裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

土曜日

宝塚負け組

 タイトルにあまり関係はないけど、“ハルウララ”って宝塚スターみたいな名前だと思うのだが。7時10分、起床。シャワー使って、一階のレストランで朝食バイキ ング。このスイスホテルにこのあいだ仕事で泊まった立川談之助さんから、
「さすがスイスって名前のホテルだけあって、朝食からブルーチーズがある」
 と聞いていたが、本当にチーズが何種類か置いてあった。その他はあまりパッとせず。パンがどれも菓子パンみたい。グッチ裕三みたいな顔したシェフに目玉焼きを焼 いてもらい、ベーコンと。

 部屋に戻ってメールチェックする。モバイルの調子、やはりよくない。8時半、そろそろチェックアウトしようと思い、ふと窓外を見ると、真っ白である。昨晩はかなり寒く、朝、窓にびっしりと結露していたので、それだと思い、“まるで雪降りみたいだ”と口走ったが、なんと、よく見ると本当に雪だった。朝食に降りたときは晴れ ていたので驚く。

 待ち合わせは心斎橋の日航大阪ホテルなので、ぶらぶら歩いて行こうかと思っていたのだが、K子がオゾケをふるって、タクシーにする。ロビーで月城(N川)さん、その友人で制作会社のTさん、そして、今日これから名古屋の旭堂南湖さんの会に行くという芦辺拓さんと待ち合わせ。近くの喫茶店で雑談。見ると、ホテル正面に並んで建っていた心斎橋大丸とそごうのうち、そごうデパートが取り壊されている。芦辺さんに“取り壊されるなら大丸の方かと思ってました”と言ったら、“昨今の人は村野藤吾(そごうデパート設計者)の建築の価値を知らんのです”とちょっと憤っていた。大丸の中二階の喫茶店で、江戸川乱歩が……というような探偵小説オタ話。国際児童文学館の話などする。西条八十の少女戦隊モノ小説『あらしの白鳩』の話をしたら芦辺さん、少女戦隊の元祖は吉川英治『神州天馬侠』ではないか、と。

 12時の新幹線に乗る芦辺氏と別れ、道頓堀近辺に行き、『今井』という大阪うどんの店で昼食。Tさんは、さっきの喫茶店での私と芦辺さんの話がマニアックすぎてイッコもわからなかったようで、N川さんにさんざツッコまれていた。そこを出たら金龍ラーメンの近くに帽子専門店があった。ちょっと立ち寄って、夏用の帽子を二つばかり購入。新幹線の時間変更(有馬から神戸への距離を甘く見ていた)にJTBへ行く。K子が手続きをしている間に、旅行案内を見るが、関西人のカニ好きを実にダイレクトに表しているというか、カニグルメツアーのパンフレットがやたらにある。“かにを食す”“めちゃかに好きやねん”“かにとビールのうまい宿”“かにかに日 帰りプラン”エトセトラ。

 変更をすませて電車で三の宮駅。K子はここからポートライナーでポートピアホテルに向かいチェックインする。私はN川さん、Tさんと、ライブハウス・神戸チキンジョージへ向かう。FM放送『湾レスミュージックマックス』出演のため。DJの湾岸たろうさん、迎えに来る。チキンジョージの名はあちこちで聞いて知っていたが、スタジオというのはそこの2階の、船室みたいな、狭苦しい、人が3人も座ればギチギチ、というようなスペースである。N川さんはメールで何遍も“驚かないでください”“呆れると思います”と予防線を張っていてくれたが、こういうところは秘密の隠れ家みたいで好きなのである。いきなり番組録音に入ったのでややとまどうが、地方FM番組で気取ったりかまえたりすることもないので、気楽にどんどんとばせる。トリビア中心に1時間半ほどしゃべって終了。こういうのも悪くない。N川さんがかなりこちらに気を使ってくれていた。言ってくれればどんな番組にもヒョコヒョコと出る軽い男なので、気にしなくても結構と言っておく。

 K子と待ち合わせの三宮駅西口まで高架下を歩く。三宮の高架下は震災で全滅して復興したものだろう。復興してまだ間がないはずなのに、もうゴミゴミして薄汚れて高架下のいい雰囲気が出ているのに感心する。今回は時間がなくて行けないが、以前金成由美さんに教わった元町の高架下商店街がかなりアヤシゲな雰囲気で好きなんです、と湾岸さんに言うと、“神戸の青少年はたいてい、あそこでAVの初買いを体験するんです”とのこと。時間があるので三宮駅下の喫茶店でお茶。N川さん、湾岸さ ん、Tさんの三人がそれぞれパフェを頼んだのに驚く。

 時間になり、西口に行くともうすぐにS山、I矢、T橋のと学会三人組がいた。N川くんたちとはそこで別れる。K子がなかなか来ないので携帯で連絡すると、西口で降ろせとタクシーに言ったのに中央口で降ろされた、これだから神戸は、と電話口でカンカンに怒っている。こっちに怒られても困る。さて、これから『あら皮』であるが、まだ時間も早いので、山手通をぶらぶら歩き、にしむら珈琲店で雑談。彼ら三人はK子の“あたしたち『あら皮』行くの〜、キミたちも行く〜?”と言う挑発をマに受けて、本当にステーキを食べるためだけに神戸へ来てしまったのである。それでもワイン通のI矢くんは異人館で凄いワインセラーを見学して、感動してきたらしい。K子は途中の薬屋で胃薬を買ってきてのんでいる。昨日のクジラがまだ残っている、という。三人をうらやましがらせるためにクジラばなしをしばし。最近のクジラの方が、捕鯨禁止前より絶対にうまくなっているはず、というのは、人間を恐れなくなったクジラどもは、人間の漁業海域にまでどんどん進入するようになり、イワシをばくばく喰らっているという。西玉水のご主人の談によれば、これまでアミしか食べないはずの種類のクジラの胃にも、解剖してみたらイワシがどっさり詰まっていたとのことである。その旨みが肉に全て染みわたっているのである。イワシ資源のここ数年の激減は調査でもあきらかだ。その原因は、増えすぎたクジラの大食にある。自分たちはクジラ肉を食べないから、と捕鯨禁止を押しつけてきたアメリカも、サーディンが食えなくなる、となったらころりと捕鯨再開に鞍替えするのではないか。ともかく、栄養が十二分に行き渡り、出産率も増加したクジラは、いま増えすぎて生態系を壊し兼ねない状態である。牛がダメ鶏がダメないまこそ、クジラ資源の再開発の時代。

 そうこうするうちに時間が来て、いざ(まさに“いざ”ですな)あら皮へ。通りの向かいに大きい高級マンションがデンと建っていたが、店の手前の雑貨屋(トイレットペーパーなどを店頭に積み上げて売っている)などの庶民性は変わらず。その隣に日本一高級なステーキハウスがあるというのがいかに神戸でいい。入って席につき、注文。I矢くんにワインをまかせ、イタリアワインのバローロで乾杯。オードブルとかサラダとか、いろいろ出たが、何ひとつ記憶に残らない。ここはとにかくひたすらただ一筋に、肉、である。S山さんはヒレ、T橋、I矢両氏はサーロイン、私とK子はここでの定番のイチボ。K子はミディアム・レアで、私はベリ・レアで頼んで、焼き上がってくるまでを雑談でつなぐ。発酵バタはやはりみんなに好評。厨房をのぞいてみると、例の創始者のせがれというシェフが、巨大な肉塊をナイフでスカスカと切り分けて串に刺し、塩胡椒して竈に入れている(ここのステーキは竈焼きなのだ)。見ていると、しょっちゅう取り出しては焼け加減を確かめている。老舗なのだから、焼け具合などもうカンで心得ていて、時間が来て取り出したらもう最高の焼き加減、へたに動かしたら肉汁が失われるのだ素人め、という感じではなく、一切れ一切れ、オタクがフィギュアの出来を確認するように、丁寧に火の通り具合をチェックしてい る。その真剣な目つきに感心。

 やがて皿に乗って供される肉の固まり。ナイフ(これがきちんと研がれた、よく切れるナイフ。子供が怪我をしないようにと昨今のファミレスで出される、ケーキすら切れぬ代物ではない)でサク、サク、という感じで切っていくと、カリカリの表面の内部は、とろりととろけだしてきそうな柔らかさの赤い身で、まさにベリ・レア。口にふくんで、“ふあっ”とため息が出る。私は何度かここのステーキは食べているからまだ“ふあっ”くらいですむが、初めての三人の方はどうか。S山さんが“うぁーむ”というようなうめき声を発した。あとはしばらく無言でみな、ナイフとフォークを動かす。200グラムを食べ終わったときは、さすがにもうしばらくステーキはいいわ、という感覚になった。

 金曜で、ほぼ満席、二階まで客が入る。サラリーマンたちが食事会に使っているようで、不景気とはいい条、カネがある人たちもいるんだなあ、と思う。お値段が来るが、さすがな額。自分の財布からだとちょっと怖くて出せない。経理を全て把握しているK子が気軽にひょいと出すんだから、まあ、わが家にこれくらいの蓄えはあるのだろうが。……私はどれくらい今、稼いでいるのか?

 出て、ポートアイランドまで帰り、30階のバー『プレンデトワール』で飲む。土曜ということもあり、またロータリークラブの会合が開かれていることもあるが、えらい混み様であって、あまり夜景を眺めてロマンチックな気分に、という感じではない。まあメンツもロマンチックな顔ぶれではないが。さっき食った肉の思い出ばなしをみんな存分に語る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa