裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

火曜日

超人料理

 スーパーマンやウルトラマンがステーキ食ってるとこなんか、見たことないだろ。朝、7時半起床。少し焼酎が頭に残る。ゆうべI矢くんが“焼酎はどんなに飲んでも二日酔いにならないから”と言ったとき、私やS山さんたち飲んべえ派が一斉に“そんなことはない!”と反論したのが可笑しかった。まあ、確かにワインなどの二日酔いに比べれば無いに等しい程度のものだが。3時ころ、昭和50年代くらいの青山の古くさいビルの事務所(私のものらしいが)のガラス製の棚に銃弾が撃ち込まれたのを、警察の鑑識課が調べている夢を見る。バックに流れる音楽があって(それを不思議に思わないところが可笑しい)、何だったろうなあ、としばらく夢の中で考えていたが、目が覚めてから、『刑事コロンボ』の犯罪シーンで流れていたBGMだと気がついた。起床時には思い出せといったって思い出せないような曲だが。

 朝食、ソバ粉焼き、フジリンゴ半個。半分をさらにK子と分けるのだから、実際は四半分個か。以前出した企画、某社からまだこれだけでは何とも……と気乗り薄な返 事が昨日あった。残念。も少し機運が熟するのを待つか。

 資料本を探しに外出、ブックファーストで何冊か。ついでにコミック売り場で今日発売の『ヤングマガジン・アッパーズ』買う。『バジリスク』はまず立ち読み。薬師寺天膳の復活の描写に大笑い。山田風太郎で言えば『甲賀忍法帖』というより『陰茎人』とか、あのあたりの奇想小説に近いアイデアである。他にも今回は原作では冒頭部分にしか出てこない服部半蔵と、その息子の会話があるなど、徐々に原作離れが進行している。……以前に私はこの作品の魅力のひとつを“原作に驚くほど忠実な漫画化であるところ”と書いた。そのデンで行くと、これらの改変はけしからんことになるのだが、この二点に関しては、腹を立てる気にはならず、むしろやむを得ない処置 かも知れぬ、という気になった(やはりこの作品には甘いか?)。

 まず当初からこの作品は、絵的なイメージを優先させて、原作にある疑似医学的な解説を全てカットしている。医者である山風の作品の魅力はまさにそこにあるのに、と原作トリビュートなファン(私もであるが)が不満に思うところだが、しかし、現在のアッパーズ読者で、あのまことしやかな医学解説の面白さを読み込める読者がどれだけいるか。コミックはコミックらしく絵のインパクトで勝負しようと、思い切って作者(せがわまさき)が忍法の解説全てをカットしたのは英断だったと思う。で、登場する二十人の忍者の術のうち、文字で読んで最も驚天動地なアイデアでありながら、絵になりにくいのが、薬師寺天膳の不死忍法なのである。あのタネあかしを、まさかああいう具合にやらかすとは、と、むしろ原作を読んだ人たちの方が仰天するだろう。連載もそろそろ終盤に入ってきて、当初は原作未読の読者の数の方が多かったのが、だんだん原作を(こらえ切れずに)読んでしまった者の割合が増えてきている頃だろう。原作既読者が多くなると、どうしてもストーリィ展開にダレが生じてくるものだ。そこらへんで多少原作から離れてテコ入れをきちんと図るあたり、見事、と逆に言いたくなる。それにしても、この設定は、ラストでまた生かされるのか? すると……。

