裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

5日

木曜日

雑言バット

 おのれ言わせておけばそのガイコツ、ガラのくせして悪口雑言。朝、6時に眼が覚め、床中で『笠松峠鬼神敵討』(松風亭琴調)続きを読む。善人側の名前は夏目千太郎、小島達吉、米屋鬼八などとまともだが、悪人の方の名前が東風谷鎌庵(こちやかまあん)、烹手毛九圓次(にてもくえんじ)、夜雲仁太郎(よくもにたろう)、放屁玉六(ほうひのたまろく)、鳰井可愚八(においかぐはち)ときた。別にこの作品ばかりが変なのではなくて、読本というのはみんなこうで、読本作者の中では図抜けて大まじめな滝沢馬琴の『里見八犬伝』でも、脇の方には月簑團吾(つきみのだんご)だの根古下厚四郎(ねこしたあつしろう)だの長城枕之介(おさきまくらのすけ)だの奧利狼之介出高(おくりおおかみのすけいでたか)だのといった、杉浦茂のマンガ かいなと言った名前が多出している。

 読本におけるこれは工夫みたいなもので、読者のそのときどきの興味を引くスピーディな展開主眼の読本であれば、主要でない端敵のキャラクターをいちいち細かく描写してもいられない。立敵はそれぞれ筆を費やすから普通のネーミングでもいいが、木っ端敵は出てきただけで説明の要なく小悪党とわかる名前をつけて、個別の描写をはぶいても読者に了解できるようにした、これはサービスであった。この伝統は、後に大人向けの小説では廃れたが子供向けの読み物になお残り、やがて手塚治虫などのマンガに受け継がれ、豚藻負児(ぶたもまける)、須武田行座(すぶたぎょうざ)といった珍妙なキャラクター名は、手塚作品のひとつの特長にもなっていた。それは、どんなシリアスな展開をしようと、その一点で“これはマンガなんです。どんなデタラメでも許されるおあそびの世界なんですよ”という作者手塚のエクスキューズであり、強い誇りに支えられた主張でもあったと思う。この伝統は桑田次郎作品などにも顕著に引き継がれて、『まぼろし探偵』では負傷するのが毛賀田(けがた)さん、殺されるのが四根(しね)刑事、などという徹底した役の具象化命名がなされていた。こういう楽しい伝統も、いまやほとんど消滅している(新本格とかライトノベルでは形を変えて復活しているかもしれない)。そう言えばもう二十五年も前の作品だが、テレビ『熱中時代・刑事編』では、脚本の布施博一が遊びに遊び、放火犯が日尾津蹴三(ひおつけるぞう)、容疑者が歌川礼太(うたがわれいた)なんて名前になってい たものであった。

 7時15分起床、朝食はソバ粉薄焼き、リンゴにコーヒー。さて仕事を、とデスクに向かったら、卓上のライトがパチパチと点滅、タッチ式のスイッチを何回かON/OFFに切り替えていたら、ピタッと“ついたまま”になって、消えなくなった。つかなくなって壊れたというのはよくあるが、壊れてついたままになる、というのは珍しい。何にせよ、この卓上ライトは15年前に結婚して参宮橋のアパートに新居をかまえたときに買ったもの。よくまあ保ったと言えば保ったものである。

 朝、K子に言われて区役所へマンションのローン契約に必要な印鑑証明書を取りに行く。今日はK子はこれからすぐに大阪へ出立、元ナンビョーサイトのぺぇさんに、ホームページの作成法を一日がかりで伝授してもらいに行く。明日、私と大阪で合流というわけだ。今夜はひさしぶりのチョンガー、とはいえ雑用多々なので家で寂しく 夕食。

 昨日、ちょっとどうしようもない私事で問い合わせのメールを出した東雅夫さんからすぐ返信メール。しかも、その返答に添えて、ずっと以前、私も関わってひどい目にあった某社の企画(東さんとはそれからしばらく、会うたびにその出版社のコキおろし大会となった)が、それっきりペンディングになっていたのを復活させることは出来ないでしょうか、という依頼が添えてあったのにびっくり。これは嬉しい話であるし、実現すれば今年後半から末にかけての大きな柱の仕事となる。無駄になったと思った企画案が、ひょんなところでまた陽の目を見る、ということほど嬉しい話はない。しかし、これからこの日記に、東という名前が出るたびに、果たしてヒガシ雅夫氏のことなのかそれともアズマ浩紀氏か、読者が迷いはしやせぬかと心配。こんな心 配をするのも私くらいだろうが。

 ライトを買いに東急ハンズへ。しかし、印鑑証明貰う区役所と、家電を買うハンズのどちらにも五分(区役所は三分)で行けるというのは凄まじく便利なところに住んでいるんだな、俺は、と改めて感じる。新中野に移っても、当分渋谷のこの仕事場は手放せない。ライト買って、それかついだまま青山へ。紀ノ国屋スーパーで今夜の酒の肴と、切れたアミールSなどを買い込む。一旦帰り、昼食はそこで買った五目炒飯 に鶏肉の炒め物を乗っけたやつ。

 午後はフィギュア王へ図版ブツ送る手配をしたりなんだりの雑用で過ぎる。メールも私用と仕事関係、双方多々。西原理恵子さん、次回と学会例会参加希望とのこと。“鳥”という呼称は最近、彼女周辺では小ブームのようだが、さてこれでどこまで認知度が高まるか。あと、四街道のカストリコレクターK氏の手放したコレクションの行方が、案外近くにあることがわかって驚いたり。これはぜひ一度、見にいかなくてはな。フィギュア王からは特集記事原稿の依頼も。さらにOTC『平成オタク談義』新担当Aくんにメール、また撮影時期の打ち合わせ。講談社『Web現代』Yくんからは新連載の具体的な内容ツメのメール。また銀河出版Iくんからは単行本表紙案について。K先生、M先生などの大物で(もちろんアリ原使用だが)はどうか、と打診 するだけはしてみる。

 夜9時、買ってきた魚の干物焼き、酒。他にアボカド半個(まだ熟しておらず、固かった)とロースハムなど。DVDでルネ・クレール『そして誰もいなくなった』。学生時代、初めて恵比寿だったか五反田だったかの名画座でこれを観たとき、隣の席でなをきがあまりの面白さに興奮していたのを思い出す。バリー・フィッツジェラルド、ウォルター・ヒューストンはじめとする名優たちの名演技、名演出。ヒッチコックの『レベッカ』で怖い女執事をやっていたジュディス・アンダーソンが今回は殺され役だとか、退役将軍役と言えばこの人、のセシル・オーブリー・スミスがやっぱり退役将軍役で出てくるとか、あまり頭のよくない探偵役のローランド・ヤングは、以前1922年の『シャーロック・ホームズ』(ホームズはジョン・バリモア)でワトソン役を演じ、こういう役回りはお手のものだとか、キャスティングまで凝りに凝っているのである。久しぶりのわが家での酒にいい気分で酔うが、明日は朝8時半に家を出る。大丈夫か(日記更新は来週まで休み)。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa