裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

16日

水曜日

づぼらやプロダクション

 先代社長がタイにふぐ料理の権利を……。朝、札幌の街を歩く夢を見る。この通りは以前に何回か夢に見た記憶がある。もちろん実際の札幌の通りではない。バスの窓から見る狸小路のはずれの街並が原型のようだが、古い映画館や遊技場が立ち並ぶ、うら寂びた通りである(私の夢の中に出てくるのは決まって古くうら寂びた街ばかりなのだ)。で、古い映画館に入るのだが、ここの映画館は中をパーティ会場として貸切に出来る。偶然入ったのだが、そこにはオタクっぽい感じの人々がたくさん集まっていて、中には私の顔を知っている人も何人かいる。今日、私の知り合いの某映画関係者を招いて飲み会をやるのだという。その主賓がやってきて、私にもヤアと挨拶したが、驚いたことに彼の顔はパンパンにふくれている。内蔵系の病気で、もう余命がいくらもないらしい。それなのに彼は精一杯、ファンの人たちと会話している。何かけなげで涙が出てきて、ぼんやりとしている周囲の若いファンに、きちんと世話をしないか、と叱りつけるあたりで目が覚めた。昨日の坂口祐三郎の死去がかなりこたえているのかもしれない。

 朝食、トウモロコシとピーナッツスプラウトの蒸したの、スイカ二切れ。昨日ビール、焼酎、日本酒とチャンポンだったのでしぶり腹であるが、それ以外の体調は極めてよし。何か躁状態っぽい。入浴、ヘンケルの胼胝削りを使うが、一度刃を替えて以降、刃を押さえる金具がやたらすぐ外れるようになってしまった。昨日アスペクトか ら届いた、日記本の流し込み見本刷りをチェック。

 長崎飲料の発酵茶、買い置きが残り少なくなっている。これではこの夏じゅうは持たない。紀ノ国屋でも西武でも終売らしいので、ラベルに書いてある本社の方の番号に電話。まとめて買いたいのですが、と言うと、こちらからお届けしますという返事である。では、と24本詰めセットを二箱、買った。ところでこの会社の住所は長崎 県佐世保市ハウステンボス町。まだこの町名なのだろうか。

 長崎と言えば例の12歳殺人犯、2ちゃんねるでは鴻池大臣の発言に圧倒的支持があるそうで、週刊新潮も今週号で“少年法で犯人が保護されている以上、親が世間の前に出て謝罪なり釈明なりするのは当然”と主張している。私もまた、現在の少年法には徹底的な前時代の遺物という感覚を抱いてはいるし、今回の事件で次々にあの少年と母親の異常な関係が報道されてはいるが、しかし、親の責任を問え、という意見に関してはどうしても肯い得ないものを感ずる。別に打ち首発言が問題であるとかいうレベルの意見ではない。もし、子供が犯罪を犯せばそれは親の責任だ、ということが常識化すれば、それを逆手にとって親を脅迫するガキが絶対出てくるからである。子供の悪知恵を馬鹿にしてはいけない。“ものを買ってくれなければ犯罪を犯すぞ”“言うことを聞かないと人を殺すぞ”と、親に対して、自分を質にとる形で要求をつきつける子供は絶対に出る。子供なんてものは、親がどうすれば一番困るかを、本能的にかぎつけるものだ。現代の親は、それに対し子供をきちんと叱り、道理を教え、脅しに屈せず毅然とした態度に出ることなど出来ない。どうしても子供を怖れ、卑屈になり、甘やかすことになって、結果としてどうしようもないガキがどんどん生み出されてくることになる。少しものを考える親なら、子供を作るなんてリスキーな真似はしないようになるだろう。あくまでも、こういう犯罪者を生みだした責任は社会が負うのが本筋だと思う。ただし、その犯罪者を、年齢にこだわらずにきちんと処罰す るという重い責任を負う、という意味でのスジだ。

 昔、小学校の図書館にあった童話集で、ストーリィはほとんど忘れてしまったのだが、兎の子が、光る玉をこっそり隠し持っている(森のみんなが夜の道しるべにしていたお星様がある日野原に落っこっていたのを、こっそりひろって持って帰り、自分一人で眺めて楽しんでいた、というような筋だったか?)うちに、ある日、その玉が爆発し、その兎の子の目がつぶれてしまう、という話があった。森の動物たちが驚いて兎の家にかけつけるのだが、そのとき、目のつぶれた無惨な我が子の姿を、兎の父 親はみんなの前にさらして、こういう。
「ごらんください。お恥ずかしい真似をして、そのむくいがこのざまです」
 罪を犯したわが子をかばわぬこの父兎の態度に、小学校4年生だったかの私は戦慄し、また深い感動も覚えた。こういうものとか、メリメの『マテオ・ファルコネ』とか、そういう、親子の情愛、個人の命などというものを超越する、所属している社会の掟、というものを教え込む読み物を、もう少し子供にも大人にも与えた方がいいと思う。『冷たい方程式』なんか、教科書に採用するに格好な作品だと思うんだが。

 昼は冷蔵庫掃除。余っていたご飯をレンジで温め、冷凍庫の中にあったラム肉を、セロリの切れっ端と豆モヤシと一緒に炒めて、ジンギスカン風にして食べる。あと、大根の味噌汁。食べながら古書須雅屋の目録を眺め、何冊かFAXで注文したが、す でに売り切れていた。

 太田出版Hさんから電話。打ち合わせの予定はどうしましょう、と言ってくる。おとつい昨日とその返事をこっちが待っていたのである。そのことを言うと、エッ、と驚かれる。こちらから連絡は行ってないらしい。こっちも驚いてメール送信歴を見るが、なるほど、確かに送っていない。しかし、本文を書いた記憶は確かにある。送った記憶もあるのだが、いったいどうなっているのか? まあ、それはそれとして、打 ち合わせ期日はつつがなく決まる。

 沖縄の中笈木六さんから電話。暑中見舞いのお礼であるが、昨日の日記のタイトルはやはり『俺たちひょうきん族』からか、と言われる。何のとこやらわからなかったが、ひょうきん族の末期に、たけしとさんまが着流しで三味線持って、“僕らのクラブのリーダーは……”と、全く同じネタを歌っていたという。あちゃあ、それは見のがしていた。しかし、あの時代に三亀松なんてやって、誰がわかると言うと、中笈さんも、見たときにはサッパリ意味がわからなかったそうだ。まあ、誰か彼か、似たようなことは考えているもの、と割り切らなければ、こんな毎日一個駄洒落を考えるな んて真似は出来ない。

 3時半、家を出て、郵便局で通販で買ったビデオ代払込。その足で、Web現代の取材のために、原宿まで歩く。原宿近辺をいろいろと撮影。足がだるくなり、ブラームスの小径の和菓子屋に入って抹茶と小倉白玉。この店は奥が茶室になっており、ビジネス・会合などに30人ぐらいまでの人数なら貸し出すとのこと。面白そうだと、 ちょっと思う。何に使ったらいいかすぐには思い浮かばないが。

 山手線で新宿まで出て、買い物・雑用。タクシーで帰宅。運転手さんが野中広務をさらにひからびさせたような小男の爺さんだったが、いや飛ばすこと飛ばすこと。後部座席でしっかりつかまってないと振り飛ばされそうだった。カミカゼタクシーとか言われていた時代の生き残りかも知れない。帰宅して、しばらく読書、録画ビデオ消化など。マガジンハウス『ターザン』から、来週インタビューの依頼。健康食品関係の記事。こういう方面の仕事もまだなくならない。新たな書き手が育っていないので あろう。

 9時、下北沢『虎の子』。スペアリブ黒酢煮、和風カッテージチーズ、う巻などなど。キミさんが明日の定休日に行く予定だった店がエヌジーになったというので、それじゃア、一緒に食事しようと予定を組む。酒は“磯自慢”という銘柄。おすすめだというので、“フリカケみてえな名前の酒だ”と言うと、“そんなの知らない”と、同い年のくせに言うので。“知らないの?「♪イロハのいの字の磯自慢、アイウエあの字の味自慢、イーソイソイソ磯自慢、ノリのふりかけ磯自慢……」”と歌ってヒン シュクをかう。

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