの、“たったいま、拘置所から麻原を乗せたと思われるバスが出ました……”というあの逐一報道、あれはナンのためにやるのか。“裁判所の門の前に、今、バスが入ってきました、入り口まで、あと×メートル……”とか、“競馬の中継じゃないのよ!”(マルC フジアキコ隊員)という感じである。

 新聞にはあれだけの事件を起こし、裁判でも不真面目な言動を繰り返す麻原を、今もなお信じ続ける信者たちを“不可解である”、と書いているが、もともと、オウムにおいて麻原彰晃は“最終解脱者”であり、“絶対に間違いを犯さない”存在なのである。このことこそがオウムの中心教義であり、これを信じないということはオウム真理教という宗教の存在意義を疑うも同様なわけで、麻原がどんなバカなことをしようと、それは一般信徒には理解できないだけで、実際は正しい行為なのだ、と信ずる ものだけが“本当の”オウム信者なのである。

 東京キララ社・刊『オウム真理教大辞典』で、脱会信者の宮口浩之氏がこのようなエピソードを紹介している。1991年10月27日の杉並道場で麻原が説法中、
「例えばだよ、君たちは空腹な時とお腹いっぱいの時……ね、例えばまあ、味が一定だと言われているマクドナルドのビッグ・マフィンでいいよ。ね、ビッグ・マフィンを食べたとして、どうだ……あるよな、な、ビッグ・マフィンというのは。わたしは何年も行ったことがないからよく知らないけど……あるよね?」
 と前列にいた信徒に訊き、信徒は“はい”と答えたという。宮口氏はそのとき、
「それはどう考えてもビッグ・マックだろ、と誰もが心の中で突っ込んだはず」
 と言う。しかし、信徒にとり、麻原のこの間違いを指摘するということは、教祖である麻原彰晃の最終解脱を否定することになるのである(後の説法集では、このビッグ・マフィンはこっそりとビッグ・マックに訂正されているらしい)。

 と学会、及び多くのオタクたちの、他人のミスの揚げ足取りと思える行為を嬉々として行っているように見える態度を、識者の中には“悪趣味”“大人げない”“些末なところしか見ようとしない”と批判する人が多い。確かに、そのような部分があることは認める。しかし、誰かが唱えたことに対し、そこにあきらかなミスがあった場合、即座にツッコミを入れることが出来るというのは、思想・発言の自由が守られているということの根本条件のひとつなである(宮口氏は、それを“健全さ”と呼んでいる)。ビッグ・マフィンのような些末なところから、カルト信仰は始まっていくのだ。と学会のようなオタク集団がが活動を続けていけているということは、社会の健 全さの証明なのである。

 母から電話。目睫の間に迫った引っ越しの件かと思ったら、“『御家人斬九郎』でファンだった若村麻由美があんな『北斗の拳』の悪役みたいな体格の坊主の嫁になってしまって悲しい”という内容。69歳の母が『北斗の拳』なんか知っているのか、と驚いたが、ニューヨークにやってきた井上家の真琴が置いていった単行本をパラパラと読んだらしい。“悪人がやられるとき「いろは!」とか言うのが面白い”とのこ と。ちょっと違います。

 今日はいろいろと忙しい。引っ越しがあるので『フィギュア王』用原稿を前倒しで書く。メールチェックしたら、中古ビデオ通販ショップにだいぶ以前注文しておいた作品が入荷したとのこと。それの注文手続き。メシを食っている時間がないので、ホンコン焼きそば作って食べてすます。1時、どどいつ文庫伊藤氏来。風呂敷包みに包んだ本を、うやうやしくテーブルに広げる。こういう風に、本の行商がやってきてくれるというのは有り難いことである。しかも、いかにも行商らしく、本を包んでいるのが風呂敷包みであるということがまた、うれしいではないか。バカなもの、ディープなもの、いろいろ。伊藤氏帰ったあとでまたメールチェック。ベギちゃんから、お 腹の子は無事、四肢、五指共に健常であることが確認されたとのこと。
「梅田佳声先生の(因果ものの)紙芝居を思い出しつつ」
 とのことで笑う。私もちょうど、伊藤氏の持ってきた、枯葉剤の被害にあったベトナムの子供たちの写真集を見ていたところだったので、意味はないがなんだかホッと した。

 2時、時間割へ。『ダ・ヴィンチ』S口さんと、東雅夫氏と打ち合わせ。東(ヒガシ)氏にはカラサワ・コレクションのうち未入手だというもの、S口さんには『社会派くん』新刊を差し上げる。新創刊の怪談雑誌への連載コラムの依頼、これはまず問題なし。あとそこの叢書に、書き下ろしの怪談小説の依頼。これ、以前にぶんか社で東氏が『ホラーウェイブ』というホラー誌を創刊した際に、書き下ろし単行本の企画を、ということで立てたもの。そのぶんか社での企画は雑誌も単行本シリーズも共にツブレ、宙に浮いていたものを、最近、別口で生かそうという話が持ち上がり、その件でドタバタしている最中に、西手新九郎で東さんから、企画再会の話が来たのであ る。普通の小説とは違う、仕掛けモノなのでどうかと思うが、東さん、
「S口さんはこういうものがスッゴク好きだから」
 と熱心にプッシュしてくださる。S口さんも是非やりたいとのことだったが、さて会議でどうなるか。

 とりあえずざっとした企画書(小説の)を私、ざっとした企画書(雑誌の)を受け取る。雑誌、この通りにいけば南條竹則氏ともご一緒することになる。帰宅して一休み、フィギュア王の原稿をアゲて編集部とK子にメール。肩が凝るし、このあいだの飲み過ぎで体内に水分が残留しているので、サウナに行って汗を流そうと予約入れたが、『恋の門』の撮影に貸し出した本が戻ってくる時間とカチ会いそうなので、残念ながらキャンセル。4時、やってきた映画会社シネバザールの人たち、実に丁寧な仕事で、本棚にきちんと本を戻してくれる。三人がかりの仕事で、前もってメモしていた場所に戻していくだけの仕事なのだが、それでも2時間以上かかった。うまく撮れましたか、と訊くと、ばっちり、マニアックな漫画喫茶の絵になりました、とのこと であった。

 8時半、家を出て『華暦』。今回も『デイキャッチ』聞いてくれたそうである。板長さんから“『おれんち』って店はどこにあるんです?”と訊かれた。日記をちゃんとチェックしてくれているのには驚く。後ろの席で、爺さんが大声で若い女性(あくまで爺さんに比して若いという話)に、実に気持ちよさそうに説教していた。その女性の、ニコニコしながらも、あきらかに迷惑そうな表情がいい。“ああいう困った爺さんになりたいものだ”とK子に語る。新筍とウドの木の芽和えが春っぽくて実に結構。春っぽいと言えば今日はお造りにノレソレ(穴子の稚魚)もついた。

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