裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

26日

土曜日

高気圧に入らずんば虎児を得ず

 梅雨前線が居座っていては虎狩りに出かける気力もでないということ。朝、7時半起床。朝食、トウモロコシ1/3とクレソンの蒸したの、スイカ。東北で震度六の地震とか。あのつくんの野菜は大丈夫だろうかと心配になる。“あのつくんは大丈夫だ ろうか”でないところが鬼畜である。

 服薬入浴洗顔歯磨すませ、日記にかかる。昨日はいろいろと書き込むことが多く、書き上げてやれやれと思ったとたんにパソコンがフリーズ。再起動させた際に手違いで全部消してしまい、呆然となる。ふてくされながらもう一回書き直し。母からその 最中に電話。ダイエットばなしなどしばし。

 渋谷センター街を歩き、明日が土用の丑の日ということを思い出して、駅前の鰻屋に入ってうな重。うなぎのクラスに、この店には松竹梅の他に“桃”というのがあるが、なぜ桃なのだろうか。中華ならともかく、日本料理なら桜とするのが普通の思考ではないかと思うのだが。ボケたような婆さんが“二人、二人です〜よ”と言いながら入ってきて、広いテーブルについたが、結局一人きりだった。ボケたふりをしたズ ルだろうか。

 そこから、ちょっと神保町へ用足しに。地下鉄降りてしばらく歩くが、今日は目的の場所休みにつき、空しく新宿へ移動。エイサー祭でえらい人出。紀伊國屋アドホックで買い物して帰る。何か不発的な外出であった。まあ、こういうこともある。本を片手にベッドで横になり、いろいろと読み散らかす。ササキバラゴウさんから日記本赤入れのことで電話。コーナーを回って直線コースに入ってきたというあたり。

 夕方になって体調も気力も、午前中とは格段の差で回復。こりゃ梅雨があけたな、と直感。下北沢まで出る。7時、下北沢OFFOFFシアターにてうわの空藤志郎一座の公演『ハッピーバースデー』。階下で開田さん夫妻と落ち合う。開田さんが“誰もいませんね、まだ時間が早いから少しどこかで時間つぶしますか”と言うが、一応用心のため、と思い、階段上がってみると、もう客席はかなり埋まっていた。危ないところであった。入ってみたら、“カラサワさーん!”と声をかけられる。見るとモモ・ブラジルとマッドブラバスターLEE。他にも亀頭たける、神田森莉、後からくすぐり男爵と、プリンセスみゆき(ベギラマ)の友人関係ずらり。“決起大会かい”というような具合になる。年配の婦人の姿も見え、開田さんたちと“誰かの親かね”と話したんだが……(後述)。河出のSくんも来。会場、補助椅子を出す人気。モモたちにうわの空の芝居をちょっとレクチャーする。

 で、今回の『ハッピーバースデー』。毎回この劇団のことは褒めすぎなので、最近は筆を押さえよう、と思い思い書いているんだが、それでも感心してしまう。なんでこんなに自分の好みにハマるのか、と思っていたのだが、ネットのサイトで村木藤志郎のプロフィールを見たら、誕生日が5月24日と、私と二日違いの双子座。おまけに血液型もAB同士。そのせいかも知れないなどと思ったりする。驚いたのは身長も171と、私と同じ(もっとも私のは右足で立ったときの身長)だということ。舞台ではもっと大男に見える。

 とにかく今回の芝居はうるさい。やたら登場人物がどなりあう。どなりあう芝居というのは大抵内容がないものだが、今回はそのどなりあいが徹底して笑えるギャグになっている。小林三十朗は『中年ジャンプ』以来これが三回目の出演だが、今回が最もノリがよかった。村木の、あれは天性としか言いようのないテンポの突っ込みを、スペルゲン反射鏡のごとくポンポンと受けて返していく掛け合いの見事さはちょっとない。痺れた。これだけ座長のノリがいいと、逆に彼が登場していないシーンのテンションが落ちるものだが、今回はそこを長男公太郎役のキクチマコトが見事にカバーしていた。発明者にして予言者という設定からくるギャグも数多く与えられていて、もちろん得なのだが、ボケなのにみんなをまとめていくことが出来るという、なんとも言えない存在感がある役者だった。プログラムよれば、(タッタタ探検組合)という劇団に所属している人らしい。ちなみに、その下には“牧沙織(ベギラマ)”とあり、知らない人は絶対、ああ、この女優はベギラマという劇団からの客演参加なのだ な、と思うことであろう。

 で、そのベギラマ。彼女の現場強さはくすぐリングスなどで夙に知られているし、センスも中野貴雄などが認めるところ。とはいえ、まだまだ芝居は素人同様なのに、なんと今回は看板女優の島優子とのダブルキャストである。抜擢する村木氏もいい度胸だと思うが、不安7割というのが正直なところだった。しかし、イヤおみごとでした。……もちろん、まだまだ未熟な部分は多い。ことに発声。舞台声というものがまだ出来ていないから、ボリュームの目盛りが他の役者さんたちよりひと目盛り低い。みんなでワイワイやるシーンの多い今回の様な芝居では、どうしてもその中に埋もれてしまう。村木演ずるお巡りさん、ケンイチとの間柄は『サヨナラ』のキヨとミキジのバリエーションなのだが、ああ、島優子だったら、あの二人の仲良しゲンカはもっともっと、講釈師が張り扇で台を叩くようなパンパン、と音のする威勢のいいものになっているのだろうなあ……と、これは続けてこの劇団の芝居を見ているだけに思え てしまう。