 さらに前回に引き続いての服部半蔵の登場は、これまた漫画ではちょっとやりにくい阿福(春日局)の性格を、稲葉佐渡守の妾を殺したエピソードを持ち出して解説する、説明役のためなのだろうが、ちょっと驚いたのは、半蔵を四代正広と明言したことで、これは時期的に言ってきわめて正確である。甲賀忍法帖の年代設定は慶長十九年と原作に明記されているが、この時期、初代半蔵正成の長男で二代目半蔵となった正就は九年前の慶長十年、部下の反乱にあって死亡、初代の次男でその後を襲った三代目正重は前年の慶長十八年、幕府の金山奉行だった大久保長安がその死後に一族誅殺の憂目を見た際、妻が長安の娘だったところから連座して失脚、初代の三男であった正広が四代目を継いだばかりであった。そんな、いまだ服部家を継いで間もない時期、しかも先代先々代と不祥事が続き、あまつさえ初代が家康の愛した長子信康の死の使者という不吉な役割を請け負ったことで感情的に疎んじられていたことを知っている息子の身だからこそ、服部家のコンプレックスを、この跡目争いのキーマンの役を担うことで払拭しようと躍起になり、父のあえて封印した魔人に等しき忍者たちの不戦の条約を、軽率にも解くという設定が、すんなりと理解されるのである。

 しかし、原作の方ではこの半蔵は二代目と表現されている。失脚した奴や部下に殺された奴は勘定に入れないということなら二代目でいいだろうし、そんな複雑な事情をいちいち説明して読者をわずらわせる必要などないという意味ではそれで問題ないのだが、どんなに奇想天外な設定で時代劇を書こうが、歴史事実を改変することは基本的に滅多にしない山田風太郎としては(例えば、阿福の行動を半蔵の部下が“ぬけ参り”と前回称していたが、この時期、阿福が竹千代擁立の祈願と称して秘かに伊勢にぬけ参りをしたことはフィクションではなく、ちゃんと軍学者・大導寺友山の『落穂集』に書かれている、と、原作ではちゃんと断っているくらいである)やや、手落ちの感は否めない。この『バジリスク』は、原作をその意味ではフォローしてさえいるのである。おまけに、先代半蔵の失脚に関わる大久保長安と言えば、『天の川を斬る(銀河忍法帖)』の、私が山風忍法帖の中で最も魅力的な大悪役と推する人物であり、半蔵正広と言えば、山風忍法帖の短編で“奇妙な味”のベストに推したく思っている『忍者服部半蔵』の、あの主人公ではないか。ぜひぜひ、せがわまさき氏には特別編で、半蔵正広が四代目を継ぐに到った経過を描く『忍者服部半蔵』を漫画化して もらいたいものだ。

 ブックファースト出て東急本店地下の紀ノ国屋で買い物し、帰宅。パックのご飯を温め、冷凍の牛挽肉をオイスターソースで炒め、買ってきたナムルと一緒に乗せ、徹底してかき混ぜて、ビビンバを作る。これを、昨日“おれんち”でももさんに貰った青唐辛子味噌で食べる。味噌に大量の生青唐辛子と、枕崎の鰹節を混ぜて作ったものだそうで、これを、最初はおそるおそる、しまいには鰹節の風味のせいか、そう辛いとは感じなかったのと、辛い中になんとも言えない甘みがあったのとで、かなり大胆に投入して食べる。食べている最中に頭のてっぺんにヒューヒューと風が吹いてくるような感じがして、食べ終わった後、頭に手をやってみると、髪の毛がぐっしょり濡 れていた。すごい汗である。

 午後は太田出版のと学会本原稿の手直しと、ミリオン出版の原稿の手直しでつぶれる。なんとか終わったときには肩がもうゴリゴリ。新宿に行き、サウナに入って、血のめぐりを回復させるべく勤める。マッサージは男の先生。女性の方がそりゃ、体に触れて貰うのが嬉しいが、やはり指の力は男性が上。ぐいぐいと揉み込まれる痛みと快感に、うめき声あげっぱなし。青唐辛子味噌の、辛いが美味い、という二律背反に 相通じるものがあるな、これは。

 揉まれ終わって、地下鉄大江戸線で麻布十番まで。乗った駅が西新宿だったが、都庁前で一旦乗り換えねばならないのであった。大江戸線の、あの、車両が入ってくるときの異様な音は何とかならないのだろうか。で、麻布十番駅に着き、その“一番出口”なるところに出ようとするが、これが遠い遠い。アッチへ曲がりコッチを抜けてと、ほぼ一駅分くらいは歩いたような気になる。東西線と無理して駅共有の交互乗り 換えにしようとした故の不便さである。

 K子とそこで待ち合わせて、蕎麦居酒屋『川上庵』。麻布十番にはいい蕎麦屋がいくつもあるようだが、ここをまず、選んだのは“夜遅くまでやっている”から。と、いうか、平日には午前5時までやっているから、夜遅くどころではない、“朝早くまでやっている”店なのである。私は、入って“あと一時間ですが、よろしいですか”などと訊かれるような店は、例え食べるのに三十分しかかからない場合でも、何か落ち着かないのである。ネットで検索したら、蕎麦の評判はいいようなので、ちと試み てみようと思ったのであった。

 他の店舗や住宅群は古くさく汚れているのに、食い物屋だけが新しくて豪勢というアンバランスさが最近の麻布十番にはある。『川上庵』もご多分にもれず、蕎麦屋とは思えぬ豪華な作り。フレンチ・レストランの雰囲気の中で蕎麦を食べてください、というコンセプトで、こういうスカした作りを私はあんまり好まない。店内は薄暗くて、クラシックぽい音楽が流れている。客の半数は女性同士の連れで、ネットで調べた店の評価では、静かな雰囲気ということだったが、なるほど店は静かかも知れないが、客がうるさい。ことに、同じ禁煙席(禁煙席は他の客席より一段高いところにしつらえられており、これはよし)の奥で十人ほどで騒いでいる、女性集団が非常にやかましい。クラス会かな、と最初思ったが、平均年齢が二十代前半から三十代半ばくらいまでまちまちで、全員がある程度以上のルックスのことから考えて、六本木あたりのモデルプロダクションの飲み会なのではないかと見た。一人、イノシシみたいな体型の女性がいて、これが一座のリーダーのようだったから、マネージャーかもしくは社長か。K子に、あまりジロジロ見るな、と怒られたが、こういう、人の素性を推 理するシャーロック・ホームズ遊びはなかなか面白いのである。

 酒はまずビール(『琥珀の時間』)。それから熱燗を頼む。あたり見回すとワインを頼んでいる女性客が多いようだが、ソバは日本酒でしょう。突き出しはブリと大根の煮物。薄味でいいが冷えているのはちょっと。なにしろ、昨日『おれんち』でまず最高級のお造りを食べたので、魚は遠慮して、馬刺、豆腐三種盛り、ひたし豆、野沢菜、しいたけの醤油焼き、それにそばがきを頼む。馬刺と豆腐はまあまあ。豆と野沢菜は長野直送ということで、K子は気にいらないようだったが私は喜ぶ。そばがきはちょっとハズレ。ソバ粉の感触を残すためにかなりの粗挽き粉を使っているようで、粘りがほとんどない。まあ、こっちの方がいいという人もいるのかもしれないが。しいたけは小ぶりだが、味が濃くてなかなか。総合的には合格点……とはいえ、わざわざ麻布十番まで出張って来て食べるものではないなあ、と、いう、いささかマイナス評価に傾いた気持ちで、最後に一応、ソバを食ってから、とおろしソバを頼む。そしたら、これがちょっとしたひろいもの。細めでボキボキしたような感覚は、昨日のおれんちのソバとタメをはる、ソバの濃い風味を感じさせるもので、そこは専門店だけに、比べればこちらに軍配があがる。ツユも結構。しかも、お勘定と言って出された値段が、予想の半分程度であった。……ソバ食うためなら、もう一度来てもいいかもしれないと、評価を改めた。しかし、ソバ食うのにいちいち予約が必要てのもなあ。タクシーで帰宅、明日は早いのですぐに寝る。

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