 しかし、舞台上の彼女には、その欠点を上回る存在感があった。これは私が贔屓で言うのではない。あのティーチャ佐藤真、そう、前回の『一秒だけモノクローム』で素人の存在感を見せつけた西山さん(年期の入ったうわの空ファン)も、劇団のサイトの掲示板で認めているのであった。一家のヒロイン、みんなが自慢する“美人のお姉ちゃん”というキャラクターが、セリフも動きもなくても、彼女が出てくるだけでそこにキチンと存在したのである。これは凄い。華というか輝きというか(村木座長は“品”と後で言っていて、後で小さな感動を覚えた。AV出ていた女に品かい! などと言ってはいけない。役者の品は、あらゆる汚濁を飲み込んだ池の泥の中から、蓮の花のように開くのだ)、そういう資質がとにかく感じられる。ケンイチが彼女目当てに用もないのに家にあがりこんでくる、という設定が、とても自然に感じられる のであった。

 他の役者さんに触れると、尾針恵は持ち役のコドモ演技で安定していたし、小栗由加もまた例によって伝法な、しかしちゃんと一家のカナメになっているしっかりものの妹を演じて結構。“バーカ、バーカ”というセリフがこれほど似合う役者もいないだろう。似合っても困るかもしれないが。次男時次郎の小川和孝、前回に引き続き、一番まともなのに、どこかでフイ、とレールをはずれるキャラ。よく見ると凄くいい男だと思うのだが、このヘンさは何なんだろう。意外な拾いモノだったのが今回初出演の新人、三男三郎太役の宮垣雄樹。口を開けば“スシ食いてえ”“フランス料理食いてえ”と、食い物のことばかりという頭カラッポのヤツ、確かにわれわれの子供時 代にはよくいた。キャラに見事にあっている。

 嫌なヤツの一人もいない、楽しいことこの上ないこの舞台が、一転して悲しい結末を迎え、そして、ラストの全員での“ハッピーバースデー!”の声。ふと脇の席を見ると、観る前に“なんかホロリとしましたなんて感想をくすぐリングスの掲示板に書き込んでるのがいましたね、アハハ!”などと言っていたモモ選手とLEE選手が、ティッシュを目に押し当てていたし、開田さんも目尻をぬぐっていた。モモ泣き笑いしながら曰く“まんまと思うツボに!”。

 終わって出て、開田夫妻、Sくんと、K子と待ち合わせている虎の子に行くが、さすが土曜日で、まだ満席。昨日のソバ屋へ入って時間つなぎ。K子から電話で、店にとみさわ昭仁さんも呼んでいる、という。早々にソバ屋は出て、ベギちゃんたちの打ち上げの席の『祭ばやし』へ。驚いたことに男爵たちもみんな来ていた。いや、もっと驚いたのは、さっき客席で見かけた、細身でセーター姿の婦人。ベギちゃんが私に紹介して曰く、“母です”と。うわ、と小さく叫んでしまった。なるほど、言われて見ると面影が。“やっとお母さんに見せられる仕事をしたねえ”と、変な褒め方をする。お母さま曰く“あのコ、何をやっているのか、全然私に教えてくれないんです”と。いや、世の中には知らせないのが親孝行((C)山本竜二)、ということも。

 村木さん、島さんと話す。意外や二人ともベギラマを大褒め。村木座長はさっき書いたように“彼女には品がある”と言い、島さんは“最初からどんどんアイデア出してきてくれて、あのサツキの役はほとんど彼女が作ったみたいなものです”と。そんなこともあるまいが、しかし、もう何年もうわの空でお芝居やっている人が、ポッと入りの子に、どうしてここまでよく出来るのか。感心・感動し、ついで、“いや、そんな優しくしないでもっともっといじめてやってください”と言いたくなる。実力ある女優さんからいじめられ、シゴかれるのが、後輩女優にとってはまたとない勉強なのだから(女優に限ったことじゃない)。キクチマコトさんにも挨拶したが、舞台のあの存在感からは信じられないくらいひかえめな感じで、おとなしく座っている。島さんに聞いたら、練習のときからそういう人なのだそうだ。

 来年の紀伊國屋ホール進出のことも、村木さんと少し話す。“小さいところでばかりやってきたから、大きいところでの演出が難しい”とのこと。イッセーのときのことを話して、大きいから豪華にしよう、とか思わないで、なんとか小さい劇場の味をそのままに持っていくところに頭使った方が絶対いいですよ、と進言しておく。

 11時過ぎまでなんやかや話していたら、K子から“何してるの!”の電話。あわててわれわれは退去。虎の子で、K子、とみさわさんに合流。すでに料理のラストオーダーは過ぎていたが、乾きモノなどで乾杯。話はずみ、酒もどんどんと入る。Sくんと次の本の打ち合わせもやる。気圧が高くなってきているせいだろう、脳内分泌も活性化したか、多幸症的ハイといった症状。同じ気圧人間の開田あやがやたら声が高く、主張が攻撃的になってSくん往生していたが、これも気圧のせいであることはあきらか。2時過ぎまでしゃべりまくっていた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa